第91話 アゲマント=ザザ七一号
〈17〉
「倒した!!」
エルナトの歓声が、背後で戦っていたであろうズメウ――銅の獅子頭アラムの打倒を教えてくれる。四級パーティ二つで為したと思えば、いくら相手が捨て身であったとしても、快挙といっていい早さだろう。
「気を付けて、セイブンさん!」
フロックスが荒い息のままに声を張る。
「こいつ、最後になにか目論んでいたわ! 守勢に回って、なにかの用意をしていたみたい!」
「――了解!」
私は、牛頭の金剛竜人――アゲマントの脇腹に拳を叩き込むと、フォーンが牽制してくれている鮫頭の金竜人――アウラールへと牽制の蹴りを二、三発放つ。アウラールはその蹴りを翼と腕を使って、器用にいなす。
「やっぱり、アウラールは私たち受け持った方が――」
フロックスの言葉に、フォーンが答える。
「ダメだね。ここよりも、拠点の方が余程心配だよ。あっちを落とされたら、あちしらの負けさ」
「……そう、ね……」
その言葉に納得したのか、フロックスたち【
正直なところ、私一人でズメウ二体を相手にするのは、たしかに大変ではある。それでも、フォーンの言う通り、この局面で退路を断たれるのは致命的であり、アルタンの冒険者たちが大量に死ぬのも許容できない。
「本気でいくぞ……?」
ガツンとバックラーを打ち鳴らし、構えを取る。生命力を燃やし、全身に巡らせると、私は地を蹴った。
アゲマントの拳を真正面から拳で打ち据える。なにか硬質なものが砕けるような音が響く。知るか。
頭を下げつつ斜め前にステップし、懐に飛び込んだ私は、人体なら肝臓のある位置に左フックを叩き込む。なにかが砕ける感触と鋭い破砕音。構わない。
その場で、床面が砕ける程に踏む込むと、再び右でフックを叩き込む。これはアゲマントが左の腕でガード。以前、巨大な鉄の柱を殴ったときと同じような感触。硬さはあのとき以上か。うるせえ、折れろ。
左腕を失くしたアゲマントが、反撃のつもりか角で攻撃を繰り出した。顔面を狙ってきた角の先端を、額で受け止める。生命力の理【
左のバックラーで、ノックバックした顔面を、【
右、左、右と連続で殴る。その度に、なにかが砕ける音と共に、虹色に輝く鉱石が砕け続け、アゲマントの体は削り取られていく。地面には、幾多の鉱石が散らばり、微妙に足場が悪くなりつつあった。
「セイブン!」
フォーンの声になにかと思えば、突然横っ面を殴られて体が傾いだ。予想外の場所からの攻撃に驚けば、なんとアゲマントの残っていた右の角が、小さな腕に変化していた。
ビキビキという音が聞こえ、私の足にまとわりつくように、鉱石が固まっていっている。なるほど、こいつはやはり、ゴーレム系統のモンスターだったという事か。モンスターの破片が、いつまでも霧散せずに残っていた事を、もっと気にすべきだった。
砕かれた分小さくなったアゲマントは、頭上の角腕の部分から、己を再生するようにその形を変えていく。のっぺりとした人形のような上半身に、下半身はサソリかエビかと問いたくなる姿。爪はあるが、尾はないのでたぶんエビなのだろう。もしかしたら、どちらでもなくカニなのかも知れない。
「そもそも、姿などあってないようなもの、というわけですか!」
「ザザ、竜鱗ナイ。ソレデモ、ギギヨリ、強イ!!」
どうやら、このアゲマントは喋れたらしい。かなりたどたどしく聞き取り辛いが、それでも喋れない相手よりはいい。喋れない相手は、本当に拳で語り合うしかないのだから。
「拳で!!」
右の拳を繰り出す。アゲマントは人の手で受け流そうとして、そのまま腕が捥げる。
「ガァ!? コノ、人間メェ!!」
アゲマントが、左の爪を繰り出す。動けない私は、胴で受ける。ものすごい衝撃が、吹き飛ぶ事もできないせいで全身に染み渡る。
「他人を語るんじゃねえ!!」
左の拳を繰り出す。自分を殴りつけた、甲殻類のような爪を粉砕する。
「グゥ!?」
右の爪が迫るが、苦し紛れのようだ。このタイミングでやっても、普通にガードできる。まぁ、しないが。
爪の激突に合わせ、【鎧】の剛身術で防御力を高めて受ける。やはり、強い衝撃が全身を襲うが、耐えられない事はない。そして、即座に【強】の回復術でダメージを癒す。
生命力の理は、基本的にはこの【鎧】と【強】の二つだ。【鎧】は皮膚や臓器を硬くして、防御力を高めるのに主に使われる。【強】は腕力や脚力等、出力を上げる目的で使われる。
血管を硬化させ、血流を加速させ、無理矢理肉体の疲労を回復させる即休術や、無理矢理肉体の回復力を高める回復術という例外もあるが、【鎧】は防御、【強】は攻撃に使われる。
だがこれは、魔力の理のように、定められた法則通りに力を使う事で、画一的な効果を発揮するようなものではない。どちらかといえば、飛んだり跳ねたりといった、体を動かす感覚に近い。
どれだけ最適なフォームを研究しても、個人差というものは生まれる。こういう言い方は好きではないが、それはある意味『才能』というものなのだろう。
魔力の理において、重要なのは才能ではない。理を勉強し理解する、知識と努力だ。だが、生命力の理の優劣は、結局のところは量と運用法という『才能』に起因してしまう。
そして私は――そんな才能に恵まれた。ただそれだけの、つまらない天才だ。
「グブゥ!? コレガ英雄カ……」
アゲマントの右の爪が砕ける。私が蹴りあげた右足によって。足を縛っていた戒めごと、輝く破片が飛散した。
アゲマントの胴が砕ける。私が振るった左腕によって。もはや満身創痍であろうとも、敵に怯んだ様子はない。ただただ、怒りにも似た闘争心がビリビリと伝わってくる。
アゲマントの人間のような上半身と、甲殻類のような下半身が分離する。私が薙いだ左足によって。
「人間メ……」
そして、アゲマントの頭が砕ける。私の繰り出した、右腕によって。
キラキラと舞う虹色の宝石に、彼のルビーのような瞳が二粒混じる。きっと、彼の最後の言葉は、私たち人間に言わせれば「化け物め」という意味合いだったのだろう。
地面に落ちた、ダイヤとルビーが蠢く事は二度となく、程なくして多少の宝石と魔石を残して霧消した。
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