第59話 姉弟の在り方
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パティパティアトンネル開通後、しばらく僕らは地下へと籠って作業を行っていた。日中に、気晴らしがてら竜を駆って、彼らの餌集めを行ったりもしていたが。
最近は、なんだかんだで地上の事ばかりにかまけていた事もあり、グラに愛想を尽かされる前に、ダンジョンコアの弟としてきちんと仕事をしているというところも、見せておきたい。
まぁ、四層の広さは既にかなりの規模に及んでおり、さらにそこにダンジョンとしての――生命力の理に近い幻術と、魔力の理における幻術を組み合わせた、フィールドダンジョン化の術式開発にも、しっかりと取り組んでいた。それはグラも知っているので、流石に呆れられるという事はないと信じたいが……。
「四層の構想はこんな形なんだけど、どうだろう?」
「ふむ。そうですね……」
僕が構想している、フィールドダンジョンの予定案を【
グラと二心同体状態でいると、気持ち的にはかなり安心するらしい。
「少し、ワガママを言ってもいいですか?」
「ワガママ?」
おや? これは珍しい。グラから、そのような申し出を受けるとは思っていなかった僕は、一瞬呆気にとられた。だがすぐに気を取り直すと、一も二もなく了承する。
「うん。勿論いいよ! なになに? グラの要望なら、なんだって叶えてみせるよ!」
僕はついつい、歓喜を隠しきれずにそう捲し立てた。いやはや、我が姉はなんだかんだで、その思考も嗜好もダンジョンの事ばかりで、己の要望というものを口にしない。そんな彼女が、珍しく要望をしてくるという事で、ついつい張り切ってしまうのは、弟として仕方がないだろう。
「いえ、たいした事ではないのですが、拡張予定を少し海に近付け、海底観察をできるような形に、ダンジョンの一部を変えませんか? ルディにも、ゴルディスケイル島に近付かなければいいと、了解は得ていますから」
「うん? まぁ、それは構わないけど……。いや、でも、フィールドダンジョンとの境をどうするか……」
意外な提案に、僕は少し首を傾げたが、まぁやってできない事はない。フィールドダンジョンとの境目も、洞窟の奥に作るとか、いろいろとやりようはあるはずだ。ゴルディスケイルの海中ダンジョンという前例もあるし、見学した経験から、あそこを再現するのも難しくはない。
「それにしても……、そんなにルディのダンジョンが気に入ったの?」
「いえ……。あのダンジョンは、たしかに人間たちから攻略を諦められているという点ではは、ある程度の成果をあげているとはいえます。ですが、一度に受け入れられる冒険者の数が限られ、DP吸収効率を考えると、あまりいいものとは思えません。あれでは、中規模ダンジョン以上の深さに成長するのは、至難でしょう」
「まぁ、そうだよね」
ゴルディスケイルの海中ダンジョンは、その美しさに反して、攻略難易度の高いダンジョンである。その一番の理由は、ルートが限られる為、人海戦術での攻略が著しく難しい点にある。だがそれは、裏を返せば大人数の冒険者を受け入れるだけのスペースがないという意味でもある。
DPという、ダンジョンが生きていくうえで必須のエネルギーを吸収できる効率を、防衛の為とはいえ自ら低下させてしまっている点は、あのダンジョンの欠点といわざるを得ない。まぁ、だからこそ人的被害も小さく、定期的にモンスターの駆除さえ行っていれば、人類側にある程度御しやすいダンジョンと見られている。そういう点では、ある意味長所でもあるのかも知れないが……。
マジックパールの存在が、そういう閉塞的な状況に、一石を投じるきっかけになるかも知れない。いやまぁ、別にルディのダンジョンが、大規模ダンジョンに発展するのを望んでいるわけではない。もしそうなれば、いずれ僕らとルディは、惑星のコアを目指すというダンジョンコアの存在意義にかけて、侵略し合う間柄にならざるを得ない。
「でもだったら、どうしてあのダンジョンを真似た部分を用意しようと?」
「別に、ルディのダンジョンを真似る必要はありません。海底の様子を観察し、そこに生ける海中生命を観測する事が可能であれば、別の形でも構わないのです。なんとなれば、あのダンジョンは深くなればなる程暗くなっていましたが、それでは海中の様子が観察しにくいでしょう? できればその点は、明るく改善したいですね」
海底の様子に、海中生命? それが、グラにとってなにかメリットになるのか? それに、ゴルディスケイルの暗さは、モンスターの奇襲の成功率をあげたり、罠の発見を困難にするという意味では、それなりにメリットがあった。その利点を、無意味に捨てる意図も、ちょっと良くわからない。
なので、一人であれこれ悩む必要はないと、あっさりと聞いてしまう事にした。
「グラは、なんでそういうダンジョンを作りたいの?」
「あなたが欲しそうだからです」
事もなげに告げられたそのセリフに、鳩が豆鉄砲を食らったような思いで言葉に詰まる。
ああ、なるほど。つまり、一連の要望は、グラの欲しいものではなく、僕の欲しそうなものだったのか。そう言われると、たしかにそうなのだが……。
「いや、なんで僕の欲しいものを、ここで取り入れるの……? ダンジョン的には、まったく必要ないって事だよね?」
「ダンジョンとしては必要ないかも知れませんが、あなたの精神衛生を保つ為には、必要だと考えました」
「いや、DPの無駄じゃない?」
「無駄ではありませんね。断じて、無駄ではありません」
頑として譲らないという態度のグラに、正直面くらう。僕の要望を満たすという行為に、どこまでの意義を感じているのだろうか?
「いや、でもなぁ……。わざわざ僕の為に、少なくないDPを割いて、さらには維持にもDPを消費して、そんな場所を設けるってのはなぁ……」
これが、侵入者を呼び込む策とか、あるいは逆に倒す策とかの一環なら、反対する理由はない。また、魔力の理の研究とか、もっと別の研究の役に立つという理由ならば、僕もすんなり首を縦に振っただろう。
だが、僕の享楽の為だけにそのようなものを用意するというのは、流石になぁ……。
「あなたは自分の趣味嗜好を、蔑ろにしがちです。張りつめすぎて、いつかその心が疲弊してしまうのではないかと、気が気でないのです。だから、あなたのリラクゼーション設備をかねた、海洋研究施設を設置する事を提案します」
「リラクゼーションって……」
いやまぁ、たしかに面白そうではあるんだけれど……。特に、この世界特有の海洋生物とか、非常に気になるところではある。
だけど、やはり僕だけの為に、そんな浪費を看過するというのは憚られる。僕らの状況は、DPを無駄遣いできる程安定もしていなければ、安全が保証されているわけでもない。
やはりダンジョン的には、その海洋研究施設とやらに使うDPを、別の用途に使った方がメリットがあるはずだ。そう思い、僕はグラからの要望を却下しようとした。
「グラ、やっぱりいまの状況で、そんな無駄遣いは……」
「では、あなたが好きなものを、私も見て、研究してみたい、という理由ではいけませんか?」
むぅ……。そう言われてしまうと……。
「あなたの好きな事を、私に教えてください。そして、いまの生活をもっと楽しんでください。その為にもまずは、あなたの好きな事、好きなものを、一つ用意しておきたいのです」
その後も説得をされて、仕方なく僕は海洋研究施設の設置を了承した。正直、ちょっとワクワクしている自分もいるのは、嘘ではない。
そういえば、大学に行く行かないで、二番目の姉と似たような事を言い合った覚えがあるなと、あとから気が付いた。
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