第24話 手打ち

 まぁ、顔の広そうなラベージさんなら、不思議でもない。


「お知り合いですか?」

「まぁ、その……」

「ハッキリしなさい。私たちを襲う為に示し合わせて、ここに連れてきた、などというわけではないのでしょう? そうだとするには、襲撃役があまりにお粗末すぎます。ですが、無暗に庇い立てすれば、そう疑われてもおかしくない立場である事は理解しなさい」

「ち、違いますよ! い、いや、これ言うと本当に俺の立場が悪くなって、関与を疑われかねねぇんですが……」


 なおも歯切れの悪いラベージさんの態度に、僕もグラもいっそう首を傾げる他ない。どうして彼が、この夜盗紛いのイキり少年少女たちの肩を持つのか、さっぱりわからなかったのだ。

 答えは、ラスタとかいう少女の口から聞こえてきた。


「そこのおっさんは、アタシらの仲間だったのよ! 役立たずで弱いオヤジが、ようやく役に立つ場面がきたんだから、早くこのガキどもを止めなさい! そしたら、もう一度アタシたちの仲間にしてやってもいいわよ!」


 なるほど。こいつらが、昨日ラベージさんが言っていた【金生みの指輪アンドヴァラナウト】の連中か。そして、ラベージさんは既にそのパーティから抜けている――というより、脱退させられた、という方が正しそうだ。

 ラスタとかいう少女の尻馬に乗るようにして、同じく幻の檻に囚われていた小狡そうな少年が口角泡を飛ばしながら、必死さすら滲む表情で喋りだした。


「そ、そうっすよ! 戦闘技能はラスタやカイルより弱く、斥候としてはオイラよりも動きが悪い。そんなんだから、オイラたちはアンタを追ほ――」

「【沈黙タキトゥス】」


 なんか、いい加減うるさくなってきたし、さっさと当初の目的を果たしてみた。これ以上無駄に喋らせても、有益な情報は得られなさそうだし。

 口を開いては、なにかを喋ろうとしてから、なにをどうしていいのかわからずに、戸惑っている小狡そうな少年。どうやら、僕らの開発したオリジナルの幻術はその効力を発揮したようだ。

 対象を一時的に喋れないようにする、心因性の失語症を人為的に起こすコンセプトで作ってみた幻術が、この【沈黙タキトゥス】だ。どこが幻なのかと問われたら、罹ってもいない病になると錯覚する幻術とでも言い訳しておこう。

 状況を丸っと無視して、僕はグラに幻術のできを問う。


「どう思う?」

「やはり、荒削り感は否めませんね。理を刻み始めてから、発動までのタイムラグが大きいです。それは戦闘中、大きな隙となるでしょう。その原因は、術式が洗練されておらず、描く情報が膨大すぎる為です。とても実用的ではありません」

「概ね同意見だね。効果については?」

「それは問題ないかと。あとは、どの程度有効時間があるか、抵抗にはどれだけ耐えられるのか、後遺症の有無やその他副作用に関してですが、それは対象を観察する事でしかわかりませんね」

「そうだね。一応、モンスター相手なら目に見えるような障害は発生しなかったけど、人間相手だとどの程度の悪影響が生じるのか、未知数だったからね。侵入者対策に用いる前に、ここで試しておこう」


 もはや僕らの間に、この実験動物モルモットたちの話に対する興味など残っていない。どうやらラベージさんとの間も、然して良好なわけではないようだし、だったら心置きなく実験に使えるというものだ。

 グラは淡々と、【沈黙】の現状と有用性について考察する。彼女もまた、既にラベージさんと少年少女たちとの関係など、どうでもいいという態度である。

 その足元には、いまだに気弱少女が蹲り、泥まみれの格好で雨に晒されていた。


「魔力の理において、『詠唱』というプロセスは非常に重要なファクターとなります。それを阻害する術式は、対魔術師戦においては非常に有効なものとなるでしょう」

「どれくらいの阻害効果が見込める?」

「そうですね……。勿論、『詠唱』をせずとも術式を刻み、【魔術】を発動させる事自体は可能です。ですが、種類にもよりますが属性術であれば、下級の術式で十数秒、上級の術式に至って発動までに一分から三分程度の時間を要する事になるでしょう。その他の魔力の理においても、確実に術式を遅延させる効果を発揮します。対人用の幻術としては、非常に有用ですね」


