第60話 帝国、動く

 ●○●


「なにッ!? もうできたというのか!?」


 私の報告に、会議中だったタルボ侯は立ち上がり、大声で問い返してしまった。当然ながら、室内のすべての貴族たちがタルボ侯を注視する。


「は。手の者にも確認させたので、間違いありません。ただし、そこが本当に目的の場所なのかは、きちんと周辺を調べねばわかりません。ですが、あの姉弟が意味もなくそのような嘘を吐くとは……」


 詳細は、余人の耳もある為に口にできないが、タルボ侯であればここまで言えば十全に伝わるだろう。おそらくは、スティヴァーレへの道が拓けたという事は。

 案の定、理解の瞳で見返してくる。


「考えづらいか」

「は」


 私の返答を聞いたタルボ侯は、ガタりと椅子を鳴らして立ちあがると、室内に集っている貴族らを無視するように歩き出した。


「侯爵閣下、どこへ行かれるのです!? まだ我々の話は終わっておりませぬ」

「大事が出来した。本日の会議はこれまでとする」

「なッ!? いくらなんでもそれは! その大事とは、いったいなんなのです!? 閣下!? 閣下ぁ!!」


 相変わらずピーチクパーチクと騒がしいポールプル公子を一顧だにせず、タルボ侯は会議室をあとにする。私もまた、その背を追う。そして、なおもタルボ侯に話しかけようとしたポールプル公子もついてこようとしたが、タルボ侯配下の騎士に止められて、部屋の外にまで追いかける事は叶わなかった。

 カツカツと靴音を響かせて廊下を歩くタルボ侯は、その間も私に質問を投げかけてくる。


「随分と早いが、当初姉弟より伝えられていた期日と、ほぼ相違ないな」

「は。約一月と、宣言通りの期間です。帝国に滞在できなくなり、毎回のように第二王国から転移術を用いて作業をしていた点などを考慮すれば、遅れて然るべきと考えておりましたが……」

「うむ。だが、予定通りだったと。もしかすれば、本来ならばもっと早く穿てたのやも知れん。……帝国や我々にとっては望外の幸運であり、こんな事を言うのは筋違いではあるのだがな」


 そう言って苦笑したタルボ侯は、すぐさまその表情を引き締める。


「姉弟のいうダンジョンの再現という話も、あながち大風呂敷ではないのやも知れぬな」

「はい……」


 人工的にダンジョンを再現するというのは、口で言う程易しい事ではない。もし本当にそれができるのであれば、それはすなわちダンジョンというものを、根本から理解したという事に他ならない。在野の、それも若年の研究者が、それを「できる」と言ったところで、どうしてそれを信じられよう。

 だが、この工期の短さに加えて、さらに余力を隠していそうな姉弟の様子を鑑みれば、もしかすれば本当に……という思いも抱いてしまう。

 だとすれば、あの姉弟の価値というものは、これまでの『帝国に敵対しなければ御の字』というものから、『なんとしてもこちら側に引き込みたい人材』に格上げされる。

 そうでなかったところで、あの姉弟が帝国の側につけられるならば、多少の出費など痛くはないと、個人的には思っているが……。タルボ侯も同じ考えではあるのだが、ではなにを以って姉弟を勧誘するのかという点で、私と同じく頭を悩ませているようだ。

 そうこうしている間に、我々は目的の部屋へと辿り着く。


「閣下」


 部屋の前で警備にあたっていた騎士二人が姿勢を正し、声をかけてくる。この部屋の重要性を思えば、常に騎士二人が警備にあたっているのも、ある意味当然といえるだろう。


「緊急である。帝都に知らせねばならぬ事態が出来した」

「は。しかし、これも侯爵領の規則でありまして」

「うむ。わかっておる『日の出とともに勤め』」

「『日の入りとともに休め』」

「『無理は寿命を縮め、遊興は人生を潤す』」

「『然れども、享楽は身を滅ぼし、恪勤なくば上は望めぬ』。はい、通ってよろしいです」

「うむ」


 合言葉を交わしてから、騎士が頭を下げて入室を許可する。たとえタルボ侯爵本人であろうと、合言葉が答えられねば入室は許可されないという規則は、先代より改めるべからずと厳命されている程の代物だ。

