第17話 冒険者ギルドでのお仕事

 〈5〉


 翌日、僕は二日連続で冒険者ギルドを訪れていた。これまでは、週に一、二回程度しか訪問しなかったし、連続で訪れるという事もなかったのだが、昨日と違って今日はお仕事なのだ。

 連日来なかった理由としては、単純に勉強が忙しかったというのもあるし、翌日は資料整理で得た情報をダンジョン用にまとめ直す日だったりするからだ。

 ただ、今日は話が別だ。というか、昨日はグラの登録をしただけだったので、ギルドに来ない理由がない。

 このお仕事は、喉から手が出る程欲しいダンジョンの情報が、向こうのお願いで閲覧できるようになる。どんな罠で実力者の冒険者が死んだとか、どんなモンスターが厄介なのかとか、冒険のセオリーとか、ダンジョン攻略の順序とか、垂涎ものの情報が山のように、というか実際山になって積まれている。

 そんな山を見上げ、にへらにへらと笑いながら、僕はギルドの職員に変な顔をされつつ、ダンジョンに関する資料をまとめていく。玉石混淆であり、口語形式で記された情報が雑に積まれているだけだが、これを見やすい形に編集し、分類ごとに編纂するのは実に楽しい。


「へぇ……。これは……。ニスティス大迷宮か……。興味深い」


 別のダンジョンの情報から、派生する形で調べる事になったニスティス大迷宮に、僕はついつい独り言ちる。

 ニスティス大迷宮。ニスティスという大都市に、突如生まれたダンジョンは、多くの命を吞み込み、瞬く間に世界屈指の大迷宮にまで成長した。

 僕らと似たような境遇だ。違いがあるとすれば、それは人間のコミュニティに対して、真っ向から対抗するか、潜伏するかだ。

 ニスティス大迷宮のダンジョンコアは、真正面から人間に対抗し、襲い来る連中を次から次へと撃退し続け、急速に大規模ダンジョンへと成長したのだろう。壮絶な成長過程といっていい。

 同じ境遇の僕だからこそ、このダンジョンコアの苦労は察して余りある。

 まぁ、だからといってニスティス大迷宮と同じ轍を踏むつもりはない。ニスティスのやり方は、一〇〇回やって一回成功するかどうかといったやり方にしか思えない。いくら急速に深くなれる可能性があるからといって、そんな確立に命をベットするなど、狂気の沙汰だ。


「ショーンさん、お昼ですよ」

「え? もうそんな時間ですか」


 扉から顔を出したのは、セイブンさんだ。お昼という事は、この資料室に入ってから、もう二、三時間くらい経っているらしい。時間が流れるのが早いなぁ。


「お昼はどうするんです? よろしければ奢りますよ?」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」


 言われてからようやく、僕のお腹が空腹を訴えてきた。こうしてきちんとお腹がすくようになって、あらためてダンジョンコアという体は便利だったんだなぁと実感する。

 三大欲求を無視できたから、僕はここまで生き残れたといっても過言ではない。

 セイブンさんに連れられ、ギルド近くの食堂に入ると、昼時をやや過ぎていたらしく、結構空いている。午後一時半くらいかな? 時計ないからわかんないけど。

 ちなみに、一般人は時間を鐘の音で知るらしい。ある程度正確に時間が計れる時計もあるらしいけど、ちょっと裕福な平民程度が持つようなものでもないようだ。


「どうです? お仕事には慣れましたか?」

「ぼちぼちですね。足りない予備知識が多すぎて、てんてこ舞いしているところです。でもまぁ、知らない事を調べるのは好きなので、楽しいですよ」

「それは重畳」


 席に着いた僕らの元に、ウェイトレスの女性が歩み寄ってきた。セイブンさんが数枚の銅貨を渡し、手短に「ランチ二つ」と注文し、ウェイトレスもにこやかに頷いて去っていく。


「そういえば、ショーンさんが取り寄せを希望していた本が、そろそろ届くそうです。別に、ギルドの経費として落としても良かったのですが……」

「ギルドに同じ本があるじゃないですか。僕の個人的な研究に使う本を、ギルドのお金で買ってもらうわけにはいきませんよ」


 というか、あまりギルドに借りを作りたくない。


「律儀ですね。とはいえ、【鉄幻爪】シリーズの売り上げを思えば、ショーンさんにとって、痛手というわけでもないのでしょうが」

「いえいえ、十二分にお財布に痛い出費でしたよ……。本って、お高いんですねぇ。欲しい本はもっとあったんですが、お金が足りずに見送ったものがいくつもありますよ」


 ホントに、めちゃくちゃ高かった……。なんで本一冊が、僕んちの一ヶ月の収入を上回ったりするんだよ。日本円換算でいくらだよ。

 購入を諦めた分の本はギルドで写し、内容をギルド職員に確認してもらったうえで、持ち帰らせてもらっている。ちょっと職権を濫用している気もするが、僕がダンジョンの知識を蓄えるのは、ギルドにとっても有益なので、写本は見逃されている。

 冒険者たちが集めた情報を写すのは、認められていない。まぁ、当然か。


「そうだったんですか? 一度、欲しい本のリストをギルドに提出してみてはいかがです? 取り寄せる手間と時間が減りますよ?」

「そうですか? なら、そうしてみます」


 とは言ったが、本当に欲しい本を、ギルドに伝えるつもりはない。

 僕は単純に、僕らにとって有益な情報を集め、利用しているに過ぎない。だからこそ、この件であまりギルドに恩を売られたくないのだ。下手に着目されて、僕らの集める資料から、その目的を推察されたくない。

 心配のし過ぎかとも思うが、こういうのは後悔先に立たずなのだ。バレてから、やめておけば良かったなどと悔やんでも、取返しはつかない。

 だからまぁ、取り寄せ希望の本は、ダンジョンに関して万遍なく記しているものや、現在のスタンダードだと思われる資料に限定しておこう。それはそれで欲しいものだし。


 さて、じゃあお昼お昼。依代に宿って良かったと実感するのは、やっぱり食べ物を食べるときだよなぁ。



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