第59話 どう言い繕ったところで、所詮はマウント合戦
「話を戻そう」
家臣団内の派閥と、その存在意義という話に脱線しかけていたところを、そう言って仕切り直すポーラさん。彼女は神妙な調子で、面倒臭い政治的な話を続けた。
間違いなく、彼女自身こんな話題を歓迎してはいないだろうが、したくもない事をしなくてはならないのが大人というものだ。なにより、今日は母親である伯爵夫人の目もある。いつものように、ダラダラと投げやりな調子では話せまい。
まぁ、この夫人がディラッソ君やポーラさんの生みの親であるかどうかは、僕は知らないわけだが……。
「先の、帝国からの侵攻に際して寝返った、もしくは日和見をして、サイタンを見捨てた連中が、ほとんど【旧譜代】だったという話だ。これに関しては、カシーラ家が直接責を負うような類の話ではない」
「まぁ、そうでしょうね」
実際のところ、伯爵家を始めとしたゲラッシ伯爵領内の有力者たちは、帝国の動きに意表を突かれた。誰もが、ベルトルッチ方面に注意を払っていたからこそ、帝国側への防備が手薄になっていたのだ。
裏切った帝国側に近い知行地――主人から統治を任された土地を治める者からすれば、もはや勝敗は明白で、早めに旗幟を翻しておいた方が、生き残れると判断したわけだ。決して、カシーラ家が裏切りを唆したわけではない。
「ですがまぁ、結果は結果です。実際問題、山向こうに本拠があるデトロ家ら【西様】勢が、ディラッソ様と共に戦果を挙げた。対して【旧譜代】の勢力からは、裏切り者まで出してしまった。帝国に寝返るなら、その成り立ちから【西様】の方こそ、裏切り、日和見の可能性は高かったはずなのに」
「それで実際にデトロ派に裏切られては、伯爵家としては困るが……。ただ、元々パティパティア山脈の西に住んでいたデトロ派の者らが、肩身の狭い思いで寄り集まったのも、理由としては異邦人という扱いがあったからだ。元より第二王国に属していた【旧譜代】からすれば、いい面の皮だろうな」
「そうですね。表立って批難していない者も、陰口程度の嫌味は言うでしょうし、【旧譜代】側もいまはそれを甘受せねばなりません。結果は結果ですからね」
そもそもにして、裏切った【旧譜代】の連中のスタンスは、以前の宴でゲラッシ伯が嘆いていた事からも明白だが、かなり伯爵家を侮っていた。第二王国中央が勝手に定めた、中央にとっての都合のいい駒。それが、当初の【旧譜代】の新ゲラッシ伯爵家に対する思いだったのだろう。
家臣として仕えてはいるが、この伯爵領内においては新参の伯爵家よりも、自分たち旧伯爵家譜代の家臣の方が影響力が強い。主家だからと、デカい顔するなよ、と。
実際、恐らく現ゲラッシ伯爵家がこの地に封じられた当初は、統治は【旧譜代】の家臣におんぶにだっこだったのだろう。でなければ、いくらなんでも【旧譜代】の連中が、そこまで伯爵家を侮るのは不自然だ。
だが近年、この関係が少しずつ変化していた。それは、先の戦以前からの話だ。
「だからこそ、カシーラ家は焦っている。このまま兄上が家督を相続し、家臣団内の序列がデトロ家に追い抜かれるような事態になれば、文字通り立つ瀬がなくなるからな」
「伯爵家も、この地を治めて随分になります。この地の者らにも、現伯爵家の威光は浸透してきたといっていい。また、王冠領内の他領とも、伯爵家独自のパイプを構築しつつある。そうなると必然的に、【旧譜代】の影響力は減衰していきます。残るのは軋轢ばかりというワケですか……」
もしも【旧譜代】の連中が、ゲラッシ伯がこの地に封じられた当初から、統治に協力的で伯爵家家臣団内での地位を確固たるものにしておけば、そんな事態は避けられたのだろう。だが、残念ながら【旧譜代】はその真逆を行った。必然、ゲラッシ伯爵家と現伯爵家に仕え続けた【新譜代】からの、【旧譜代】の心証は良くはない。
立場的には、【旧譜代】と【西様】は似たようなものだ。もしかしたら、これまでは協力関係を築けてきたのかも知れない。そのうえで、第二王国領である伯爵領においては、【西様】は【旧譜代】の風下に立たざるを得なかったはずだ。しかしいま、そのパワーバランスが逆転しつつある。
「特に、兄上が戦功を立ててからは、目に見えて領内における伯爵家の影響力は強まっている。ここで伯爵家を軽んじるようなやり方は、方々から顰蹙を買うだろう。下手をすれば、【旧譜代】らの知行地内でも住民から反発を受けかねん」
ポーラさんが、珍しく皮肉気に笑う。きっと、彼女をして【旧譜代】家臣との間には、それなりの蟠りがあったのだろう。
デトロ家の影響力増大の要因が、新当主がほぼ確定し、その次代であるディラッソ君との関係が良好である点と、先の戦で立てた戦功がある点だ。【旧譜代】は伯爵家に対する影響力が強かったからこそ、此度の戦においては戦功を逃してしまったのだから、まさに皮肉である。
デトロ家率いる【西様】勢からしても、新当主に近しい内輪として扱われるならば、余所者紛いの扱いを受ける現状を維持する理由などない。正しく、伯爵家に臣従するのも、やぶさかはないはずだ。
