第-2話 新迷宮三層

 ●○●


 クソがッ!! おかしいだろうが、こんなの!!

 俺たちは、薄暗い通路を走る。そこかしこから、ゲラゲラという小鬼たちの嘲笑が聞こえてくるが、足を止めるわけにもいかない。

 もはやどっちが逃げ道か。既に見失って久しい。どちらに向かえばいいのかなど、追い立てられる獲物である俺たちが、選べるわけもない。

 だが――本来ならば、おかしいのだ!!


「ジーラ! こっちはダメだ! 奥から聞こえる小鬼の足音が多すぎる!!」

「待ってよ! こっちからだって聞こえる! それに、前はそれで選んだ場所で、息を殺した小鬼たちに待ち伏せされたじゃない!!」

「だかららって、数がいるってわかってる方に行くのか!?」


 斥候であるボーテの台詞に、回復術士のハチェッタが食って掛かる。この状況で、ほとんど戦える力がない彼女は、怯え切って疑心暗鬼に陥っている。言っている事は事実ではあるが……。


「ここにいても連中に囲まれるだけだ! とにかく、安全そうな道を探して逃げるしかねえ!!」


 俺の言葉にボーデは即座に頷き、すぐさま進路と定めた通路へと這入っていく。通路の状況、あわよくば安全である事をたしかめるためだ。最悪、罠である可能性も……。


「ああ、クソ……ッ!!」


 ハチェッタじゃないが、嫌な想像ばかりが脳裏をぎる。だいたい、小鬼や豚鬼がここまで戦術的な待ち伏せアンブッシュなんぞをしかけてくる事自体、普通じゃねえんだ。


「ねぇ……、ねぇッ!! やっぱりおかしいわよ、こんなの!! 迷宮の主に目を付けられてんじゃないの!?」


 ヒステリックに言い募るハチェッタに、俺もささくれ立った精神で返す。


「そんなわけがねえだろ! いまこのダンジョンに、何組の冒険者がいると思ってやがる!? ダンジョンの主がそこまで暇なわけがねえ!!」


 俺の荒い口調に、ハチェッタはビクりと肩を震わせて、心細そうに口を噤んだ。

 先行した【愛の妻プシュケ】の二人は、たしかにこの三層で、ダンジョンの主によって追い返されたと聞く。だがそれは、ダンジョン内にいたのが【愛の妻プシュケ】ともう一人の上級冒険者だけで、その上級冒険者も出入り口付近を確保していただけだったそうだ。ダンジョンの主も、【愛の妻プシュケ】の二人にのみ集中できる環境だったからこそ動いたのだろう。

 未発見のダンジョンの主だ。相応に飢えていたはずだしな。

 だがいま、この新ダンジョンに潜っている冒険者の総数は一〇〇にも届かんというもの。下手に、俺たちの為だけにダンジョン内のモンスターの配置を弄れば、別方向からの攻略を容易にさせ、最悪不意打ちを受ける危険だってある。実際、前線のモンスターを指揮する為に移動していたダンジョンの主を、浅い階層で討った例というのは、意外と多い。

 そんな危険を冒して、俺たちの為だけにダンジョンの主が動く? ――あり得ない! それは断言できる。

 俺たちなんてごくごく普通の、うだつのあがらない六級冒険者パーティだぞ!? ダンジョンの主が、直々に手を下すような相手じゃないだろう!?


「――くそッ!」


 だが、ハチェッタの言っている事だってわかる。小鬼や豚鬼、精々が大鬼風情が、こんな組織立った動きなんてしてくるはずがない。ダンジョン外の森での待ち伏せですら、もっと単純で動物的な追い込み漁のようなやり方しかしてこない。

 ゴブリンが追い立て、豚鬼や大鬼でその退路を塞ぐ、程度が関の山だ。だがいま、こいつらは数に飽かせて、完全に俺たちを包囲しようとしていやがる。


「マル! トーラス! そっちは!?」

「数、減らない! このままじゃ押し切られるよ」

「ちきしょう! そもそもこいつら、小鬼にしちゃ戦闘に対して積極性がなさすぎるんだよ!! すぐに逃げてくせいで、数が全然減らねえ!!」


 トーラスの愚痴も道理である。この三階層に入ってからというもの、小鬼たちの行動原理は明らかに普通のものではなくなっていた。ハチェッタが、ダンジョンの主の介入を疑うのも、無理はない程に。

