第78話 誇り高きダンジョンコア

 武器の耐久度的に、ここで仕切り直している猶予はない。

 逡巡している暇も惜しい。私は己の背に、自分で火球をぶつける。その反動で、再びショーンへと接近を試みる。先程、自分の盾に【魔術】をぶつけたのと同じ要領だ。

 脆弱な依代の肉体が、痛みとしてダメージの深さを訴えてくるが、そんなものは眼前の状況に比べれば些末な事だ。


「あぁ――ッ!?」


 むしろ、私が自身を攻撃した事に、ショーンの方が動揺して動きが鈍る。空中に投げ出された私を捕えようとしていた無数の腕も、払われたあとに構えられていた竜の左腕も、私がアリの足から離れた事で窮屈さから解き放たれた獣の前肢も、すべてが一拍、ビクりと静止する。

 悲痛そうに、まるで大切な宝物でも傷付けられたような表情で固まるショーンに、私は慣性のままに近付く。


「――あの願いが、あなたにとって随分な負担であるという事はわかっています。ですが、こうしてそれがわかってなお――あなたにとって己の在り方を根底から覆してしまう願いだと知っていてなお、私はそれを乞い続けます。――……故に、本来ならば私には、これを問う資格などないのかも知れません……」


 思い出したかのように伸びた獣の前肢を、突撃槍の石突で押さえ付ける。槍の先端を掴む左手にダメージが入るが、ショーンの体に傷を付ける事に比べれば何程のものか。

 宙に体がある為、踏ん張りが利かず、獣の前肢を押さえ込めるわけではない。だがその分、攻撃が私に届く事もない。獣の前肢が持ち上げられると、その分私の体も浮き上がる。

 宙を舞う木の葉のように投げ出され体が、ショーンの頭上でくるくると回る。一拍の空白に、私は三度同じ理を刻む。

 顕現した火球が迫る。同じ場所で受けるのは、ダメージが深刻になりすぎて機能不全を起こしかねない。まったく、依代というのは脆弱なものだ。

 私は迫る火球を、蹴り出すように左足で受けてショーンの懐へと飛び込んだ。


「――ですが」


 やはりというべきか、またもショーンの動きが一瞬鈍る。あれだけ正気を失っていようとも、それ程までに私が傷付くのを厭うてくれる。その事に、自然と笑みが浮かぶ。 


「――それでも」


 一拍遅れて振るわれた竜の左腕を、生命力の理で強化した右腕で、擦るようにして回避を試みる。スタンクの技だが、やはりまだまだ研鑽が足りず、依代の貧弱な腕がミシミシと悲鳴をあげている。


「――言わせてもらいます!」


 だがダメージを受けつつも、回避そのものには成功した。吹き飛ばされなければ、この場合どれだけダメージを受けようと回避成功である。竜の左腕の上を転がるようにしてさらに間合いの奥に這入り込めば、ショーンの顔はもうすぐそこだ。


「――あなたにとっての人食いの化け物像が、これですか?」


 私は、葛藤でぐしゃぐしゃになったショーンの頬を、血塗れの手で包み込むと、笑いかけた。我が弟の苦悩の証である涙を拭いつつ、状況も忘れて嘆息してしまう。

 その涙の、なんと美しい事か。この涙が、弟の苦悩の証であり、成長の証であり、私という存在に彼が歩み寄ってくれている証であるのだから。

 だから、悩むのはいい。苦しむのも致し方ない。だが、否定はしないで欲しい。


「――あなたには、私がこのような醜い化け物に見えているのですか?」


 私は、誇りを持ってダンジョンコアである己を肯定する。そしてショーンも、そうであって欲しい。己が化け物である事を嘆くのではなく、ダンジョンコアである事を誇って欲しい。自己否定よりも、自己肯定をして欲しい。

 己を――悪だなどと同定しないで欲しい。


「――あなたの自己否定は、私を否定する事と同義です。なぜなら我々は、一心双体、二心同体なのですから」


 もしかしたらショーンにとっては、この言葉は単に、我々の絆の強さを比喩する表現だったのかも知れない。だが私にとっては、この言葉こそが我々の在り方なのだ。

 最後に私は、ショーンに諭す。まるで答えを指し示すように、我々が生まれた当初にそうしていたように。


「私は、私と同じ道を、あなたに歩んで欲しいと願っているのです。悍ましい化け物としての道ではない、誇り高いダンジョンコアとしての道を――……」



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