 いいね。まんま、ゲームで良くある【沈黙】のデバフのようだ。勿論、この幻術を作った理由は、それが主眼におかれている。


「その【沈黙】のような、洗練されていない術式であれば、三〇分かかっても驚きません」

「うへぇ……」


 付け加えられたグラの言葉に呻いてしまう。

 この【沈黙】が実戦において有効なのは、あのバスガル攻略戦を経たいまなら、痛い程わかる。

 数十秒の隙を生むというのが、刹那の交錯で命を落としかねない戦闘において、途方もない長時間であるというのは、自明の理だ。まして、一分もの長時間を戦闘中に捻出するのは、不可能とまではいわないが、かなり至難の業である。三〇分ともなると、絶対に無理と断言できる程だ。

 というか、対ズメウ、対バスガル戦でも、戦闘時間そのものはそこまで長くなかった。

 洗練されていない術式というのは、魔導術によって、マジックアイテム化するのにも適さない。リソースばかり食って、効果は大した事のない不良品になるのがオチだ。

 もっと洗練させないと、使い物にならないというのは、グラの言う通り。他のオリジナル同様、ここからさらなる研究を重ねて、術式をコンパクトにしていかないといけない。


「あ、あのー……」


 あまりに眼前の状況を無視して話し合う僕らに、置いてきぼりにされたラベージさんが、申し訳なさそうな顔で声をかけてきた。本当に、心底心苦しそうな表情であり、ついつい耳を傾けざるを得ない。


「どうやら、こいつらが夜盗紛いの襲撃をかけてきたってのは、わかりました。お二人にとって業腹なのもわかりますし、本来殺されたって文句は言えねえんですが、どうか俺の顔に免じて、許してはやれませんかね……?」

「「…………」」


 僕とグラは、顔を見合わせる。グラなど、心底ラベージさんの言動を不思議に思っているようですらあった。


「……わかりませんね。この者らは、お前にとって既に仲間ではないのでしょう? 先程の態度を見るに、関係も良好ではないようでした。そんな連中の為に、我々の不興を買ってまで庇い立てする意味が、お前にはあるのですか?」

「その……、たしかに関係良好とは、お世辞にも言えねえんですが、それでも世話した若いのが、こんなところで終わっちまうってのも、その……――すんません! ほんっと、バカなヤツらなんですが、最近調子いいからって、イキっちまっただけなんです! そこまで悪いヤツらじゃないんで、勘弁してやってくれませんか!」


 言葉の途中で、ラベージさんはガバりと腰を折り、頭を下げてきた。これには流石に、グラも面食らったようだ。一瞬呆けた彼女は、しかしすぐに不機嫌そうな顔をすると、足元の少女を踏み躙る。

 弱い雨音の中に、少女のか細い悲鳴が混じり、ラベージさんの顔色はさらに悪くなった。


「私は、私たちの敵とそれに左袒さたんする者を、一切許しません。お前がそちらに付くというのなら、お前もまた私たちの敵です」

「……すんません。ご不快なら、教導役も辞退します。グラ様のおっしゃる事も、いちいちごもっともだとはわかってるんです。それでも……――」


 そこで口籠るラベージさんと、そんな彼の態度にさらに苛立つグラ。これでは悪循環だな。

 僕としては、ラベージさんの気持ちもわからないではない。勿論、こちらに攻撃を仕掛けてきた彼らを許すつもりはないが、然りとてせっかく得た知己であるラベージさんとの関係を悪化させてまで報復したいかといえば、僕は彼らに、そこまでの価値を見出してはいない。

 そして、ここからは憶測ではあるが、ラベージさんは自分の半生をかけて培った技術を、後世に受け継いでほしいと願っている。言動の端々から、そんな様子は窺えた。故に、自分の教え子であるこの少年少女を、ここで再起不能にして欲しくはないと、そういう思いなのだろう。


「ふぅむ……」


 僕は険悪な二人を見比べながら、思案する。とはいえ、結論はもうでているのだ。

 良くも悪くも、僕らにとってこの少年少女は、実験動物以上の価値がない。もしそれが、ラベージさんの大切なペットであるというのなら、解放するのだってやぶさかではない。多少の消化不良は残るものの、別に意固地になってまでやり込めたいわけでもない。

 グラが突っかかっているのも、我が家に滞在し、僕が気に入っているラベージさんの所属が、敵側にあるのかも知れないという危機感からだ。もしも本当に、ラベージさんが敵勢力だったら、たしかにヤバいしね。

 なのでここは、僕が収めよう。それが一番禍根にならないはずだ。


「わかりました。一度だけ、ラベージさんの顔に免じて、彼らの事を許します。ですが、わかっているでしょうが一度だけです。次はありません」

「ありがとうございます……」


 深々とお辞儀をするラベージさんに、ひらひらと手を振ってノープロブレムを示す。その横で、実に不機嫌そうなグラが、不本意を無表情に貼り付けて僕を見ていた。



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