第62話 悪評の消し方

 無事、僕らハリュー家とカベラ商業ギルドは和解した。となれば、ここから先は本来のパワーバランスでの交渉という事になる。つまりは、財力がものを言う、札束での殴り合いだ。この世界でいうなら金貨での殴り合いか。……危なっ。


「さて、実を言うと謝罪の品として、前アルタン支部の幹部たちの身柄も用意していたのですが、偽銀だけで和解が成立してしまいましたね……。もしよろしければ、ついでに引き取られますか? 正直なところを申しあげるなら、我々もアレらの扱いにはほとほと困っている次第でして……」


 眉をハの字にしながら苦笑するジスカルさん。いや、いらんし、そんなおまけ。


「ええっと……。我々としても、わざわざそんな連中を欲しいとは思いません。身柄を引き渡されましても……」


 地下で実験動物として利用しつつ、最終的にはDPになってもらうくらいしか、使い道はない。だが、正直……気は進まない。彼らはたしかに、僕らに不利益をもたらしたし、ジスカルさんにはああ言ったが、あえて糖衣を脱いだ心情を吐露するならば悪感情を抱いていないワケじゃない。

 だが、それは多少迷惑をかけられた程度の悪感情に過ぎない。こちらの命を狙ってきたわけでも、僕らを破滅させようと画策したわけでもない。道端で肩がぶつかった程度の相手にムカついたからといって、そいつを殺したいとまで思う程、僕はイカれていない。あるいは、そこまで怪物にはなり切れていない、と評すべきか。

 侵入者や、こちらに攻撃を仕掛けてきている、完全なる敵に対してなら、もはや良心の呵責などほとんど覚えないというのに。まったくもって未練がましいうえに度し難い。


「そうですか……。このままでは、当ギルドで見せしめにするくらいしか、使い道がないのですよね。商人としては、できるだけ有効な活用法を模索したいところなのですが……」


 その発言は、僕よりも人でなしだ……。僕がドン引きしているのを察してか、ジスカルさんはさっさと話題を変えるように、にこやかに話しかけてきた。


「和解も済んだ事ですし、ここからは我々は対等な間柄ですね。そこでご相談なのですが……――」


 なにが対等だ……。公正なルールでリングにあがったところで、僕らと彼らとでは大人と子供も同然だ。金貨の投げつけ合いで、僕らに勝ち目などない。つまり、この交渉では、どういう形であれ、カベラ商業ギルドの思惑通りに動くだろう。

 別に、それはそれで構わない。こちらの思惑は、その過程でどれだけ多くの利益を引っ張って来られるかと、こちらの真意を相手に透かせないという点だけだ。


「――なので、我々としましては、この町の多くの方々から認められる形で返り咲きたいと、そう思っているわけです」

「ふぅむ。しかし、それは難しいのでは? 商人は損得勘定でものを考え、感情的なしこりがあったとしても、それを呑み込んでカベラさんと手を取り合うのは可能でしょう。ですが、多くの住人たちにとっては、その感情こそが最優先です。なにより、商人の多くはカベラさんとの繋がりは大きな益となるでしょうが、一般的な住人にとっては必ずしもなくて困るというわけではない」


 その実、アルタンの町にとってカベラ商業ギルドがあるのとないのとでは、町全体の物資と資金の量が違ってくる。行政側としては、できるだけ町内に大企業があった方が嬉しいだろう。

 だが住人たちに、そんなマクロな視点はない。他の商人から物が手に入れられないわけでもなし、大店だからと先の不義理を見過ごす理由はないだろう。


「そうですね……。やはり、問題は住人たちの心情ですか……。しかしそうなると、商人の理ではどうにもなりませんね」

「ええ、少なくとも短時間では。僕としても協力して差しあげたいのは山々なのですが、僕自身がそこまで住人たちに良く思われていませんので……」

「それは……」


 困ったように言葉に詰まるジスカルさん。おそらく、僕の評判を既に知っているのだろう。だからこそ、適当なフォローもできずに、気遣わし気にこちらを窺うだけにとどめている。

