第61話 白金族元素と和解

「そうですね。僕としては大歓迎なのですが、残念ながら僕らの一存だけではなんとも……。他の、ご協力いただいている商人さんたちのご意見をお聞きしない内は、ここでハッキリとした事は申せません」

「そうですか。ですが、ショーン様は我々の参入を歓迎していただけるのですね。ありがとうございます」


 言質を取るように微笑みを浮かべたジスカルさんに、僕もまた笑いかける。残念ながら、それはジーガの用意した誘蛾灯だ。


「ええ、勿論。僕としては、ジスカル様が仲間に加わってくれるのなら、とても嬉しいです。ですが、それは僕ら姉弟がよそ者だからという理由も大きいでしょうね。どうなんでしょう……。この町に長く住んでいる商人さんたちの耳に、カベラ商業ギルドの名前は、いま現在どの程度の刺激になるのでしょうか?」

「……これはまた、手厳しい」


 あまりにも直接的な僕の皮肉に、ジスカルさんは一瞬面くらったように言葉に詰まってから、苦笑いをしてから頭を掻く。商人同士なら、もっと遠回しな当て擦りにとどめるのだろう。


「僕ら姉弟としては、他の商人さんたちが納得するのであれば、本当にカベラさんに思うところはありませんよ? そりゃあ、利子も付く前から借金を取り立てにきた、以前の無作法に思うところがないではありませんが、実害らしい実害はありませんでしたからね。それにグチグチと、しみったれた文句を言うつもりもありません」

「その節は本当に申し訳ありませんでした。あの阿呆どもは、こちらで捕えております。そうですね。雑談も良い頃合いでしょう。本題に入ってもよろしいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ?」


 とっくに本題に移っていたと思うが、ここからは正式に、利害が発生する『交渉』という形で仕切り直すのだろう。こうする事で、それまでの言質を一等軽いものにするという交渉術なのかも知れない。

 これによって、さっき広げた大風呂敷を『雑談の席の景気のいい話題』程度のものにしたのだろう。流石の手腕だ。


「まずは、謝罪から。以前当ギルドがハリュー家に行った、不始末に対しまして、ここに陳謝いたします」


 そう言ってジスカルさんが頭を下げると、隣のライラさんも同じくこうべを垂れた。


「謝罪の印といたしまして、当方はこちらを用意しております」


 そう言って、ジスカルさんは懐から銀色に輝くインゴットを取り出した。ゴトリと重々しい音を響かせて、テーブルにその金属の塊が置かれる。

……なるほど、そうきたか……。


「どうやらハリュー姉弟様は、この偽銀を手広く集められているご様子。我々の総力をあげて、現在この偽銀を集めさせております。どうでしょう? この偽銀を二〇〇、いえ……、三〇〇キロ程ご用意いたします。謝罪の印として、これでは不足でしょうか?」


 三〇〇キロのプラチナ……。地球の価値観が抜けない僕にとっては、とんでもない代価に思える。たしか、これまで地球で産出されたプラチナは、四〇〇〇トンくらいだったと側聞した覚えがある。勿論、プラチナに価値を見出していないこの世界では、もっと少ないはずだ。

 だとすれば、三〇〇キロというのは現在の産出量のほぼすべてという可能性もあり得る。あまりにも大盤振る舞いに思えるが、この人たちからすれば河原の石を集めて喜んでいる子供、程度の認識なのだろう。

 ただ――


「あの、もしよろしければ、その偽銀は原石の状態でいただけないでしょうか?」


 というか、欲しいのは白金族元素だ。白金族元素というのは、プラチナ(Pt)を始めとした、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)の六元素の事だ。これら白金族はたしか、プラチナと一緒に産出されたはずだ。

 精錬されてプラチナだけになると、その他の五つがどこにいってしまうかわからない。白金族はどれも似た性質であり、ゴミ扱いされているならわざわざ詳しく調べるところまではしないと思うのだが、ジスカルさんはインゴットにした。つまり、精錬したという事で、いくらかは混ざっていても、白金族のどれかの元素を抽出してまとめてしまった可能性はある。

