第58話 新領地と家臣団三派閥

 〈5〉


「へ? 伯爵家から?」


 翌朝、グラと一緒に朝食を摂っていると、ザカリーより昨夜遅くに伯爵家からの使いが来て、本日の面会を申し込まれたという報告があった。予定にない事だし、面会者はポーラさんだが、面会依頼そのものはディラッソ君から届いている為、断るのはほぼ不可能。ついでに、先日会えなかった伯爵夫人とスタァプ夫人も同伴らしい。


「なにか緊急事態かな?」

「伯爵夫人とスタァプ夫人がご一緒との事ですので、先日の一件で、当家と伯爵家との間にしこりが生じていないか、たしかめる為のご機嫌伺いではありませんか?」

「だったらせめて、こっちの体調が快復したって報告が入ってからにするでしょ。先日の詫び状も書いてないタイミングでの再訪っていうのは、いささか以上に性急だ」

「お見舞いという線は?」

「お見舞いというなら、それこそ日延べしてもいい話だ。こっちの体調を考慮せず、日程なんて決めないさ。それも近々に。僕が復調していなければ、さらに賓客に非礼を働かざるを得ないんだからね。いきなり今日というのは、ディラッソ君らしからぬ配慮のなさだ」

「ごもっともであるかと」


 ザカリーが、持論を引っ込めて頭を下げる。ザカリー自身、あまり自説が正しいとは思っていなかったのだろう。彼が述べたのは、あくまでも『あり得る可能性』であり、僕の頭にその可能性を入れておく為の作業だった。

 伯爵家の思惑を推察するうえで必要な情報や可能性は、頭に入れておいて損はない。そして、そんなザカリーの提示した可能性は、あながち見当外れというわけでもない。

 伯爵家は、僕ら姉弟に対してかなり配慮してくれている。それは有形無形の気遣いとして、たしかに受け取っているのだ。

 ただ、そんな過剰ともいえる配慮は、伯爵家に近しい立場ならば、容易に察せる程度にはあからさまに行われている。こっちとしても、下手に隠し立てして、痛くもない腹を探られるは困る。別の痛いところに触れられると、非常に困る。

 なので、それはいい。ただ、それを知った周囲が伯爵家と僕らとの関係をどう捉えるかは、また別の話だ。


「…………。カシーラ家の使者には無礼な面会にも応じ、デトロ家との使者にも普通に会った。だというのに、スタァプ家の夫人とは会わなかった。これを重く見た可能性は?」

「……そうですね。なくはないかと……」

「ふむ……」


 スタァプ家、カシーラ家、デトロ家という、ゲラッシ伯爵家の家臣団における主要の三家の内、僕らが一つの家を蔑ろにしたという事は、余計な揣摩臆測を呼びかねない。それを槍玉に、我が家を批難したり、スタァプ家を蔑ろにしようとする連中がいれば、伯爵家は板挟みになって面倒を背負い込みかねない。

 そういう懸念を、早急に解消しに来るという可能性は、それなりにあるのではないかと思う。まぁ、アクセサリーを注文しに来た夫人に会わなかっただけで、そんな話になるのかとも思うが、難癖というのは、無理筋なところから付けるから、難癖なのだ。


「ともあれ、まったく別の緊急事態という場合もあり得る。あまり予断を以て会談に臨むのも良くない。ザカリーも、なにがあってもいいように、心構えだけはしといてね」

「かしこまりました」


 深々と頭を下げるザカリーに頷いてから、僕は朝食に戻った。既に疑似ダンジョンコアも作り直し、僕自身の状態もリセットされている為、然程気負わず事に臨める。

 そう思っていた……。


 ●○●


 午後、正装に身を包んだ僕らと、きちんと午後用のお仕着せを身に着けた使用人たちが出迎えるなか、ポーラさんと伯爵夫人、そしてスタァプ夫人が我が家を訪れた。

 互いに挨拶を交わし、僕は先日の非礼ドタキャンを詫び、先方は先方で僕の回復を祝い、急な来訪を詫びる。まぁ、ここまでは予定調和である。

 文言すらもどこか紋切り型で、ポーラさんはさっさと本題に移りたそうに見えた。案の定、彼女は早々に切り出した。


「新領地の統治について、ですか?」

「うむ」


 胸を張りつつ頷くポーラさんに、僕は首を傾げる。そんな美味しそうな利権、僕らのような新参の家臣に相談するような内容ではないだろう。


「知っての通り、先の紛争の和睦条件として割譲されたのが、一つの都市と三つの町、それに付随する十八の村だ。村の数が少ないのは、サイタンから北部に連なる領地で、山がちな場所だったからだ」

「はぁ……」


 曖昧に頷いたものの、正直その辺りの説明はどうでもいい。僕らにはあまり関係のない話だ。

 だが、僕のやる気のない返事を聞いていたのかいないのか、ポーラ様は淡々と続ける。


「都市を任せる執政官については、既に親族から選出された。三つの町もスタァプ、カシーラ、デトロの三家に縁のある者から選ばれた。村々を統治する者も、続投できる者は続投、新たに人が必要な場合は、伯爵家から代わりの人材を任官が決まっている」

