第95話 人間の心

 ダゴベルダ氏の属性術は、バスガルには通用しないようだ。やはり、ギギさんも持っていた、あの【魔術】を無効化するなんらかのギミックが、彼にもあるのだろう。というより、バスガルの持っていた特性をギギさんが受け継いだのだろう。

 僕は瓦礫に自分の生命力を馴染ませつつ、彼らの戦闘を観察する。それをしながら、時折こちらに攻撃をかけてくるバスガルを幻術で躱すのは、なかなか骨だ。

 またもゴリゴリと生命力を削られるせいで、冷静な思考などできる余裕は、もはや僕の脳には残されていないという点だ。いよいよもって、限界が近い。


「――がはっ!?」


 生命力の低下で内臓が弱り過ぎたのか、盛大に喀血してしまう。まぁ、生命力が通常の人の生命維持水準を下回っているのだから、そういう事もあるだろう。

 だが、無理をしたかいはあった。ようやく瓦礫の範囲を、僕のダンジョンとして取り込む事に成功した。バスガルのダンジョン内ではあるが、飛び地のダンジョンの作成に成功したというわけだ。

 飛び地のダンジョンの実験は、以前からやってみたかったのだが、余裕がなかった為にできなかった。それが、ここにきて可能であると証明されたのは、なんとも皮肉な話だ。


「――繋げました! 全員、退避してください!!」


 あっさりと瓦礫の山にトンネルを開けた僕は、前衛に声をかける。

 大型怪獣と、剣や槍で戦闘を繰り広げるという、なんとも無謀な行為に及んでいた面々が、僕の声で続々とこちらに駆けてくる。

 僕はといえば、ぜぇぜぇと浅い息を吐きつつも、こちらに攻撃を仕掛けてこようとしたバスガルに、幻術をかける。正確には、このフィールドにだが。


「【逆もまた真なりヴァイスヴァーサ】」


 ギギさんにも通用したのだから、当然バスガルにだって通用する。問題は、彼はギギさんと違い、幻術に対処する方法を知っているはずだ。なにせ、僕の幻術の知識はグラの基礎知識に由来し、バスガルもまたその基礎知識を閲覧する権利を有するのだから。


「早く! それ程長く持ちません!!」

「うっす!!」


 一番足の速いフェイヴが、真っ先に通路に辿り着き、安全を確保しつつ向こうへ抜けていく。この空間と、アルタン側のダンジョンとの間には、三〇メートル程の間がある。ダンジョンとしては狭いが、逃走経路としては長すぎるくらいだ。

 次いで、ダゴベルダ氏が僕の方を窺いつつ、隣を抜けていった。僕がここにとどまる意味を、理解していたのかも知れない。

 最後にシッケスさんとィエイト君が辿り着き、僕を先に通路に押し込めようとする。


「ショーン君、先に行って! ここはこっちが引き受けるし!」

「早く行け! のろまに殿など任せられん!」


 まぁ、この二人がこんな反応をするのは、織り込み済みだ。僕は自分の寄りかかっていた壁から、通路側へと入ると、通路の先にいるダゴベルダ氏に頷いてから、壁に手を掛ける。

 ぐるりと、まるで忍者屋敷の壁のように、あるいは回転ドアのように、僕と前衛二人のいた場所が入れ替わる。


「ショーンさんッ!?」


 驚いたような声にそちらを見れば、こちらを見て愕然とした表情を浮かべてこちらを見ているフェイヴと目が合った。その顔があのときを想起させ、僕は同じように笑いかけながら、手を振ってやる。

 回転扉は、僕とシッケスさんたち前衛の立ち位置を入れ替え、ついでに通路の出入り口を封鎖する事に成功した。ダンジョンともなれば、この程度の改変は造作もない。中に人がいるとできなくなるが……。


「ぬぅ? なにをしておる?」


 もう【逆もまた真なり】を打ち消したらしいバスガルが、しかし眼前の状況に混乱して、問いかけてきた。こういうとこ、ギギさんに似て素直だな。愚直ともいう。


「だって邪魔だろう? 地上生命なんて、さ」

「む……」


 杖で軽く肩を叩きつつ、僕はバスガルに笑いかける。お互い、隠しておかなければならない事が多すぎる僕らに、彼ら人間たちは言葉の通り邪魔でしかない。いつ、互いに口を滑らせるかわかったものじゃない。

 それに、言ってはなんだが、あの戦力では時間稼ぎ程度しか期待できない。個々としての戦力としては、やはりここで死なれるのは損失がデカすぎる。


「……わからぬ。我には貴様の意図が読めぬ」


 そういう事を素直に口にしちゃうから、愚直なんだよなぁ……。


「僕の意図は単純明快さ。ここで君を倒す。それだけだよ」

「ふむ。だからこそ、あの地上生命どもに迎合し、我のダンジョンへ攻め込んだのではないか?」

「まぁ、概ね正しい認識だ。こちらのダンジョンコアは、生命力の総量という観点で、君からは大きく水をあけられていた。それはすなわち、使える兵力モンスターの総数が足りないという事と、ほぼほぼ同義だ」


 数としての戦力が、圧倒的に違うのだ。数さえあればいいという話でもないが、数がないというのは、手段が足りないという事だ。だからこそ、その代用として冒険者を用いたわけだ。


「僕らが彼らに求めたのは、そういう数としての戦力だ。個としての戦力は、ウチのダンジョンコアや、僕がいる」

「ハン! ただのモンスターごときが、我に比肩できるとでも思い上がっておるのか? たしかに、少々上等なモンスターである事は認めてやろう!」


 鼻で笑うだけで、こちらに熱波が吹き寄せてくる。まったくもって傍迷惑な怪獣だ。


「だが、それでダンジョンコアと同等などとは、肩腹痛いわ! 良かろう、小さきモンスターよ! 貴様に、ダンジョンコアという存在が、神にも届き得る崇高な地中生命であると、霧と消える前に教え込んでやろうぞ!! 格の違いを思い知るがいい!!」


 バスガルはその巨体を大きくのけぞらせると、飛膜の翼と両腕を広げ、天を仰いで高らかに咆哮する。まるで爆発のような振動と衝撃、生命力の理を使わなかったら鼓膜が破けていただろうが、ただでさえ少なくなっていた生命力を消費してしまったせいで、さらなるダメージを負ってしまう。本末転倒だ……。

 格の違い、ね。そんなものは知り尽くしている。なにせ、僕自身がダンジョンコア宿っていた経験まであるのだ。あの全能感は、忘れようとして忘れられるものではない。

 だがまぁ、事がここに至った以上は、生物としての格など関係ない。

 バスガルの、一本一本が僕の腕程もありそうな牙がゾロリと並んでいる顎門を、こちらへ向けて大口を開く。


「ガァァァァアアアア!! 縊り殺してやるぞ、モンスター!!」


 ああ、なんて典型的なセリフだろう。嫌になる。本当に嫌になる。こういうときに、自分の精神が人間寄りなんだと、嫌でも実感する。

 僕は吊りあがる口元を意識しつつ、眼前の怪物を見上げて言う。


「きなよ化け物。殺してあげるから」


 その言葉を口にするのも、恐らくは実行に移すのも、人間相手にするよりも余程ハードルが低い。本当に嫌になる……。いつまで人間のつもりでいるんだか……。



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