伯爵家も伯爵家で、ここで甘い顔をすれば、結局伯爵家の威光などその程度と、【旧譜代】どころか他の派閥からも、伯爵家は侮られかねない。ここで弱っている【旧譜代】に手を差し伸べるより、叩いて弱体化させてしまった方が、後々の統治には好都合だろう。
まったくもって、鼻白む思いだ。実に面倒臭い政治闘争である。ポーラさんの話を理解し、道端の馬糞を見て顔をしかめるのと同じ思いで、隠さずに渋面を作る。
これは、『やるなら、こっちに迷惑がかからない形でやっていてくれ』というメッセージを、口を通さずに伝えているわけだ。口にすると角が立つからね。
「そんな顔をせずとも良い。我々は、この面倒な関係に、君たち姉弟を巻き込みたくない。下手な事をして、愛想を尽かされるような事になれば、中央のお歴々から大目玉を食らってしまう。そうなるくらいなら、血の粛清でもした方がマシだ」
「ポーラ」
冗談交じりに軽口を叩いたポーラさんだったが、それ程大きくないのに室内に響き渡った上品な女性の声に、ぎくりと顔を青くした。
「滅多な事を口にしてはいけません。伯爵家に連なるあなたの言葉には、相応の重みがあるのです。下手な事を口にすれば、それが
「は、はい……」
「ましてここには、複数の家臣の目や耳があるのです。軽率な真似は、伯爵家全体の不利益となると心得なさい」
「申し訳ありません、母上……」
柔らかな笑顔を堅持する、推定七十代の伯爵夫人が、淡々と説教する言葉に、ポーラさんが青い顔のまま応える。
うん。間違いなくこの人が、ディラッソ君とポーラさんの生みの親だな。よしんばそうでなかったところで、ポーラさんにとっては肉親並みの関係を築けているのだろう。
「ええっと……。結局僕らは、件の蛮族討伐には加わらなくてもいい、という事でいいんですよね?」
おかしな空気になりかけた為、仕切り直すようにそう問いかけると、ポーラさんもホッとしたように頷いた。伯爵夫人はスタァプ夫人と、変わらずにニコニコとこちらを見守っている。
「そうだ。というより、できるだけ加わらないでくれというのが、伯爵家としての頼みだ。カシーラ家を始めとした【旧譜代】は、ここで手柄を立てんと発奮している。君たちが蛮族討伐に加われば、そこに他の派閥とのつながりがなかったところで、【旧譜代】連中は面白くあるまい。下手をすれば、戦場の事故に見せかけて……、などという事も起こりかねん」
またも不穏な台詞だったが、今度は伯爵夫人も口を挟まない。つまりは、それもあり得ると伯爵家側は判断しているわけだ。そのうえで、こちらに注意をしろと忠告してくれている。
もしかしたら、先にややこしい政治の話をしたのも、僕らがこの件に必要以上に首を突っ込もうとしないよう、忌避感を持たせる為だったのかも知れない。
「わかりました。もしもカシーラ家やデトロ家から要請があっても、お断りいたします。理由には、伯爵家を使ってもいい感じですか?」
「できれば控えてくれるとありがたい」
「では、聖杯の製作を理由に断ります。これも、間接的には伯爵家を理由にしているとは思いますが、伯爵家が僕らに期待している働きの大部分が聖杯製作である以上、あまり文句は言ってこないでしょう」
下手に別の理由で断ろうとすると、伯爵家の統治に協力する気がないと批難されかねないしね。
僕の答えに、肩の荷が下りたとばかりに柔らかい表情となったポーラさんが頷いた。
「ああ、それで頼む。最悪の場合は伯爵家を盾にしてもいい。それは、君たちを抱えるうえで、我々が担うべき責務であるからな」
だったら家臣団の派閥争いからも庇って欲しいとは思うが、あまりうるさい事は言うまい。外部からの防壁ならともかく、家臣内での勢力争いであるだけに、伯爵家としても強く肩入れできないのだろう。
「では、ここからは母上たちに席を譲ろう。ショーン殿、頑張ってくれ……」
最後に、戦地に赴く戦友を見送るような瞳を向けて、それでもそそくさと席を立つポーラさん。代わりに、僕の正面の席に着いたのは、伯爵夫人とスタァプ夫人の二人だった。
「あらためましてご機嫌よう。先日は人伝でしたが、やはりこういうものは職人と直接言葉を交わさねば、いいものはできませんからね。お二人も、わたくしたちの
既に挨拶と自己紹介は終えている為、いきなり本題に入る伯爵夫人。そして、その隣でニコニコしているスタァプ夫人。たしかに、当人の外見がわかっている方が、アクセサリー製作においては有益だろう。
その後、アクセサリーの細部について熱弁する二人によって、僕らの午後の時間は目一杯使われた。どうやらポーラさんとは違い、伯爵夫人は正統派の貴婦人だったらしい。そして、押しの弱そうなスタァプ夫人も、デザインに関しては遠慮も容赦も一切なかった。
というか、この人の宝飾品に対するデザインのセンスは、かなり高いように思う。今度、スィーバ商会のケチルさんと一緒に、ウチの宝飾品のデザインをお願いできないか頼んでみよう。
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