第124話 サイタンの戦い・4
●○●
話は変わるが、ラプターの狩りの手法についてだ。
彼らは、四体から十体前後の群れを作る。その理由は、それ以上の群れの維持が、自然界ではかなり困難だという点にあるだろう。牧場のエンゲル係数を思えば、それもむべなるかなだ。
では、その肉を得る為の彼らの狩りの方法はといえば、基本的に自分たちよりも多く、弱い群れを襲い、そこから一、二体の獲物を掻っ攫うという手法である。
四体の内、群れの長が他の三体を牽制に使い、足並みが乱れたところを突いて、それを攫う。撤退する長に対する追撃は、他の三体が徹底して阻む。その間に、長は獲物を敵の手の届かぬ場所まで移動させるのだ。
襲われた方の群れとしては、攫われた一体の為に、群れ全体を危険に晒してでも深追いするか、一体を諦めるかを選択させられる事になる。そして、大抵は合理的な判断を下す。
十体の群れは、拉致役が二体いると考えればいい。要は、十体程度の一つの群れというよりは、群れが二つ固まっているという形態なのだろう。
これによって、ラプターという下級竜は、ある程度安定的に糧を維持できているのである。時折、ラプターに攫われる下級、中級冒険者がいるのは、この狩り仕方のせいである。
ラプターという名前も、この辺りで古くから使われていたルォタン語の
いってしまえば、バーグラーサーペントと同じような生態というわけだ。バーグラーサーペントは個体で
●○●
ドッドッドッという、重い足音が響く。絶え間のない攻撃に晒されて、リッツェもかなり足取りが重い。
いかな竜といえど、さらに相手は徴兵された農民兵といえど、度重なる攻撃を完全に無効化できているわけではない。硬い角鱗の肌と分厚く頑健な筋肉で耐えているものの、槍の刺突という一点に圧力を集約された打撃は、それなりにダメージとして蓄積されている。
ダンジョンもモンスターも、やはり物量には弱いのだ。この辺りが限界だろう。
まぁ、擾乱工作としては十分だ。【
だが、敵戦列を突破した際に撒いた魔石も、そろそろ品切れのはずだ。実態のある骨騎士は死霊術なので、それがないと生みだせない。そうなると、本当に包囲されて消耗戦になりかねない。
なので、混乱が最高潮であるいまこそが、退きどきだろう。
「なぜ怪異譚の多くが、
僕は、周囲の雑兵たちに語りかけるでもなくそう言ってから、ベアトリーチェと混同されないように持ってきた【頬白鮫】を背後に回す。切羽詰まった帝国兵らは、それを単純に武装解除として捉えたのだろう。すぐにこちらに襲い掛かってこようとする。
周囲はまるで逢魔が時のような薄暗さ。隣にいる人間の輪郭は把握できても、それが本物の人間であるかどうかなんて、もはや判断がつかないような明暗だ。
「さぁ、
改めて両手首に着けているフィレトワの腕輪を重ねる。再び現れる、骨の騎士の群れ。まったく同じ【
夜の軍勢、幻の伯爵軍、本物の伯爵軍、暴れ回る骨騎士と僕と、彼らは立て続けに心を攻撃され続けた。もはや彼らの心理状態はぐちゃぐちゃだろう。一世一代の覚悟というのは、そうそう何度も入れ直せるものではない。
――つまりは、もっとも幻術に影響されやすい精神状態という事だ。
「【
背の【
僕の周りにいた兵士たちから、「ぎゃあ」とも「ひえぇ」と
指揮官だ。当然のように、この程度の幻術には、対抗する術を持っていたのだろう。だが、その騎馬にまで幻術対策を施せてはいなかったらしく、暴れ狂っている。僕はリッツェに指示を出すと、その指揮官に飛び掛からせた。
「ラプターの名の由来を教えてやろう!!」
●○●
ベアトリーチェ率いる帝国エウドクシア軍は、踵を返す事を選んだらしい。昨日十分に休息をとった侵攻軍は、本日の正午前から撤退の動きを見せている。兵を労わる気遣いは、あの令嬢らしからぬ手並みだが、恐らくは軍の指揮や作戦は、配下の者が立てているのだろう。
「兄上! 勝ったな!!」
「ああ。勝った。我らの勝利だ!!」