 その反応は、僕に対する評判がどれだけのものなのか如実にわかるもので、気遣われたというのに余計に傷付いた。


「評判を回復するのでしたら、なにか目に見える形で、住人たちに貢献するしかないのでは?」


 居たたまれない空気を変えるべく、僕はジスカルさんに提案する。


「貢献ですか……。例えばどのような?」

「そうですね……。ふぅむ……」


 考え込むフリをしつつ、僕はジーガに目配せをした。待ってましたといわんばかりに、ジーガは僕に一枚の羊皮紙を手渡してから耳元で囁く。内容は、事前に話し合っていた話の流れの再確認でしかないが。


「……わかった。ジスカルさん、実は我々がいま行っている家禽の畜産においては、労働力は需要過多な奴隷でまかなおうと思っております。ですが、当然ながら問題が解消されれば、余っている奴隷などはいなくなります。なので、寡婦や孤児の生活を支えるという名目で、継続的な雇用を確保したいと思っているのです」

「ふむ。たしかに、ある程度の専門技能を要する職において、奴隷という雇用形態はあまり好ましい形ではありませんね。……正直なところ、子供や女性の方が安上がりで使い勝手がいいともいえる……」


 終盤は独り言のように、ボソボソと呟いていたジスカルさん。その内「神の見えざる手が~」なんて言い出しそうだな、この人。そのときは、ちょっと距離をおきたい。

 彼の危険な思想をぶった切るように、僕はやや強引に話を続けた。


「ですが、その寡婦や孤児たちから、僕は嫌われています。まぁ、仕方がないとは思っていますがね……」


 彼らはあの崩落で、家族を失った人たちだ。多くの人は、それを逆恨みだと言うだろうが、僕は実際、あの崩落で死んだ人たちの生命力をして、バスガルと戦ったという落ち度がある。

 そう、消費ではなく浪費だ。有効活用でなかったとはいわないが、僕の代わりにグラが吸収していたら、彼らの命は無為に消える事はなかった。なのに、僕が依代だったせいで、その命の大部分を無駄にしてしまった。これは紛れもなく浪費だろう。

 だから僕は、彼らが僕を恨むのをある程度受け入れている。勿論、譲れない一線はあるが。例えお門違いであろうとも、彼らの認知していない部分で、僕は彼らに恨まれるにたる理由が十分に――十二分にあると自負しているから。


「ふむ。なるほど、その支援の名目を我々が掲げれば、ある程度忌避感も軽減される、と? ですがよろしいのですか? まるで、ショーン様方の功績を横取りしているような格好になるのですが……」

「僕らが主体になったら、住人たちが集まらないのだから仕方がありません。人材難が起こりかねない状況の打開策は、いまの僕らにとっては必要不可欠ですからね。転ばぬ先の杖とも言いますが」

「ふふふ……。転ばぬ先の杖、ですか。面白い言い回しですね」


 おっと、ついつい諺を直訳して伝えてしまった。ジスカルさんは違和感を抱かれてはいないようだが、別に晒さなくていい手札は表にする必要はないだろう。気を付けねば。


「しかしなるほど。そうですね。先にも申しあげました通り、我々はその事業に対する協力は惜しみませんとも。寡婦や孤児を雇う形で、町の治安維持と経済の発展に助力できるのであれば、喜んでご協力をお約束いたしましょう」

「ありがとうございます」


 よし。これで、僕らでは活用できず、様々な意味で不安要素だった人的資源を、こちらのプラスパワーにする形で使える。おまけに、管理は全部カベラ商業ギルドに任せてしまえる。


「ですが、やはりそれだけでは弱いですよね……」

「それはたしかに。しかし、こういうものは積み重ねですからね……」


 時間的にも量的にも、何度も何度も住民たちに見える形で協力していかなければ、いつまで経っても、カベラの悪評は消えないだろう。僕の悪評が消えないのと、同じように。



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