第92話 アウラール=ゴゴ四〇二号

「セイブン!」


 アゲマントを倒した私は、人心地つく暇もなく、フォーンの鋭い声にそちらを見た。もう一体のズメウの牽制を任せていたフォーンになにかあったのかと焦ったが、どうやらそうではないらしい。なにかあったのはズメウの方だった。


「なんだ、アレは……?」


 地面に手をついたアウラールは、その黄金の体を膨張させて明滅している。これが、フロックスの言っていた敵の目論見かと、なんとはなしに察した。

 即座にアウラールの元へと駆けると、その両腕を蹴り払おうとする。だが、十分に生命力を込めた蹴撃だったにも関わらず、その腕はビクともしなかったのには驚いた。まるでダンジョンの破壊を試みたような感触だ。


「アウラールは、アゲマントよりも硬い……? いや、そんなレベルではないな……」


 いくらなんでも、ダンジョン並みに硬いモンスターなど常識の埒外だ。自分で言うのもなんだが、私の攻撃で罅一つ入らないというのは、最高位の竜種だったとしても考え辛い。

 その後も二、三発攻撃を加えたが、まるでアウラールという存在がダンジョンになってしまったかのように、傷一つ付かなかった。これは異常だろう。


「セイブン! なんかヤバい雰囲気だよ。ここは一旦退こう!」


 言われてみれば、なるほどアウラールの様子は、いまにも自爆しそうな明滅の仕方だ。よもや、相手の目的は自爆だったのかと、首を傾げてしまう。だが、頭の悪い私がここで考察していられるような余裕は、いまはない。

 自爆がどの程度の規模なのかはわからないが、私はともかくフォーンが巻き添えになる可能性もある。生命力馬鹿の私では、他者を守るにはこの身を盾にするしかないが、爆発相手ではそれもどこまで役に立つものか……。


「逃げるよ、セイブン!!」


 このフォーンの決断に、私は躊躇なく従った。考えるよりも先に足を動かし、彼女の小さな体を抱え込むと、【強】の瞬脚術で走るのに最適な生命力の運用を心掛ける。走りながら、フォーンは私の背に負ぶさるような姿勢になった。正面にいると、風圧でダメージを受けかねないからだろう。後ろにいると、爆発の余波を食らいそうで怖いのだが、そのときはできるだけ私が庇う事にする。

 ぐんぐんと流れていく景色に、轟々と唸る風音で、まともに会話もできない。それでも、アウラールからかなりの距離を取ったと思しきタイミングで、先行していた【幻の青金剛ホープ】と【アントス】のメンバーに合流した。


「うぉっ!? な、なんだ、敵か!?」

「セイブンさん!? どうし――」

「いいから、全員全速力でこの場を退避するよ! どこまで範囲があるか、わかったもんじゃないんだからね!!」


 フォーンに言われ、彼らも拠点へと走り出す。流石は上級冒険者パーティというべきか、彼らもなかなかの健脚だった。私も、彼らに合わせてスピードを落とす。


「何があったっていうのよ? どうしてあの場所を放棄しちゃったの?」

「敵が自爆の兆候を見せたのさ。あの場にいたら危ないし、どこまで離れればいいのかもわかんないから、こうして逃げてんの!」


 走りながら訊ねるフロックスに、フォーンが端的に状況の説明を行う。そんな二人のやり取りを聞いていたのか、エルナトが鼻で笑いつつ吐き捨てる。


「はッ、だったら自爆する前に殺しちまえばいいだろうが!!」

「セイブンの攻撃がまったく通じなかったんだよ、クソガキ。お前なら何十年剣を振っても殺せないって事だ、カス!」

「フォーン、悪口が彼と同レベルまで落ちています。【雷神の力帯メギンギョルド】としての品位を保ってください」


 私の指摘に、フォーンは己の悪罵を振り返ったのか、珍しく文句も言わずに押し黙った。エルナトはエルナトで、こちらに噛み付こうとしたみたいだが、私が一睨みすれば、目を逸らして口籠っていた。一応、力を見せ付けた私に対する評価は、彼もきちんと覚えていたようだ。

――振動……?

 背後からの振動を全員が認識したのか、全体の移動速度が増す。それに合わせて私も足を早めたが、直後追いかけてきた轟音が我々の背をさらに押した。

 私は背負っていたフォーンを前に抱え直し、いざという場合でも彼女を守れる体勢を整える。

 だが、流石にここまでは範囲外だったようで、洞窟の奥から多少の風圧と振動こそあったものの、特に被害らしい被害はなかった。十数秒の振動が収まった頃、我々はようやく足を止めた。

 流石に先の戦闘の消耗もあったのか、【幻の青金剛ホープ】も【アントス】も息を切らしている。私も、アゲマントとの戦闘に加えて、最後の瞬脚術での消耗が激しい。荒くなりつつある息と、休息に促されている発汗で、自分の生命力の消耗度合いが、かなりのものであると実感する。

 生命力の理の弱点は、魔力の理よりもエネルギー効率が悪すぎる点だ。直接生命力を消費しているのだから当然だが……。

 例えるなら、私が拳で岩を砕く為に使う生命力が一〇〇だとすれば、魔力の理で同じ仕事を実現する為に消費する生命力の消費は、十から、場合によっては一くらいにまで抑えられるらしい。魔力とは、生命力から生成するエネルギーである為、エネルギー効率が段違いなのだ。その分、魔力切れというリミットがある。

 勿論、生命力も使い過ぎれば死んでしまうので、そういう意味では限界はあるが。


「少し休憩しよう……」

「警戒はあちしがしてやるから、あんたらは存分に休みな」


 私が提案し、フォーンがフォローしてくれた事で、小休止となった。大休止でないのは、もう少しで物資の集積拠点だからだ。

 このとき、実際になにが起こっていたのか、私は知る由もなかった。事前にどうなるのかを知っていたら、流石になんとしてもアウラールの打倒を目指していただろう……。



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