第16話 杞憂?

「つつがなく、下水道を我々のダンジョンとして取り込みました。これにより、この下水道内での戦闘によって、我々は糧を得られます」


 僕の心配もよそに、普通に取り込めた。うん、やっぱり杞憂だった。フラグなんて、所詮こんなものだ。


「良かった。これで、餓死の心配はなくなったね」

「たしかにそうですが、下水道で賄えるのは維持のDPだけでしょう。いま以上に大きく、広く、深くなる為には、より多くDPを得る手段を講じる必要があります」

「たしかに……」


 この下水道の取り込みすら、結局は姑息療法でしかない。だが、どう考えたって、アルタンの町を拠点にしつつ、これ以上DPを得られる手段はない。

 これまでだって、社会的繋がりの薄い浮浪者やゴロツキ、あるいは有象無象の冒険者を糧にしてきた。だが、この手法はウル・ロッドと和解したいま、無暗に取るわけにはいかなくなっている。

 ウル・ロッドファミリーは、スラムの人間に対しオッドジョブや裏稼業などを斡旋して、彼らの生活を保障している。勿論、売春や地上げ屋じみた、オッドでなくてもダーティな、あまり褒められた仕事でないものもあるが、浮浪者やゴロツキにとってはありがたい生計たつきの道だ。あの一件以来、ウル・ロッドはこれまで以上に手広くしのぎを広げている為、アルタンの町にもう一つの行政区画ができたような有り様である。

 この状況で、スラムから人間が消えていけば、悪目立ちするだろう。それに、自分から飛び込んできた、僕らの領域を侵す敵ならば、殺すのもやむを得ないと思えるが、自分から外にでて誰かを攫い、ダンジョン内で殺すというのは、流石に気分が悪い。

 つまり、もうどうしたって、これ以上アルタンの町のなかで糧を得るというのは、無理筋な話なのだ。僕が近々壁外にでようとしているのも、アルタンの外でなら、なにかしら糧を得られる手段が見付かるのではないか、という期待からである。


「やっぱ、町のなかにいるってのは、ダンジョンにとっては痛手だよねぇ……」

「はい。人間に見付かれば大人数で攻められ、見付からずとも、行動に制限が加わります。もっと深くなれば、有象無象など寄せ付けない規模を背景に、コソコソ隠れる必要などないのですが……」


 そうなんだよ。人間に見付かれば、大人数で攻められ、撃退しても撃退してもキリがない。最終的には、あのフェイヴのような輩が現れて、ダンジョンを攻略され、僕らは殺されてしまう。

 だからといって、このまま潜伏し続けるには、目立ってはいけないという制約が付きまとう。大量の人間が神隠しにあえば、不審に思われないわけがないのだ。そして、人間側にはダンジョンを探知する術がある。コストが大きいようで、頻繁には使われないものの、大人数の消失なんて大事件においてすら使われないと楽観するのは愚かだろう。

 考えれば考える程、これ以上アルタンの人間を糧にするのは悪手に思える。あ、攻めてくるマフィアは殺すけど。


「とはいえ、アルタン内部に生まれたおかげで、人間側の情報を得やすい、というメリットもありました。悪い事ばかりではありませんよ」

「たしかに。でもなぁ、メリットとデメリットでいえば、デメリットがメリットの二、三倍くらいあるよね、それ。食糧調達の手段が乏しいってのは、それだけで他の問題を寄せ付けないくらいのプロブレムだよ」

「それでも、そのメリットは唯一無二といえます。普通のダンジョンコアでは、おそらく人間社会に上手く溶け込めません。今日――ではありませんね。昨日経験してわかりました。私は人間社会に適応できないでしょう」


 淡々と社会不適合者宣言をするグラ。だが、僕もまったく同意見なせいで、慰めの言葉すら思い付かない。まごついている内に、グラは気にするでもなく話を続けた。


「であれば、その唯一無二のメリットを活かし、この局面を切り抜け、我らは我らのやり方で、神に至りましょう」

「そうだね。じゃあ、その手段を模索するべく、僕は明日もギルドでダンジョンに関する情報を集めてくるよ。グラはどうする?」

「私はまだ、その仕事に触れないでしょう。ギルド側の信用を得ていませんから。まぁ、これからも得られるかは未知数ですが……」

「ははは……」


 これもフォローできん。もう少し、要領良く生きられないかなぁ……。売られた喧嘩を全部買ってたら、自分の時間というリソースを他人に全部使われちゃうっての。とはいえ、グラの矜持や信念を曲げてまで、人間に合わせろとはいえない。僕としても言いたくない。

 だからまぁ、彼女のフォローは僕がやればいい。彼女の為なら、僕はどれだけ理不尽でも頭を下げる事にやぶさかではない。


「まぁ、なにか朗報があると祈ってて」

「はい。楽しみにしています」


 僕らはそう言い合い、下水道から【目移りする衣裳部屋カレイドレスルーム】に戻る。ここからベッドルームまで、地味に長い道のりだ……。エレベーターも使えないし……。



 このとき、僕らは気付いていなかった。下水道をダンジョンとして取り込んでしまった事で、とある存在の探知圏に足を踏み入れたのだという事を。その行為が、その者の目的を、頓挫させ得る大事であったという事を。

 僕らはまだ知らない。


 その者の名は、バスガル――ここアルタンの町より北方、シタタンの町の付近に存在する、中規模ダンジョンの主。僕らよりも、大きく、広く、深いダンジョンの、コアである事など、知るよしもなかった……。


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