第93話 憤懣

 ●○●


 腹立たしい。まったくもって業腹である。

 ドスンドスンと地鳴りを伴って、我は進む。赤いヒカリゴケの空間は、我が通れるだけの広さがある。当然だろう。ダンジョンの保守には、我自身が赴かねばならぬのだから。


「ヌゥウウウウウウウウン!!」


 憤りから、ついつい火炎のブレスを吐き出す。

 我はいま、窮地にある。滅びに瀕しているのは、まぁいい。ダンジョンコアの生き様というのは、神に至れなば、いずれは戦って果てるが運命。でき得るなら同胞に討たれたくはあるが、人間に討たれるという事も、まぁあるだろう。

 だが、現状は断じて承服できん。


「ガァァァアアアアアアアアアアアア!!」


 再び、進行方向にブレスを放つ。まったくもって気が晴れん。

 ダンジョンコアが、人間と共闘して攻めてくるだと!? ふざけるな! 地上生命などと轡を並べるなど、ダンジョンコアの誇りをかなぐり捨てた愚行。例え死に瀕していようと、犯すべからざる種への冒涜だ。

 だというのに、そのような不埒者に我はいま、追い詰められている。そんな事を認められようはずがない!!

 たしかに、人間どもの強者の存在を見誤ったのは失態であった。あの、竜をも屠る拳を持った男は、間違いなくと呼ばれる輩だろう。人間の間では、稀にではあるがそういう傑物が生まれるのだ。

 その英雄は、ものによっては単独でダンジョンコアに匹敵する程の戦闘能力を発揮する場合がある。

 それまでは決して攻略の最前線にでる事なく、温存されていた為に、発見が遅れたのが、この窮地の原因といえるだろう。言い訳にはなるが、彼の者の動きがもう少し緩慢であれば、ダンジョンコアの一行を縊り殺す事は不可能ではなかったはずなのだ。

 我は件の場所に近付くと、翼を広げ、咆哮ハウルをあげる。呼応するように、我の生命力を糧にダンジョンが作り替えられていく。

 崩落が起きた地点は、床と壁以外の箇所は瓦礫の山であった。本来、天井のないダンジョンなど開口部以外にはあり得ないのだが、グリマルキンの助言により、そこが埋め立てられている場合に限り、天井のない通路というものも存続可能であると知っている。無論、いずれは我の力が薄れ、ダンジョンではなくなってしまうのだが、この場合、その心配も無用である。

 我は己の生命力を流し込み、最下層から三階層分の領域を、一つの空間へと変貌させる。瓦礫が、ヒカリゴケの蔓延る洞窟の壁へと、瞬く間に変遷していく。我の巨体が、悠々と頭を持ち上げられる程の、広々とした空間である。

 それと同時に、空間に満ち満ちていた生命力が、我に充溢していくのを感じた。


「ぉぉぉおおおおお!?」


 崩落によって死した人間どもの命が、我の力となっていく。得も言われぬ高揚感に、吾輩はそれまでの憤懣も忘れて、歓喜の雄叫びを上げてしまった。

 恐らくは、一〇〇名に満たぬ地上生命輩の生命力。冒険者どもよりも、個々の質は悪いうえ、一〇〇名程度では、人間どもに奪われた我の生命力とは吊り合いが取れぬ。

 たかが知れておる生命力量。だがしかし、このエネルギーが得られた意味は、あまりにも大きい。

 グリマルキンの伝えたこの方法があれば、地上で安閑としておる地上生命を食らえるのだ。それが、完全に実証されたのである。

 これを、基礎知識に載せられれば、多くの中規模ダンジョンと呼ばれるコアは、こぞって人間どもの集落を目指すだろう。冒険者と呼ばれる連中も、その対応に追われる事になるはずだ。

 小規模ダンジョンと呼ばれる、浅いコアもまた、村などの小規模なコミュニティを狙うかも知れない。

 そうなれば、地中生命と地上生命との関係は、一方的な捕食者と被捕食者という関係になる。我々ダンジョンコアという、種の勝利である!


 「フハハハハハハハハァァ!! 勝てる! 勝てるぞ! 我らダンジョンコアの、勝利ぞ!!」


 この手法の問題点は、一時的にでもダンジョンを放棄し、そこに培われた生命力を失うリスクだ。故に、浅いダンジョンコアには厳しいだろう。だが、それでも、我と同じく地上生命に追い詰められている中規模ダンジョンには、朗報であろう。

 我は哄笑をあげ、勝利を確信して雄叫びをあげた。

 いますぐにでも、このダンジョンを広げ、地上生命が呼称するところのアルタンの町全域を覆い、そこに住まう人間どもの平らげてくれよう! その暁には、我は超プレート級ダンジョンとして、一歩真なる心惑星のコアへと近付くのだッ!!


「まぁ、そうそう上手くはいかないよ、バスガルのダンジョンの主」

「ぬぅん!? なに奴!?」


 唐突に聞こえた声にそちらを見れば、我の作った覚えのない通路から、数人の人間どもに混ざり、敵方ダンジョンコアの先兵が現れた。なるほど、人間どもに混ざっても見分けが付かん容姿である。

 我は既に、そのモンスターが膨大な生命力を注ぎ込まれて作られているのを、己の実感として知っている。その量は、我の虎の子であったギギをも凌駕する程であった。

 しかし、そんな事よりもいまの我は、其奴の口調が癇に障った。


「ダンジョンの主、だと?」


 虫唾が走る。よもや、ダンジョン側のモンスターが、地上生命のように我をそう呼ぶなどとは、恥を知れ!! ダンジョンコアが使役するモンスターの分際で、人間どもに迎合するような姿は、なるほど敵方のダンジョンコアのスタンスが如実に表れている。

 この配下にしてあの主あり、といったところよ。


「許さぬ! 許さぬぞ、貴様ら!!」

「まぁ、許してもらおうだなんて、思ってないさ。これから君を殺すんだから、恨まれて然るべきだと思っているよ。僕らの為に、死んでくれ」

「戯れ言を!! 貴様らを殺し尽くし、併呑し、我はダンジョンとして、次のステージに至るのだ!」


 万が一を考え、地上生命どもに情報を与えぬよう、お互いにできるだけぼかして罵り合う。だが、前口上はこのくらいでいいだろう。開戦を告げるように咆哮をあげると、我は連中に向けてブレスを吐き出した。



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