すごすごと、こちらに背を向けて逃げだそうとするベアトリーチェの軍に対して、これからその軍を蹂躙する優越感と嗜虐心から、弟と一緒になって快哉を叫んでしまう。
「すぐに追撃の準備をしろ! 私が率いるぞ、兄上!」
弟のエンツォが、配下に指示を出しつつ、確認するようにこちらに訊ねてくる。だが、ここで弟にだけ手柄をあげさせていいものか……。
敵であるエウドクシア軍の打倒は、間違いなく戦況を左右するだけの大手柄だ。そのうえで、追撃はもっとも手柄を立てられる機会。それを、むざむざと弟に譲るのはいかがなものか……。
エウドクシア家内における、私の権威は酷く弱い。他家を使って、正式な家督継承の流れを歪めたとして、反発する者も多い。そのような家臣らを黙らせる為には、武功が一番である。
ここで弟に武功をあげさせれば、最悪の場合弟を当主にという勢力が現れてもおかしくはない。
まして、今回我々は敵に勝ったが、敵との交戦そのものはなかったのだ。ほとんど、パーチェ殿の作戦勝ちのような状況である。これを手柄と誇ろうとも、家臣らは認めまい。
それよりも、実際に戦って手柄首の一つでもあげた者の方が、尊ばれるのは自明の理だ。これならまだ、ベアトリーチェらが戦いを選んでくれていた方が良かったかも知れない……。
「いや、追撃には私が出る。お前は残って、軍の維持に専念してくれ」
「兄上! せっかくの武功をあげる機会だぞ!?」
だからこそ、お前に任せられないというのがわからないのか? いや、わからないのだろうな。
「万が一、殿軍にベアトリーチェがいれば、今回の戦における一番手柄は間違いない。それをお前に取らせると、エウドクシア家が乱れる惧れがある。我ら兄弟の足場の悪さを忘れるな」
「む。な、なるほど……。たしかに、いまのエウドクシア家に内部分裂などしている余裕はないか……」
そう納得顔をした弟の顔に、一瞬だけ欲望の表情が滲むのを、私は見て見ぬフリをしておく。いまエンツォが私から家督を無理に奪ったとて、それがエウドクシア家の安定にはつながらない。余計混乱するだけだ。
とはいえ、この弟はその程度の道理もわからぬのだろう。そもそも、当主になる事などこれまで考えても来なかっただろうからな。それでは、当主になったあとの事も考えていまい。
「だが、だからこそ私も追撃に加えてくれ! 一番手柄は兄上に譲る! しかし、武功がないでは、俺の威令はいつまで経っても軽いままだ! 配下や他の家臣らに認められる為にも、私にも武功は必要なのだ!」
「む……」
なるほど。それはたしかに一理ある。ベアトリーチェを国外で暗殺しようとしたのも、エウドクシア家内部ではエンツォの威光に翳りがあったのが理由だ。
私の立場が弱いのと同様、エンツォもまた立場が弱く、そのせいで配下にもかなり気を遣わねばならぬ立場なのだ。エンツォは当主になる事は考えていなかっただろうが、その分私よりも家臣としての自分の立場というものを、真剣に考えていたはずだ。
その点でも、私の肉親であるという点が足を引っ張るというのなら、これを突っぱねるのは流石に酷だ。家督継承云々を抜きにして、私とエンツォとの間に軋轢が生じかねない。
「わかった……。手柄は譲ってもらうが、お前も武功を立てよ」
「よし! 承知したッ!!」
拳を握って喜ぶエンツォ。だが果たして、どこまで信用できるものか……。エウドクシア家当主という立場で得られるメリットを思えば、抜け駆けなど当然あり得る事態。戦場にてエンツォが名乗りをあげたら、
やれやれ、勝ったというのに、まだまだ難儀な問題は積みあがったままだ。せめて、この戦で我らの立場が、少しでも改善してくれる事を願うしかあるまい。その為にも、いまは武功を立てる事が先決。
私はそう決意を改めて、追撃の騎兵部隊の準備が整うのを待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます