第94話 不意遭遇

 ●○●


 さて、困った……。予定外だ。

 相手の【崩落仮説】を逆手に取り、あの場をダンジョンにした。疑似ダンジョンコアとして生み出されたこの依代にも、ダンジョンを作る事は可能だったのだから、これもまた想定通りだ。

 まぁ、ダンジョンの改変ではなく、新しいダンジョンが作れるのかは半信半疑だったが、できたのだからこの際良しとしよう。できるとは思っていったが、実験する暇も余裕もなかったのだ……。

 そこから通路を伸ばして、重要拠点たるバスガルのダンジョンとアルタン側のダンジョンの繋ぎ目となる要所を押さえるつもりだったのだが、タッチの差で相手のダンジョンコアに掻っ攫われてしまったようだ。

 そして、最大の誤算が、この場にセイブンさんがいなかったという点。てっきり、この要所を押さえているはずだと踏んでいたのだが、残念な事に人っ子一人いない。いるのは人ではなく、濃緑色のゴ○ラのような姿の怪物だ。翼があり、腕が長い点もあの大怪獣とは違うし、体長も十メートルといったところだ。

 四つん這いになれば、狭い洞窟も悠々歩けるだろうし、この広い空間では立っても窮屈な思いはしないだろう。もしかしたら、あの翼で飛ぶ事もできるかも知れないな。


「マズいなぁ……」


 僕は鼻血を拭いつつ、独り言ちる。体感ではあるが、依代に残っている生命力は五割といったところだ。人間なら既に死んでいるか、重体といったところだろう。まともに戦えるかどうか……。

 しかもセイブンさんたちがいないうえ、バスガルのダンジョンコアまでもがいるだなんて、最悪も最悪だ。

 いや、よく考えたら、ダンジョンを崩落させたなら、できるだけ早いタイミングでダンジョンを形成し直さなければならない。そうでなければ、死んだ人間たちの生命力を吸収できなくなってしまうだろう。

 そして、いくらズメウを使って間接的にダンジョンを操る方法を持っているとはいえ、やはりバスガルに至心法ダンジョンツール程便利な遠隔操作の手段はないだろう。崩落直後にこの場に現れるのは、必然だった。

 ここを目指したのは、物資集積拠点はグラが守っているので、この重要な地点を確保しておきたかったという判断だ。僕らがギギさんと戦った場所に、戦略的価値などなかったので、地中に孤立した状況で目指すべきはそこだと思ったのだ。

 あわよくば、崩落も阻止できるかも知れないとすら考えていたのだが、周囲の雰囲気からそれは遅きに失したと覚る。崩落から逃れる為に、セイブンさんたちもこの場を放棄してしまったのだろう。あるいは、最初からここを取っていなかった? いや、それは考え辛いか。

 つまり、僕が少々迂闊すぎた。生命力が低下しすぎて、判断力が鈍っていたのかも知れない。いや、判断を下したときは、むしろ生命力は満ち足りていたので、やはり単純に僕の粗忽だろう。

 どうやって、この状況を打開するべきか考えていたが、残念ながら時間切れのようだ。爆音のような咆哮をあげ、バスガルは攻撃を開始した。そのトンネルのような口腔から、真っ赤な火炎を吐き出す。


「――散会!!」


 咄嗟にフェイヴが下した判断に、全員が即座に従う。前衛は勿論、辛うじて後衛もその炎の津波から逃れる事に成功した。ぶわりと、襲いくる熱波が火傷にこそならないものの、ダメージとなって生命力を削ってくる。


「ど、どうするっすか!?」


 戦況の悪さを感じ取っているのだろう、フェイヴが焦ったように問う。だが、その疑問に答えられる人間など、この場にはいない。ィエイト君は細身の直剣を構えつつも、常の冷徹な表情に苦渋の色が混じっている。シッケスさんは、もっとあからさまに焦っているようだ。


「問題は、撤退しようにも退路がない事である」


 こんな状況だというのに、一切の焦りを感じさせないダゴベルダ氏の発言に、どこか安心してしまう。そして、その言もまた正鵠を射ている。

 僕がここまで作ってきたダンジョンは一本道であり、あそこを進んでも袋小路だ。おまけに、あのブレスを思えばまさしく袋のネズミ。きた道を戻るという撤退方法が、この場合使えないのだ。

 ならば、この通路に本来あったであろう通路はというと、いまだ瓦礫の山である。それだけ崩落範囲が広かったという事だろうが、実に厄介だ。


「とはいえ、最善を考慮している余裕はありません。僕がもう一度、あの瓦礫を通路に変えて、退路を確保します。皆さんは、それまで防御をお願いします」

「うむ、それが一番現実的であろうな」


 バスガルの脇を抜けて、本来のバスガルのダンジョンから退避するという方法もないではないだろうが、要する時間を考えれば、現実離れしていると言わざるを得ない。さらにそれを、バスガルの猛攻を避けつつできるというのは、希望的観測にしたって妄想が過ぎる。


「わかった。お前に任せる」

「ショーン君の判断なら、こっちは文句ないよ!」

「お願いするっす! つか、俺っちたち三人でも、この怪獣を相手にしたら、たぶんそこまで持たないっすからね! 急いでくださいね!?」


 前衛の三人が、作戦を了承してくれたので、すぐさま行動に移す。バスガルのヘイトが僕に向き過ぎているので、とりあえず【幻惑】でそれを逸らす。とはいえ、ダンジョンコア相手に、このレベルの幻術が通用するのかわからない。

 相手はただのモンスターではなく、グラと同じダンジョンコアだ。人間と同等か、それ以上の知性があり、内包する生命力はこの依代に内包されているものとは比べ物にならない。

 その隙に、ィエイト君とシッケスさんとフェイヴが、怪獣の足元から攻撃を加えていく。だが、流石に相手が大きすぎるせいで、どこかチクチクとかチマチマという印象を受ける。

 ダゴベルダ氏も杖を構え、属性術を放つ。が、バスガルの表皮で弾けて消えてしまった。これはもしかして、ギギさんと同じ【魔術】無効か?



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