第10話 ショーン・ハリューの過去(嘘)

「あれ? 旦那って、貝が好きだったんですか?」


 あまりにも美味そうに貝の干物を口にするショーン・ハリューに、俺に代わって質問をする執事。あのショーン・ハリューの好物が、安物の貝だったなんて、俺としてもビックリだ。


「うん? 海の幸はなんでも好きだよ。故郷を思い出す味だ……」

「へぇ。旦那って、海辺の出身だったんですか?」

「え? あ、うん。そうだね。生まれ故郷はそうだ。けど、あまり分別も付かない頃に、グラと一緒に師匠に買われて山奥のいおりに引っ込んだから、そこがどこだかは覚えてないけれどね。故郷という認識も、いまのいままでなかったな。海があったのと、食事は魚介が多かったのは記憶にある。だからかな、海の幸は割となんでも好きだよ」


 さらっと重たい事情を話したショーン・ハリューに、俺とチェルシーだけでなく、執事と執事見習までもが押し黙る。俺はどこかで、この才能に恵まれた少年は、これまで順風満帆の人生を歩んできたのだとばかり思っていた。それが、幼少の頃に身売りされた境遇だとは思わなかったのだ。

 だが、考えてみれば、恵まれた商家や貴族の倅だとしても、こんな年齢で独り立ちしているなんて、聞いた事がない。魔術師、幻術師、研究者という、自分とは隔絶した職分にあるからと、その辺りをまったく考慮していなかった。

 彼の現状を、ただ才能に飽かせて、力任せに分捕ったもののように見ていたのかも知れない。

 己の迂闊さが、なんとも恥ずかしく、情けない。いい歳して、眼前の少年よりも自分が幼く思えてしまうのが、本当に腹立たしく、情けない。


「貝類の干物って、どうしてこんな、旨味がぎゅぎゅーっと詰まってるんだろう。永遠に噛んでいられるわー」


 本当に幸せそうな顔で咀嚼を続けるショーン・ハリュー。どうやら、世辞やお為ごかしでなく、本当に魚介が好きなようだ。当然、自分の親の料理を褒められて、悪い気のする娘はいないだろう。チェルシーもまた、満面の笑みになる。


「なにこの子。本当に美味しそうに食べるわね。どこかのおっさんとは大違い〜! 可愛い!」

「悪かったよ……」


 たしかに、思い返してみればあの発言はない。ただ、紹介した店で出された料理が魚介の干物尽くしだったら、この町では『あ、こいつ金持ってないんだな……』と思われても仕方ないのだ。俺だってそう思う。


「ラベさん、まさかこれ、あんたの子?」

「バカ! んなわけあるか!! この人は、いまの依頼主だよ。だからお前も、失礼のないようにな?」


 恐ろしい事を言い始めたチェルシーの言葉を、俺は食い気味に否定する。せっかくフォローしてやったっていうのに、そんな俺にチェルシーは鬱陶しそうな顔をした。


「あんたの物言いのが、失礼だっての! ねぇ、僕? ウチの父さんの料理、美味しいわよねぇ?」

「ははは……。流石に僕と呼ばれる程幼くはないのですが……、たしかにここの料理はとても美味しいですね。こちらの山菜の和え物も、魚介の旨味と山菜、茸、根菜の味を上手く調和させていて、実に美味です。山菜の苦みに、魚介の深い海の香り、根菜の甘さと茸の独特な食感……。柑橘の果汁を使っているのでしょう、爽やかな香りが、干し魚の磯臭さを上手く消して、海の香りにしています。パンチのあるヴォンゴレの副菜として、口の中をサッパリさせる味なのもまた嬉しい。いつまでも、新鮮な味で主菜を楽しめます。あ、勿論ヴォンゴレも最高ですね。二種類の貝の味と食感が、舌で踊って実に美味です。まるで、食材が、皿というダンスホールの中、ソースというメロディに合わせて踊っているようです」

「え? なんか、思ってたより十倍詳しい答えが返ってきたんだけど。ラベさん、この子なに?」


 困惑するチェルシーに、俺は残酷な真実を告げてやる。それで少しは、こっちの苦労も察してくれ……。


「いまの俺の雇い主って言ったろ。通り名は【白昼夢】本名はショーン・ハリュー様だ」

「え……」

「ラベージさんは気を使って濁してくれましたが、本当は【白昼夢の悪魔】なんて呼ばれてます。失礼ですよね、まったく」


 本当にそう思っているのか疑わしいような顔で、くすくすと笑いながら俺のセリフに付け加えつつ、パスタを巻くショーン・ハリュー。そんな彼を、茫然と見つめるチェルシー。

 容姿こそ知らなかったようだが、流石にいま、この町でもっとも有名なハリュー姉弟の事は、聞き及んでいたらしい。チェルシーが、ギギギと油を差し忘れた古い扉のような動きで、こちらを見る。だが、そんな彼女に俺は、首を縦に振る事でしか応えてやれない。それが、彼女の望まぬ答えと知っていながら……。

 再び顔を戻した彼女の前では、本当に幸せそうな顔で、ヴォンゴレ・ロッソを口に運んでいる、まるであどけない子供のようなショーン・ハリューがいた。とても【白昼夢の悪魔】本人とは思えない姿だが、その実、数百人のマフィアをものともせず、竜種やダンジョンの主までもを倒した、武闘派すぎる魔術師であるのは事実だった。


「え、えーと……」

「大丈夫だ、チェルシー。この人は、世間で言われている程怖い人じゃねえから、安心しろ?」

「ホ、ホントに? 店潰されて、マフィアとかに売り渡されたりしない、私!?」

「しないしない。……しないっすよね?」

「僕って、そんなイメージなんだ……」


 いや、だってねぇ……。ショーン・ハリューの経歴を知っていれば、この反応は仕方がないと思う。俺だって、実際に会うまでは「歯向かうヤツは皆殺しにしろ!」とか言い出す輩かと思っていた。実際、やるときはやるだろうし、この人は……。

 そんな感じで、噂の【白昼夢の悪魔】を子供扱いしてしまったチェルシーが慌て、俺が彼女のフォローをし、少し落ち込んだショーン・ハリューとで、賑やかに昼食の時間は流れていった。なお、俺の昼食が冷めそうだと気付いたチェルシーが、親父さんの飯は温かい内に食え、と怒られる一幕もあった。

 誰のせいだと思って……。

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