第90話 R.I.P
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戦況は、ギギさんが完全に防御に回り、僕とダゴベルダ氏が【魔術】を使わずとも、シッケスさんとィエイト君だけでなんとかなるかという、攻めの膠着状態に陥った。僕らが攻囲されていた状況とは、規模こそ違うものの真逆の構図だ。
だが、当然これで終わりだとは思えない。ギギさんはどこかで、この場所を崩落させようと目論むはずだ。走って逃げられる程度の規模ならいいが、まさかそんな希望的観測に縋るわけにはいかないだろう。
「万が一に備えて、できるだけ固まっていましょう」
「万が一というのは、崩落が起きたらという事かね?」
「ええ」
詳細を告げずとも、こちらの意図を理解してくれるダゴベルダ氏の存在が、この状況ではひどくありがたい。説明の時間を取られないだけで、この切迫した状況においては、かなり時間ロスを防げるからだ。
災害時と同じで、瓦礫のどこに仲間がいるのかわからなくなると、その生存からして諦めなければならない。近場にいれば、なんとかなる事もあるだろう。
前衛陣をフォローする為にも、僕ら後衛も少し前のめりに布陣する。どういうわけか、【魔術】全般が通用しないギギさんには、僕ら後衛が直接なにかをできる事はない。できるのは、前衛のサポートだけだ。つまり、役立たずであるが故に、あまり距離を取る意味もないという事だ。
ちなみに、完全に空気状態であるフェイヴも、遊撃として前衛をサポートしている。火力が期待できなくなった僕らよりも、戦闘への貢献度は高いのだが、ついつい忘れてしまう可哀想なポジションだ。
「――振動……?」
洞窟が揺れるのを感じ、僕とダゴベルダ氏は天井を見上げた。震源はここではない。いま、ここが崩れる感じの振動ではない。この振動は、はたして切羽詰まったバスガルがダンジョンを拡張したのか、あるいはズメウがダンジョンを崩落させたのか。
「すぐに振動が収まったな……」
「そうですね」
ダゴベルダ氏の言葉に、僕は肯じつつ考える。
これは、ダンジョンの拡張ではないな。ダンジョンを広げるなら、すぐにそれをやめる意味はない。そして、崩落だったとしても、恐らくは主力方面じゃない。たぶん、グラが追っていった銀のズメウが起こした崩落だろう。
振動は、本当に束の間の間に収まった。洞窟が崩落したとして、流石にあんな短時間で振動は収まらないだろう。グラと話していた、【崩落仮説】を逆手に取った逆侵攻策が成功したのだ。
「……ダゴベルダ氏、そろそろこちらも動くはずです……」
「ふむ……」
一度手の内を晒したのならば、同じ手法は間を置かずに使い切らねばならない。時間が経てば経つ程、対抗策を打つ猶予を敵に与える事になるからだ。現に僕らは、なにもわからない手探りの状況から、【崩落仮説】という敵の目的を推測し、そこに対抗策を立てる事に成功している。
他にも、わかっている事はあるが、勿論ダンジョン側の視点が混じる推測を、ダゴベルダ氏に伝えるわけにもいかない。
ダンジョンを改変する能力を、モンスターに委譲するというのは、なかなかにリスキーだ。故に、恐らくはそのトリガーとして、モンスターの命を使っているはずだ。つまり、ここで崩落の被害を回避できれば、労せずしてギギさんを倒せるという事。
まぁ、その気持ちはわかる。僕だって、自分の生みだしたゴブリンだのネズミ系モンスターに、グラの命を預けようだなんて思えないし、仮にドラゴンだったとしてもごめんだ。ダンジョンの改変能力を、モンスターに持たせるというのは、ダンジョン側に立つと、それくらい忌避感が先に立つものなのである。
まぁ勿論、一定以上の知能が必要なのだから、ネズミ系のモンスターに権限を委譲するのは、流石に無理だろうが。ゴブリンでギリだろう。
勿論、単なる僕の憶測で、バスガルにとってギギさんたちズメウが、欠け替えのない存在であるなら、そのような安全弁を付けないという場合も、十分に考えられる。だがまぁ、恐らくはないだろう。バスガルとグラは違う。この依代に自爆機能を搭載するのを、頑なに拒もうとした、心優しき姉とは。
「……さて、細工は流々、あとは鬼がでるか蛇がでるか……」
「どうした、ショーン君?」
「いえ、こちらの話です」
ズメウの存在こそ予想外だったものの、戦況そのものはこちらに有利。特に、物資集積拠点を守れたならば、敵方の目論見の大部分は、失敗したと見ていい。今頃バスガルは、怒髪衝天の事だろう。
「ヌゥゥウウウウウウウウウウウウ!!」
唐突に、ギギさんの雄叫びのようなものが響き、彼は床に手を着いた。思わず降参かとも思ったが、そんなわけがなかった。直後、彼の体が膨張し、彼の足元の地面とともに明滅を始めた。まるで臨界状態と言わんばかりの光景であり、そして恐らく、それは間違いではない。
「ィエイト君、シッケスさん! 退避して、こちらに来てください!」
前衛二人と、次いで遊撃のフェイヴが僕らの元へと戻ってくる。一塊になった僕らを、ギギさんの三角の顔がジッと眺めていた。元々傷だらけだったギギさんの体が、膨張したせいで傷が広がり、青い血が夥しい程に流れている。
その痛々しい姿に、少し同情してしまう。あの暗い下水道で、お互い使者として会話をしただけの間柄だった。敵という立場ではあったものの、彼の誠実で朴訥な性格は、短いやり取りだけでも伝わってきた。
こうしてお互いになにも言わず、今生の別れとなるというのは、少しだけ寂しく思う。もしも僕が、バスガルのダンジョンのモンスターとして転生していたらと思うと、背筋に冷たいものが流れる。
主となったダンジョンコアの違いだな。コアガチャ失敗したね。
「【
最後にダメ元で、ギギさんに幻術を施す。この世界で、最も需要のある幻術として使われているらしい、致死の苦痛と恐怖を和らげる幻術。せめてもの手向けとして放たれたそれは、どういうわけか打ち消されずに彼に届いたらしい。
一瞬首を傾げた彼は、しかし直後に己の存在意義を全うすべく、一際激しく光り、弾けていった。同時に、僕らを囲んでいた岩石とヒカリゴケの世界が、すべて崩壊する。
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