「では、既に統治の基盤は固まっているのでは? 僕らが口を出すような余地はないように思うのですが……」


 良かった。代官を任せたい、という話ではないらしい。サイタンよりも遠い場所に腰を据えろと言われたら、正直どうしようかと思っていたところだ。そもそも、そんな仕事を任されても、他の様々な事業に差し障りがある。

 そう安堵した僕を、早合点と嘲笑うようにポーラさんが話を続けた。


「問題は、帝国側パティパティア山に住まう、高地民族の存在だ」

「ふむ。デトロ家からも、お話だけは聞いています。討伐に力を貸して欲しいという要請も受けましたが、すべては伯爵家次第だとお答えしておきました」

「そうか! ならば良かった! いや、すまん……」


 ぱぁっと表情を明るくしたポーラさんの反応で、伯爵家やスタァプ家がなにを懸念していたのかが理解できた。すぐに、バツの悪そうな表情で取り繕ったとて、いまさら隠せるものではない。

 要は、僕ら姉弟がデトロ家やカシーラ家からの要請を受けて、勝手に動くのを危惧していたのだろう。

 そういう意味で、やはりスタァプ夫人と会わなかったという点は、彼らにとって懸念点だったわけだ。ディラッソ君も本気で心配していたわけではないだろうが、リスクの大きさは無視し得なかった。それ故に、今回ポーラさんを送り込んだという事なのだろう。


「蛮族討伐において、家臣団の足並みが揃わない感じですか?」

「はぁ……。降参だ。流石の炯眼けいがん、恐れ入るな」


 ボードゲームで負かされたような、軽い調子で両手をあげるポーラさん。そんな姿を、ニコニコと見守る伯爵夫人とスタァプ夫人。この二人は、表の政治的な話題に首を突っ込むつもりはないようだが、この会談の経緯は見届け人として持ち帰るつもりらしい。


「先の戦で戦果を挙げられたのは、実はデトロ家の派閥の者ばかりだ。それまで、伯爵家における影響力の強さは、スタァプ家、カシーラ家、デトロ家の順だったのだが、このまま兄上が家督を継いだ場合、この順位に大きな変化が起きかねない。やはり、同じ敵に挑んだ戦友というものは、他の者と一線を画した信頼関係が築けるからな」

「なるほど。スタァプ家、カシーラ家は影響力が強かったからこそ、ゲラッシ伯の近くに侍っていた、と」

「それだけではないぞ。帝国が攻めてきた際に寝返った家のほとんどが、カシーラの派閥――【旧譜代】だったのだ」

「【旧譜代】ですか?」

「ああ。先代のゲラッシ伯爵家に仕え、この伯爵領内及び、王冠領との関係を良好に保つ為に必要だった家臣筋の家々だ。スタァプ家は王都時代から我が家に仕える【新譜代】と呼ばれる派閥だな」


 へぇ。現在の伯爵家にとっては、【新譜代】の方が付き合いが古く、代々一族を支えた家臣で、【旧譜代】の方が新参で、当代から仕えた新顔というのが、ちょっと面白い。そう考えると、伯爵家がこれまで気を遣ってこなければならなかったのが、先代と伯爵領に根付いている家臣である【旧譜代】という事になる。

 その筆頭が、あのカシーラか……。偉そうにするわけだ。


「デトロ家はなんと呼ばれる派閥なんです?」

「…………」


 何気なく問いかけたら、ポーラさんは気まず気に視線を逸らした。あれ? そんな答えづらい質問だった?


「えっと……?」

「まぁ、アレだ。知っての通り、現在の伯爵領は、パティパティア以西の領地も治めている。その領地に住まう人々は、元々は第二王国の人間ではない」

「ああ……、なるほど……」


 ポーラさんの言わんとする事を察し、言い淀んでいた意味を覚る。

 要は、デトロ家の派閥はそういった、第二王国から見てパティパティア山脈の向こう側に住んでいた、異文化圏の人々の代表なわけだ。蔑ろにすれば獅子身中の虫にもなり得るが、さりとてすんなりと同化できない。こちらもまた、伯爵家としては気を遣わざるを得なかった相手だろう。

 つくづく、現ゲラッシ伯の気苦労が偲ばれる環境だったわけだ。


「ちなみに家臣らの間では【西様さざま】と呼ばれているが、あまり良い意味ではない。我々が表立ってそう呼べない程度には、蔑称紛いの呼称になる。騒動を起こしたくないなら、君たちも注意しておいた方がいいだろう」

「そんな呼び方が横行しているのに、放置したのですか?」


 伯爵家が掣肘を加えれば、陰口はともかく、表立ってそんな呼び方を続けるようなバカは、そこまで多くはなかっただろう。


「昔、一度注意喚起をしたそうだ。ただ、その後は放置するよう、デトロ家側から進言を受けたらしい。『小物を篩にかけるのにちょうどいい』『庇い立ての必要はない』とな」

「それは……」


 たしかに効率だけでいえばそうだが、人と人との付き合いというものは、そんなドラスティックに割り切れるものじゃない。現に、蔑称紛いの呼び方が家臣団に定着してしまい、伯爵家の威令も軽んじられ、どちらも損をしているような状況だ。

 しかしなるほど、ゲラッシ伯爵家の家臣団を三分する、三家の派閥がどういうものか、ようやく理解できた。



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