第44話 新年の催しと軍の動き

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 第二王国――正式名称、ノドゥス・セクンドゥス王国の王城にて、今宵は新年を祝う為の儀式が催されていた。儀式といっても、宗教的な祭事は既に終わっており、いまは大広間で、恒例の新年のパーティが催されているだけであった。


「ゲラッシ伯、新年おめでとう」

「これはヴィラモラ辺境伯閣下、おめでとうございます」


 陛下の代理として、臣籍降下した姫の一人が挨拶をされたのち始まった宴で、早々にワシに挨拶をしてきたのは、なんとヴィラモラ辺境伯であった。ワシと妻は、慌てて頭を下げるが、辺境伯は鷹揚に手を振って、かしこまらずとも良いと告げる。

 そうは言われても、相手はゲラッシ伯爵領が属する王冠領の盟主であり、選帝侯のお一人でもあるヴィラモラ辺境伯だ。玉座不在の第二王国の現状では、もっとも影響力を有する人間の一人と言っても、過言ではない。


「昨年は、貴様の領地は随分と騒がしかったようだな」

「は。ご迷惑をおかけしてしまい、誠に慙愧の念に堪えません」


 ワシが再び頭を下げようとしたところを、辺境伯閣下が手を出してそれを押しとどめる。


「よい。文句を言いに声をかけたわけではない。だが、今年は静かであって欲しいものよ」

「は。ワシもそう願ってやみませんが……」

「ふむ。やはり、帝国は戦を想定して動いておるか?」

「は。どうにも……」


 どうやらその辺りの情報は、辺境伯にも伝わっていたようで、その黒々とした髭をしごきつつ「難儀な事よ……」と呟いた。

 たしかに難儀である。帝国が南に兵を集めれば、自ずとそのルートは限られてくる。パティパティアを真南に踏破するか、南東に我が領地が有する峠を通るか、あるいは南西に向かって、パーリィと戦をするかだ。とはいえ、パーリィが狙いであれば、タルボ侯の領地に兵を集める事はすまい。

 である以上、その侵攻ルートは二通りとなるわけだ。


「どうやら、王城では帝国との間に、なんらかの密約が交わされておる節があるな。でなくば、こちらになんの通告も出さずに、軍事的な動きをしている事になる」

「たしかに……」


 帝国が正面から、第二王国に戦を仕掛けられるわけがない。国力的にも、周辺情勢的にも、第二王国の国情的にもだ。

 なんとなれば、以前の遊牧民よろしく、この王城を落としたとて、そこにはボゥルタン王冠領、ヴェルヴェルデ大公領、ドゥーラ大公領、ラクラ伯爵領、シカシカ司教領、フィクリヤ公爵領という、現在の第二王国のメインパワーが残っているのだ。特に、第二王国西の守りたる王冠領、北東の守りたるヴェルヴェルデ大公領、南東の守りであるシカシカ司教領の三勢力がフリーハンドの状態で、王城だけを落としても意味がない。

 帝国も、それがわからぬ阿呆ばかりではあるまい。だというのに、既に軍事行動紛いの行動に出ているとなれば、第二王国の上層部とは話がついていると見るべきか。ヴィラモラ辺境伯閣下の言には、頷けるだけの説得力があった。


「場合によっては、貴様の領地を帝国軍に横断させよと言い出しかねぬぞ?」

「……まさか、そんな」


 あまりの内容に咄嗟に否定してみせたが、その声音は弱々しくならざるを得なかった。絶対にあり得ぬと断言できる程、ワシは王城に勤める官僚貴族どもを信用してはいない。彼らの中には、地方領主が多少不利益を被ろうが、国の益となるならば文句を言うべきではないという、傲慢な考えを有している者も少なくはない。

 彼らの考えがわからぬわけでもない。中央集権化を図り、より盤石で統一的な国家を目指すという思想は、なるほど理想としてはわからんでもない。だがそれによって、不利益を被る地方領主が、ただそれを良しとするわけがない。

 その辺りの調整を如何とするのか。王城の官僚どもが、地方領主側が納得できるような落としどころを考えているとは、とても思えん。


「帝国が、再びパティパティア越えを試みようとしているとは、考えにくい。以前の犠牲の多さ、そして連絡路の構築の不備から、せっかく得た海を失ったのだ。二の轍を踏む程連中が愚かとするのは、楽観論が過ぎよう」

「は。左様ですな。となれば、別なルートを彼らは既に、策定済みだという事ですな」

「うむ。それがいかなものかは、ワシにも貴様にもわからぬがな。努々、油断だけはしてくれるな。もし万一の事あらば、ワシに連絡を入れよ。王冠領を挙げて、帝国兵を歓迎してやろうではないか。王冠領内の事は、王冠領の者が決める。王城に詰めているだけの頭でっかちどもに、好きにされるわけにはいかぬ」

「は……」


 ヴィラモラ辺境伯閣下の言葉は、我が領一つで帝国軍を足止めせねばならぬという状況からみれば、干天の慈雨の如くありがたい申し出だ。ただ、それによって中央との軋轢が生じるのも、それはそれで困るというのが、いまの我が領の難しいところだ。

 ズイと顔を寄せてきた辺境伯閣下が、声を潜めて忠告してくる。


「忘れるなよ? ワシらは、領民の守護者であり、守護者である為に王国に仕えておるのだ。王国に仕えているから、領民を守っているのではない」

「……肝に銘じまする」


 元々ワシは、ゲラッシ伯爵領に封じられる前は、王城に仕える帯剣貴族の一人であった。それなりの戦功や、そこそこの地縁があり、伯爵領を拝領するに至ったが、どうにも意識の根幹に染み付いた、中央気質が抜けぬ。

 その辺り、物心ついた頃から伯爵領にいた、倅の方が心得ているかも知れぬ。そう考えると、さっさと隠居したいという誘惑に駆られるが、流石にまだあれにすべてを任せるのは不安すぎる。

 だが、もしも本当に王城が、ワシに無断で伯爵領の通行許可などを出していたら、大問題である。それこそ、ゲラッシ伯爵領の立ち位置を、第二王国から王冠領へと変えねばならん。

 ワシの表情を見て、その決意を感じ取ったのか、辺境伯閣下は少し離れると、朗らかに笑った。辛気臭い話はそれまでとばかりに、その厳めしい顔に笑みを浮かべて、まったく別の話を振ってくる。


「しかし、貴様の献上したという器の披露はまだかの? なんでも、たいそうな逸品だとか。今日は、それを楽しみに王城まで足を運んだといっても、過言ではないのだがな」

「はて、スケジュールについてはワシもとんと窺っておりませんで」

「ふむ。どのようなものなのか、先んじて教えてはくれんのか?」

「申し訳ございません。どこまで話して良いものやら、ワシにも判断ができませぬ故……」

「残念だのう。だがそれも、いましばしの辛抱よ」


 そう言って、闊達に笑う辺境伯閣下。この姿を見た第二王国貴族は、ヴィラモラ辺境伯とゲラッシ伯爵との良好な間柄を見て取り、そこから王冠領における伯爵領の地位が、以前よりも高くなっていると感じるだろう。

 実にいい事だ。我が伯爵領は、場所そのものは悪くないのだが、政治的な立ち位置としては不安定に過ぎた。その一番の要因が、立地的には王冠領でありながら、政治的に第二王国に近すぎるというのがあった。

 そう考えると、あの贈り物はやや早計だったか……。いや、あれはあれで、下手に近場においておけば、争いの種となろう。アジッサ・バウデルの二の舞はごめんだ。

 ワシはそう結論付けると、にこやかに辺境伯閣下との雑談に興じた。話の内容は主に最近の領内の事であり、そうなれば必然、件の姉弟の話題ばかりとなったが。

 辺境伯閣下も興味を示された、肖像画を残すマジックアイテム【オオグチボヤ】については、かなり会話が弾んだ。

 それにしても、変な名前よな……。



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