第101話 彼女がいる理由
「まぁ、種明かしするまでもない事ではありますが、僕らの弱点として狙われやすい立ち位置を、ィエイト君とシッケスさんに成り代わってもらっていたんです。本物のミルとクルは、いまもアルタンの町の屋敷にいますよ」
それは一度帰った際に確認した。あっちは本当に無防備で、狙われた際にはそれなりの被害が予想される。流石に、どこもかしこも守れる程、僕らの手は広くない。まぁ、アルタンの町でそれをやれば、ウル・ロッドと総がかりで相手を潰せるので、報復そのものは簡単ではある。
「ふむ。して、この二人の正体は? なかなかの手練れのようだが?」
ィエイト君に続いて幻術を解いたシッケスさんを見てから、僕に問うてくるポーラ様。
「【
「フン。まるでたまたまやらせたら、偶然攫われたとでもいわんばかりだな。僕らにメイド役をやらせたのは、この大公の使いがアポイントを取ろうとした段階でだろう。一度アポを断ってから、わざわざ僕らをミルとクルに仕立てあげたんじゃないか」
「そーそー。端っから、罠に嵌める気満々じゃん!」
二人からの茶々を笑ってスルーする。いや、別にその段階から、大公側がうちの使用人に手を出そうとするだなんて、わかっていたわけじゃないよ。
だが、実力行使がほぼ不可能に近い僕ら姉弟を相手に、無理を通して道理を引っ込めようとすれば、狙う先は自然と絞られる。勿論、そこまで下衆な手段を取ってくるつもりなら、容赦なんて微塵も必要ない。
ぶっちゃけ、ィエイト君とシッケスさんも攫われてあげる必要なんてなく、その場で手打ちにしてしまえば良かったと思っている。僕がなんらかの意図があって、相手を罠に嵌めたと思っていたようなので、仕方がなかったのかも知れないが……。
「まぁ、生かしてこの島まで連れてきてくれたおかげで、さっきの交渉はこちらに有利に働きました。ありがとうございます」
「ふふん。こんな高度な囮作戦を、こっちとィエイトだけでやったって知ったら、セイブンのヤツが腰抜かすね」
「貴様が足を引っ張らず、ショーンのマジックアイテムが手元にさえあれば、僕はいつだってこの程度の事はやってのけたさ」
「はッ。無理に決まってんだろ! ちょっと前のこっちらに、使用人の真似事なんてできるわけねーじゃん! 特にお前だよ。お・ま・え! 剣術以外の事は、三秒経てば頭から抜け落ちてく鳥頭のくせに、なにを偉そうにしてるんだっつの!?」
「僕は、お前のようなバカではない。やりたくない事をやらないだけだ」
「だぁかぁらぁ! そのやりたくない事に、ガチで脳のリソース一切使わないから、ポロッポロ情報が抜け落ちてってんだろって話! ゆっとくけど! お前に比べたら、まだこっちのほうがマシだからな!!」
「フッ。面白い冗談だ」
「冗談じゃねーよ、このバカ!」
あーあー、またケンカ始めたよこの二人……。正直、ずっとミルとクルの演技しててもらえないかな? その方が平和なんだよなぁ……。
「ふむ。要は、ショーン殿が用意した罠に、そこな悪漢どもがまんまと引っ掛かったと、現状はそういう事なわけだな?」
ギャーギャーと、どこかのネコとネズミのように仲良くケンカしている二人からは、もはや建設的な話は聞けないと見切りをつけたポーラ様が、険の抜けた表情で僕に問うてきた。
「ええ、まぁ、そう考えてもらって構いません。罠というか、安全策でしたけど」
ウワタンの町で、主に僕らの周囲に侍っていたのは、ミルとクルだった。だが、別にあの町にいた僕らの使用人は、彼女たちだけではない。それが、見るからに手練れのィエイト君やシッケスさんだった場合、矛先はそっちの、本当に戦う力などない使用人に向いていただろう。
「では、その連中の処遇はどうするつもりなのだ? 私としては、こちらに引き渡してくれるとありがたいのだが……」
「ふむ……」
ぶっちゃけ、この島は第二王国領ではないわけで、必ずしもポーラ様の要求に従う必要はない。むしろこんな離れ小島にまで、領主一族であるポーラ様が単身乗り込んで、一犯罪者を追い立てている方が異常だろう。
でもまぁ、こんな連中を手元においていても、あらゆる意味で邪魔なだけだ。こいつらの処遇は、ゲラッシ伯爵とヴェルヴェルデ大公の間で考えてくれればいい。チューバと大公の間諜連中がほぼ全滅している以上、たいして僕らの情報を持ち帰る事もできないだろうし。
僕は考えをまとめると、笑顔で頷きつつ了承する。
「ええ、構いませんよ。もしよろしければ、ウワタンまで送りましょうか?」
「送る?」
対してポーラ様は、子供っぽい顔で首を傾げた。さっきまでの鬼気迫る雰囲気はそこにはなく、以前会ったときにも感じた、貴族らしからぬ無垢な印象を受ける表情だ。
「ええ。実は往路で船を得まして。まぁ、元海賊船ではありますが……。帰りはその船を使う予定なんです」
「ほぉ。では、迷惑でなければ私も便乗させてもらおう。だが、船だけあっても水夫がいないのでは?」
そこは一応、アテはある。僕らが売った元海賊の下っ端連中が、犯罪奴隷として売られているはずだ。船長や主だった者は縛り首だろうが、まさか片っ端から処刑する程、この町は潔癖ではないだろう。貴重な労働力を無駄遣いできる程、余裕のある町でもないしね。操船技術があるならなおさら。
「ところで、ポーラ様。こちらからも質問してよろしいでしょうか?」
「うむ、なんだ?」
状況が落ち着いてきた頃合いと見て、僕は気になっていた点を彼女に訊ねる。
「どうしてここに?」
「ふむ? そこの下衆どもを追いかけてだが?」
「ああ、いえ。そうではなく。どうやってここに?」
先にも述べた通り、僕はウワタンで彼女に会っている。それからダンジョンコアを、僕らのダンジョンの最奥に戻し、グラの依代に移り、ゴルディスケイル四層からの帰還をするだけの時間があったとはいえ、ポーラ様がここにいるのは不自然すぎる。
転移術師に頼んだというのならわからなくもないが、【門】が使える術者は本当に貴重で、地方領主の娘が軽々に顎で使えるような存在ではない。なにより、空を飛べる程度の術者であろうと、転移術師を、一応は外国扱いであるゴルディスケイル島に寄越す許可なんて、そうそう下りないはずだ。
僕らだってあんなに揉めたってのに……。それを、こういっちゃなんだが、たかだか犯罪者を数人捕縛する目的で使うとは、とても思えないのだ。
だが、転移術者を使っていないとなると、海を渡ってきたという事になる。船でだいたい半日の距離をだ。どう考えても、時間的に彼女がここにいるのは不自然なのだ。僕の疑問は当然のものだった。
ポーラ様は僕の質問の意図を察し、朗らかに笑って答えを提示する。
「ああ、それはな――」
彼女は外連味なく、とんでもない事をのたまう。
「――走ってきた!」
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