 本来ならば、この合言葉すらも、それと気取られぬよう会話形式で行うのが通常なのだが、いまはそれに伴う余計な時間の浪費すらも惜しいのだろう。明朝までに、また新しい、騎士と領主が交わしてもおかしくない、しかし本当にただの日常会話で口にしてしまわぬようなものを、考案しなければならない。

……これが結構大変なのだ……。


「しかし、最近はこの部屋の使用頻度が上がったせいで、費用が嵩むな……」

「致し方ありません。それだけ、帝都に報告せねばならぬ事態が頻発しているのですから」

「そうだな」


 そう言ってタルボ侯は、室内にある机へと座ると、その机の真ん中に大きな魔石を設置する。この机は、遠方と交信できるマジックアイテムである。

 勿論、タルボ侯爵領から直接帝都まで通信が届くわけではなく、いくつかの中継地を経由せねばならない。またそれらの位置を変えると、交信が不可能になってしまうという代物だ。

 さらには、要する魔石の質も高く、最低でも四級のものが要求されるうえ、通信を維持する為にもかなりの魔石が必要になる。そのせいで、ただでさえ余計な軍を抱えて出費に頭を悩ませているというのに、魔石の消費量までもが領の財布を圧迫しているのが現状だ。タルボ侯の愚痴も、むべなるかなである。

 だがそれでも、遠方にある帝都と、即座に意思疎通が可能であるという点で、あらゆるデメリットが軽微に思えてしまう。


「ウーディ・フォン・タルボである。帝都につなげ」

「は。ただちに!」


 通信装置の向こうで、中継地に詰めていた騎士が返答し、即座に次の中継地に連絡を取り始める。幾度かこれを繰り返すのだが、中継するたびにノイズが増え、帝都との交信の際には、かなり耳障りで聞き取りづらくなる。これさえなんとかなればとも思わなくもないが、仕方がない事でもある。

 いまかいまかと、机の上で虹色の粒子に霧散していく魔石を眺めつつ、騎士たちの中継の文句を聞いていく。やがて、ようやく帝城の近衛騎士につながった。


「は――。こち――い城」

「ウーディ・フォン・タルボである。余計な挨拶は不要である。皇帝陛下と宰相閣下へ、伝言を頼む。『王道拓かれり』。繰り返す。『王道拓かれり』。繰り返してくれ」

「は――。――かれり』『王ど――れり』『――う拓か――り』」


 やはりノイズが酷いが、まず大丈夫だろう。元々、向こうにもこの合言葉は伝わっているはずだしな。このあと、一応詳細を認めた手紙も用意して、護衛付きの早馬も走らせるので、情報の錯誤は起こらないはずだ。この通信はあくまで、不確定だが即座に情報交換が可能であるという点に重きをおいている。

 これで、帝室にもパティパティアトンネルの開通は伝わるはずだ。そうなれば必然、宣戦の布告という運びになる。ここからはもう、後戻りも足踏みもできぬ。帝国は、海に向けて突き進む他はなくなるのだ。

 そこでふと――まるで、帝国そのものが、あの姉弟の手の平の上で、踊らされているような、錯覚に捉われる。しかし私は、そんな誇大妄想じみた不安を、かぶりを振って追い出した。


「よろしい。交信、終わり」


 そう言ってマジックアイテムから手を離すタルボ侯は、手元で小さくなった魔石を、少々物悲しい表情で見下ろしていた。このわずかな時間で、下級竜種の魔石に加えて、三〇を超える雑多な魔石が消耗されたと思うと、やはり消沈してしまう思いがあるのだろう。



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