第86話 上手に幕を引く役

 ●○●


「どうします?」


 部下の潜めた声に対する答えを保留しつつ、私はそれを見る。少女が一人横たわり、もう一人が双剣を構えて警戒している姿が、透明な壁のはるか向こうに確認できた。

 その姿はまるで、我が子を守る獣のようであり、少しでも手出しをすれば牙を剥かれるのが容易に想像できる。実際、手酷くやり返されたらしい。

 桃髪のカラメッラは見るからに消耗しているし、緑髪のジェラティーナも、恐らくは戦闘から休息も取らず、意識のない姉妹を守っているせいで、かなり消耗が激しいようだ。

 しかし、それを好機と見て襲い掛かった部下は、一人が返り討ち、一人が手傷を負って退却したらしい。あの状態の【甘い罰フルットプロイビート】を襲撃したのも、その後のダメージを鑑みて即座に継戦を断念したのも、間違いではない。

 事前の報告と、眼前の情報を確認し終えた私は、先の保留していた答えを返す。


「放置で構わん。ああしている以上、ハリュー姉弟は彼らの襲撃を退けたのだろう。姉弟が無事であるなら、聖職者どもの首に固執する意味はない」

「了解しました」

「レヴンはどうした?」

「姉弟に合流すべく、こちらに断りを入れてから探索を再開しました。一応監視はつけましたが、手が足りず撒かれてしまいました……」


 面目なさそうな部下を、努めて軽い口調で労う。


「仕方あるまい。地上ならともかく、ダンジョン内は彼ら冒険者の戦場だ。ましてここはダンジョンの四層。単独で奥深くに踏み入れるのは、腕のいい斥候くらいのものだ。レヴン及び姉弟の探索は、ここで諦めて情報工作に専念。こちらは引き続き、このダンジョン内の情報撹乱を主眼に動け」

「はっ」


 教会がどう動くのかは未知数ではある。が、今後のナベニポリスの攻略にあたり、許可を得てゲラッシ伯爵領を通過させてもらうという案そのものが、かなりの無理筋なのだ。できるできないでなく、戦争の趨勢を決する要所を、他国任せにするなど危ういにも程があるのだ。

 成算がどっちもどっちであるならば、協調する相手は国や組織よりも、個人である方がマシだ。


「勿論、すべては侯爵閣下のご裁可次第だ。万一の場合は、既定の路線に戻し、教会や大公には、私の首を差し出す事で和解せよ。まぁ、この素っ首にも、それなりの価値はある。双方とも、それで納得はするだろう」

「――……はっ」


 少々不服そうだが反論はしない部下に、苦笑を漏らしつつ頷いてやる。仕方のないヤツめ。


「姉弟に関しては、ダンジョンの出口で待つとしよう。ショーン・ハリューの武器に関しては?」

「取り返しました。その際に、二名の犠牲が生じましたが、大公の間諜を七名り、一名を捕縛しました」


 思っていたよりも被害は少ないな。もしかして、大公側の手の者は、チューバ以外は荒事に不慣れだったのか? まぁいい。

 私は部下に頷きつつ、質問を重ねる。


「よろしい。死体は?」

「回収してあります。各所での戦闘時に、偽装として放置する手筈となっております」

「ますますもってよろしい。とにかく、情報を錯綜させろ。我々に疑いが向いても構わんが、それ以上に状況をぐちゃぐちゃにし、誰にも真実を掴ませるな」

「了解であります」


 快活な応答に頷きで応えつつ、やや声を抑えて問う。その理由は、内容が後ろ暗いからに他ならない。


「一名の生き残りに関しては?」

「ただいま尋問中です」

「手加減する必要はない。生き残らせても、解放するわけにはいかず、連れて帰るのも手間だ。幸いここは、死体の処理に悩む必要もない。わかるな?」

「……はっ」


 努めて感情の乗らぬ声音の応答に頷く。己の役割を十全に自覚しているのだろう、後ろ暗い真似であろうと、私の部下は即応して見せる。

 そんな全幅の信頼をおく部下が下がっていき、別の部下が報告に訪れる。


「ランブルック隊長」

「どうした?」

「ゴルディスケイル島の港に、大公の手の者と神聖教の聖騎士が上陸しました。大公の手の者は、どうやらハリュー姉弟の使用人を連れている様子。聖騎士は、以前ハリュー姉弟と接触した司祭と、その上司が同行しています」