 本来の小鬼といえば、己の欲望を何より優先する生き物だ。その欲望という項目には、物欲、食欲、性欲のいずれをも当て嵌まる。その欲望を満たす為ならば、自己保身すら考慮の埒外になってしまう程に、欲望優先で生きるのが小鬼という生き物だ。

 ダンジョン内では多少は緩和されるものの、それも受肉の度合いで変わってくる。

――だが、このダンジョンの小鬼はどうだ……?


「クソッ!! 逃げんなコラァ!!」


 五体が一組となった小鬼の集団が、トーラスに一当てしたかと思えば、お互いに然したるダメージを与える事なく退いていく。徒労感と同時に、果ての見えない闘争によって、肉体以上に精神の疲労が蓄積されていく。

 三層に入ってからの戦闘は、ずっとこんな肩透かしばかりである。最初は、小鬼の弱さ故かと慢心していたが、次第にこちらの疲労が蓄積していくにつれ、この戦い方に既視感を覚え始めた。野生の狼の狩りと、同じようなやり方なのだ。

 自分たちのダメージを最小限に、こちらを疲弊させ、徹底的に抵抗力を削ぐ戦い方である。最終的に、数の多い小鬼連中の方が有利な戦術だ。


「この層の小鬼や豚鬼は、絶対におかしい!」


 俺が、ようやく接近に成功した小鬼を斬り捨てつつ断言すると、なにをいまさらとばかりにこちらを見るパーティメンバーたち。


「だから、俺たちはぜったいに生き残り、攻略中の他のパーティにこの情報を、絶対に伝えなければならない! こんなところで死ぬわけにはいかんのだ!!」


 俺がそう言うと、ハチェッタ以外の面々が苦笑を浮かべて頷く。ハチェッタも、なんとか泣き顔と不安顔の間で、微妙に笑顔に見えなくもない曖昧な表情を浮かべて、俺の言葉に応じた。


「絶対に生き残るぞ!! 死んでたまるか!」


 そう声をあげて、俺は仲間を鼓舞し続けた。斥候のボーデが、一向に帰ってこない点に、意識を向けないようにして……。


 ●○●


「は? 未帰還パーティ? 三層でか?」

「そうみたいだよ。ジーラってのが率いてた【燃える橋アースブルー】って連中」

「マジか……」


 ジーラの事は覚えている。六級冒険者にしては、そこそこ真面目そうな男だった。パーティも、回復術師と斥候を含む五人。安定性のある面子だ。個人的には、この度の攻略においては、かなり頼りにしていたパーティだった。


「ラダ、連中が罠にかかった可能性は?」

「ないじゃないさ。というより、小鬼や豚鬼ごときにやられたと見るよりかは、そっちの可能性が高いと思うよ」

「じゃあ、そのパーティの探索していた方面の探索を、一旦控えさせよう。最悪、俺らが攻める事になるかも知れん。覚悟しとけよ?」

「アンタ……。この攻略の指揮を任された身なんだから、あんまり無茶すんじゃないよ?」

「俺だって無茶なんぞしたくはねぇよ。だがな、他のパーティの斥候で、その腕に信頼のおける奴がどれだけいる?」

「…………」

「そいつらを失うと、今度は攻略全体の進捗に、大きく差し障る。ここは、俺が行くしかねえのさ」

「はぁ……。わかったよ……」


 仕方ないとばかりに肩をすくめる相棒に、あっしも苦笑する。守りの固い方角には、なにかがあるもんだ。とりわけ、ダンジョンにおいてはな。

 だが、幸か不幸かこの計画は実行される事なく頓挫した。次の日、三層から這う這うの体で戻ってきたパーティからの報告を受けて、あっしらは一旦、この新ダンジョンの攻略について話し合う為、否応なく地上へと戻らざるを得なかった。



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