第58話 トンネル開通と疑似ダンジョンコアの扱い

 ●○●


 掘り進めていた土の壁が崩れ、その奥から夜の世界が顔を覗かせる。星々のきらめきと梟のような鳥の鳴き声が聞こえ、夜の森らしい静かな、それでいて妖しい世界が、僕らの世界とつながった。


「おっと。これで開通か」

「そのようですね。一応、見付からぬように土と草木で出入り口を塞ぎ、偽装しておきましょうか」

「そだね」


 方角的には、計測器でも使って慎重に掘り進めたような精度でブレはないはずなので、タチさんたちが間違っていなければ、この開通場所の近くに人里などはないはずだ。彼らがこの場所を指定したのは当然、スティヴァーレ側の発見を遅らせる為だ。

 なので念の為、グラに頼んで土や伐採した木々で入り口を隠蔽する。まぁこんなの、本職の猟師や冒険者が見付けたら、逆に違和感を覚える程度の偽装工作でしかないが、まぁそれでも、ぽっかりと出入り口を開けているよりかはマシだろう。

 帝国の人間からすれば、涙を流して喜ぶような場面だったかも知れないが、呆気なく開通したパティパティアトンネルに、僕らはなんの感慨も抱かず、ただ淡々とその後の作業も進めていった。このトンネルを待ち望んでいるのは僕らじゃないし、ダンジョンの能力がある僕らにとっては、然したる労苦でもなかった。達成感といわれても、反応に困るのだ。


「そうだ。このダンジョンを任せる疑似ダンジョンコアについては、どうなってる?」

「基本的な術式は既に構築してあります。あとは作るだけですが、疑似ダンジョンコアにある程度の自由意思を持たせるという事で、最初は慎重に進めようかと思っています」

「うん。わかった。この開通をタチさんたちに伝えたら、しばらくは帝国に用はないし、そっちに専念して、万全の体勢を整えてから作ってみよう」

「はい」


 なので基本的には、雑談をしながらの作業である。しかしながら、雑談といえども無駄話をしているわけではない。とりわけ、このトンネルが開通してしまったいま、ここに常駐させる予定の疑似ダンジョンコアに関しては、優先事項であるともいえる。


「それにしても、随分と歪な生物を指定されたので、少しだけ当惑しました。正直、意味がわからないというのが本音です」

「いやいや、その意味のわからなさが重要なのさ。とりわけ、人間なんてものは意味のわからないものを畏れ、忌み、敬い、崇める生き物なんだから」


 まぁもしも、疑似ダンジョンコアが僕らの元から逃げ出し、人間社会に溶け込もうとしたら、敬い、崇められるような存在になられては困るわけだが……。その点も、あのビジュアルと機能なら、大丈夫だと思う。


「……いや、大丈夫かなぁ……」


 ぶっちゃけ、僕だってそんなに自信はない。受肉したモンスターですら、制御下から離れれば、ダンジョンコアに攻撃を仕掛ける事もあるのだ。


「大丈夫ですよ。受肉したモンスターが、必ずしも主であるダンジョンコアに対して、牙を剥くわけではありません。ギギやレヴンの例もあります」

「たしかに。あの二人は、かなりダンジョンコアに忠実だった」


 その他のズメウたちは、ちょっと良くわからなかったが、あの二人が、ダンジョンのモンスターが必ずしも、ダンジョンコアに対して叛逆を起こすわけではないという証ではある。


「ただそれもなぁ、知能の高いモンスターは、親であるダンジョンコアに対して、その二人のように高い忠誠を示すか、逆に反抗するかの二パターンだって言うじゃん? そうなると、疑似ダンジョンコアともなれば……」

「まぁ、それは私も不安ですが……」


 最後はグラも自信なさげに呟いた。

 実際、グラ自身も新たな疑似ダンジョンコアを、手元から離して運用するのが不安なのだ。以前のミルメコレオは、知能も戦闘技能もそこそこに抑え、叛逆できるだけの機能を持たせなかった。それでも、人間たちの手にそれが渡るのを防ぐ為に、手ずから破壊したのだ。

 それを、自由意思を持たせたうえで放し飼いにするというのは、やはり不安なのだ。それこそが、第二の死霊術にはならないかと……。

 ぶっちゃけ、もしもグラに危害が加わるようなら、帝国なんてどうでもいい。こんなトンネルなんてとっとと破棄してもいいし、なんなら毎日僕らが通うという態にしても良いかも知れない。

 いや、やっぱりダメだ。狡兎三窟ともいう。安全策であるこのトンネルは、いざというときの滑り止めとしておいておきたい布石だ。第二王国の外に拠点があるのとないのとでは、逃亡の難易度が格段に変わってくる。あとはまぁ、皮算用ながら、頻繁に帝国への物資輸送がここで行われるなら、得られるDP的にもかなり美味しいはずだ。

 また、毎日僕らが通うというのも、手間である以上に問題だ。それではある意味、僕らは帝国に拘束されているも同然であり、非効率が過ぎる。

 いっその事、フェイヴも知っている依代の事を明かして、僕が定期的に憑依して、トンネルを維持している事にするか……? いや、やはりそれもダメだ。フェイヴとフォーンさんは、有名人ではあるが一応所属はフリーだ。僕らの秘密を明かさないという口約束もしてくれているし、あっちも一級冒険者である以上、軽々にその事を他者に明かして、己の信用を棄損する事はすまい。

 だが、相手がタチさんともなれば、その情報は帝国という国にとって、有益な使い方をする道具にしかならない。相手の立場を考えれば当然だが、それならいっそ帝国から完全に手を引いた方がいい。そこまで帝国に入れ込む必要は、僕らにはないのだから。


「ショーン、あまり一人で悩み過ぎてはいけません」

「おっと。そうだった」


 グラがいるのに、一人で考え込み過ぎるのはいけない。特に、最近はグラも、人間社会に対する理解が進んできているのだから、僕だけが考えるような事ではない。

 なにより、僕はどちらかといえば内向的でネガティブな人間なので、一人で鬱々と考えていると、碌な結果を導き出さない。


「僕が懸念しているのは……――」


 それからもグラと話し合いつつ、新たに生み出す予定の疑似ダンジョンコアについて詰めていったのだが、やはりネックは造反防止策というところで、あーでもないこーでもないと言い合った。

 それは、このトンネルダンジョンに侵入者が現れるまで続いたのだが、侵入者は顔なじみのタチさんの部下だった。淡々とトンネル開通を告げられた彼の、呆気にとられた表情を背に、僕らは早々に【門】でアルタンに戻るのだった。

 まだまだ、疑似ダンジョンコアについての試行錯誤が残っているので、正直帝国人の感慨に付き合っているような暇はないのだ。



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