「むぅ……」


 ここにきて、さらに面倒事が起こりかねない事態か……。面倒な……。

 私は面倒な事態を回避する為、部下に問い質す。


「教会側の新たな勢力は、ハリュー姉弟との敵対を企図したものだと思うか?」

「不明です。ですが、ウィステリア・オーカー及びクイントゥス・ドミティウス・メラ・ピウスは、教会においては【深教派】に属しています。対して、双子騎士は【布教派】の聖騎士。ここで【甘い罰フルットプロイビート】に協調してまで、ハリュー姉弟に敵対する可能性は、そこまで高くないかと……」

「ふむ……。その聖騎士の所属は?」

「申し訳ありません。顔だけではなんとも……」

「まぁ、そうだろうな。仕方あるまい……」


 あの【甘い罰】が双子という事で有名なだけで、容姿だけで見分けられるのは、聖騎士の中でも上澄みの一握りのみだ。精々【聖女】【聖笛鼓吹せいてきこすい】【正拳聖者】の三名くらいのものだろう。これが、スティヴァーレ方面に放っている者であれば別だが。


「とはいえ、オーカー司祭やメラ主席司祭と行動を共にしているならば【深教派】である可能性は高かろう」

「双子騎士に続いて、さらに【布教派】の聖騎士が送られた為、目付け役として同行したという可能性もあります」

「たしかにな……」


 部下の指摘に頷きつつ、しかしこれ以上はただの憶測にしかならない。ここで考えていても仕方のない。なにより、オーカー司祭やメラ主席司祭は、積極的かつ思想的に【深教派】に属しているわけではなく、昨今先鋭化の激しい【布教派】から距離を置いているが故に、自然と【深教派】に属しているというスタンスだったはずだ。

 つまり、ここで【布教派】につく可能性も〇ではないのである。


「事態がどう推移してもいいよう、用意だけはしておけ」

「はっ」

「それで、大公の手の者と姉弟の使用人との関係は? 友好的なのか、それもと真逆の関係なのかはわかるか?」

「友好関係とは思えません。縄こそ打たれていませんでしたが、周囲を数人の男で囲んで連行していました。また、両者に会話らしい会話は確認されていません」


 なるほど。たしかにそれは、要人の護衛でもなければ、単に連行しているだけだろう。


「ヴェルヴェルデ大公側には、既にスタンク・チューバの件で瑕疵があります。姉弟が存命の場合、間違いなくそちらも火種となるでしょう」

「そうだな。ここは是非、今回の件の泥はすべて大公に被っていただき、余りは教会に浴びてもらおう。我々は、最低限の責任を取って切り上げる事としよう」

「はい。我々にとっての本番はナベニポリス侵攻であり、その為にも姉弟には、早々にこの事態を終息させてもらいたいところです」

「そうだな。その為には、我々もできる限りの助力はしよう」


 勿論、帝国や侯爵に累の及ばぬ範囲で、という注釈は付くが。その後も、二、三の確認事項を申し合わせて部下と別れ、我々もこのダンジョンからの撤収作業に移る。

 姉弟にも双子騎士にもこれ以上の干渉ができない以上、長居は無用の場所だ。やはりここは、冒険者とモンスターの独壇場であり、我々間諜の踊る舞台ではないのだから……。


「捕虜の間諜に、その使用人たちについても尋問するよう伝えよ。もしかすれば、有益な情報が得られるかも知れん」

「はっ」


 なんにせよ、使える駒は使い切るのが性分だ。



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