第45話 聖杯お披露目

 宴もたけなわの頃合いを見て、大広間を照らしていたマジックアイテムの明かりが、少しずつ落とされていく。その事に気付いた貴族たちが、なにが始まるのか、あるいはいよいよかとばかりに、静まり返っていく。ワシもまた、いよいよかと気を引き締めた。

 宝物の献上とお披露目といえば、なんとも華美柔弱かびにゅうじゃくな印象を受けるが、ここまで大々的な場でのそれとなると、単に美術品を見せびらかすという意味に止まらなくなる。

 王城やその主である王族、そこに詰める法衣貴族やその統括たる宮中伯の面々が、その威信をかけて発表する代物だ。もし万が一、それがいかに価値がある代物であろうと、見慣れた取るに足らないものあれば、この場に集った貴族たちからは失笑を買うだろう。

 それはすなわち、聖ボゥルタンの血を引く王家の威信に疵を付けるがごとき所業となる。そんな事はないと信じたいが、もしかすればそれがきっかけで、現在の不安定な第二王国が、政治的に分裂し、瓦解するという事態すらもあり得ぬとは言い切れぬのだ。

 そしてその責は、当然それを献上したワシにも飛んでくる……。


「…………」


 緊張からベタつく喉を潤す為、手中のグラスを干すが、一向に喉の渇きが癒える気がしない。

 勿論、現物を拝んだ立場からすれば、あれが酷評される事はないと確信を持ってはいる。王城側も、そう思ったからこそ、この大事な場でのお披露目を選んだのだ。

 緊張から、ついついデメリットばかりを考えてしまうが、もしもこの場の誰もが認める宝を披露したとなれば、当然真逆の評価を得られる。すなわち、聖ボゥルタンここにありと、国内外に見せ付け、中央の権威を裏付けられるのだ。

 昨今、派閥の乱立による国内政治情勢が混迷している第二王国にとって、中央の権威確立は混乱の収束にもつながる要素ともなり得る。多くの者が、その事に胸を撫で下ろすだろう。

 ワシとしても、下手に政争から内乱紛いの混乱につながるのは、宝物云々を抜きにしても、望ましくない。

 だが当然、王族の権威の復活を、面白く思わない勢力もある。とりわけ、昨今勢力を伸ばしている、【新王国派】などは白を黒と言ってでも、認めたくはあるまい。

 また、【新王国派】でなくとも、必要以上に王城に権力を集中させたくない勢力にとっては、このお披露目が失敗するのを望んでいよう。

 そういった勢力が、この場でどう動くか……。もし、実際には価値ある品であろうと、悪し様にこき下ろす事で王家の権威を毀損させ、相対的に自分たちの権力の増大を図ろうとする者がいれば……。

 恐ろしい想像に、背中は嫌な汗でびっしょりと湿っていく。給仕に頼んで、新しい酒を用意してもらう。この恐怖を紛らわせるには、酒精の力を借りる他あるまい。

 ワシがそのように恐怖と戦っている間に、お披露目の準備は着々と整い、大広間の中央には大きな台座と、布をかけられたそれが用意された。そこまで設えられれば、事情を知らなかった者も、王城がこの場で宝物を披露しようとしていると察したようだ。


「……なんと大胆な」

「……いまの王城に、それだけの珍品を用意できるだけの余裕が、あったのでしょうかね」

「……新年の宴でのお披露目ですからな。それだけの自信があるのでございましょう」

「いやいや、これだけの場所で披露するのですから、並の宝物では肩透かしもいいところですぞ? せめて、アジッサ・バウデルの三宝の一つや、ボゥルタン王国時代の宝物でもなければ、我が国の国威にも翳りが生じましょう。きっと、それだけの代物に違いありますまい!」


 声を潜めもせずに、期待を煽ろうとしているのは、逆にこき下ろす為の布石だな。高くなりすぎた柵を越えられなかった馬を笑う為に、持ち上げるフリをしているのだ。


「ポートネン男爵か……」

「なんとも品のないものよ。しかし、ああして派閥の代表として泥を被らされるという立場も、哀れといえば哀れよな」


 ワシの独り言に、すぐ隣から答えが返ってきた事で、驚きそちらを見る。そこにいたのは、ドゥーラ大公――またも選帝侯のお一人であった。

 たしか齢は既に八〇の大台に乗っていたはずだが、その矍鑠かくしゃくとした立ち居振る舞いからは、弱々しさなどは一切感じ取れない。流石に、その白い髪と肌の皺や、細くなった手足は、年齢相応の見た目ではある。だが、その目に宿る力強さは、とても既に没したワシの両親と同年代とは思えないものだ。


「こ、これはドゥーラ大公閣下、ご挨拶が遅れまして……――」

「よい。新年の挨拶はあとにしようぞ。いまは、なにをおいても、あの宝物の披露だ。しかし、そう緊張するでない。あれは間違いなく、後世にまで残る逸品中の逸品だ」

「は……。畏れ入ります……」


 どうやらドゥーラ大公は、ワシの緊張を見て取って、落ち着かせる為に声をかけてくれたらしい。文字通り、畏れ多い気遣いである。

 ただ、その点がどうにも訝しい。王冠領の盟主たるヴィラモラ辺境伯と違い、ワシとドゥーラ大公には然したるつながりはない。そんな貴族がどうなろうと、放っておけばいいのだ。失態を演じたならば、嫌味の一つでもこぼせば、それが巡り巡ってワシや、ヴィラモラ辺境伯を攻撃する材料にもなり得る。

 一つ、思い当たる節があるとすれば、ドゥーラ大公は非常に保守的な、元来の第二王国――というよりも、聖ボゥルタン王国を復活させたいと考えている、根強い【王国派】だ。そして、王城の法衣貴族たちの統轄でもあるラクラ宮中伯もまた、同じく【王国派】である。

 この二人にとっても、このお披露目は非常に重要な意味を持つ。だからこそ、彼の品を献上したワシの功績を認め、手助けしてくれたのかも知れない。

――と、思ったのだが……。


「其方には、少し話もある。それまでに、深酔いされては困るでな」

「話、でございますか……?」

「帝国についてだが、いまは良い。ほれ、いよいよ始まるぞ」


 当然ながらというべきか、やはり王城でも帝国の動きには、細心の注意が払われているらしい。だとすれば、話とはいかなものか……。

 もしも本当に、我が領の横断を甘受せよという内容であれば……。場合によっては、一も二もなくヴィラモラ辺境伯に助力を求めねばいけない。それはすなわち、ゲラッシ伯爵の鞍替えを意味する。

 それこそ酒の力でも借りなければ、やっていられないだろう。

 ワシは、給仕から受け取ったばかりの酒杯を、早々に呷った。



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