 いくら白金族が安定的で加工が難しいといえど、属性術があると選り分けられるからなぁ……。

 白金族はいずれもレアメタルであり、極めて安定的で、工業的な触媒として有用な性質をもっている。こちらの感覚でも、魔導術的なリソースは十分にあるし、研究次第では武器や防具といった冶金業の中心商品にも、十分に流用は可能だろう。まぁ、そのあたりは、今後の研究次第ではあるが。

 というか、そういったアレコレがなかったところで、レアメタルが廉売されているのなら、現代地球人の感覚としては買い集めるのは当然だ。とはいえ、この世界でプラチナが本当に僅少な鉱物であるかどうかは、まだわからないが。その場合でも、利用価値はどこまでも高いので、損だけはしないだろう。


「なるほど……。ふむ……。なるほど、わかりました。実は我々カベラ商業ギルドは、南大陸の偽銀鉱山の採掘権を買い取ろうと動いております。南大陸では、偽銀はそれなりに価値のある魔導触媒とされていますから、鉱山はあるのですよ。ですが、やはりそれでも金や銀、ややもすれば銅鉱山よりも価値が劣ります。産出量そのものが少ないですからね。なので、この鉱山の買い取りが失敗するという事は、まずないでしょう。ショーン様にお渡ししようとしている偽銀も、大半がこの鉱山からの産出予定のものです」


 そりゃあ、銅と白金では産出量に明確な差が出るだろうし、いま現在では利用価値的にも銅の方が上だろう。

 しかし、そこまで大規模に動いているとなるとこれは……、僕らに対する謝罪としてではなく、なにか裏がありそうだな。たぶん、利用価値の見定めかな。宝飾的な価値を認めていないジスカルさんからすれば、偽銀を大量に保有するという行為は、個人で鉄や銅を何トンも抱え込むようなものだ。普通に考えれば、かなり不審な行為だろう。

 僕らがどう利用するのかを見極め、それが己の利益になるのかを検討する……? いや、それだけならわざわざ鉱山まで買ったりしないか。

 うん? あ、そうかインゴットだ。

 おそらくジスカルさんも、偽銀に様々な未知の元素が含まれている点に気付いたのだ。精錬して持ってきたのも、こちらの反応から僕がどこまで偽銀について研究しているのか、見極めていたのかも知れない。

 属性術を使って、根気強くその他の金属と比べれば、それが未知のものであるという点に気付いてもおかしくない。残念ながら僕は、白金族がプラチナ、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウムだという事は知っていても、この内覚えている活用法は、イリジウムがキログラム原器やメートル原器として利用されていた事や、パラジウムが合金の白金ホワイトゴールドに利用されているという事だけだ。

 恥ずかしい話、僕ははじめ白金プラチナ白金合金ホワイトゴールドの違いがわからず、ネットを使っていろいろと調べた。日本人のなかには、僕と同じようにこの二つを混同している人も多いのではないだろうか。

 まぁ、だからこそ白金族について覚えていたわけだが……。どういうわけか、羞恥に紐づけられた記憶というのは、なかなか薄れないものだ。

 しかし、だとしたら原石から寄越せと言ってしまったのは、ちょっと失敗だったかも知れないな。もしかしたら今後、プラチナだけを装飾品用の貴金属として買い取り、その他の五つの鉱物は、利用価値の低いものとして安く手に入れられた可能性はあった。まぁ、既にあとの祭りだが。


「どうでしょう? 我々としましては、これで正式に和解としていただき、できる事でしたら以前のように懇親を結びたく思っております」


 以前のように、ね……。そんなつもりはさらさらないだろうに。


「はい。先にも述べましたが、我々としてはそれ程蟠りにするつもりはありませんでした。これだけの贈り物をいただいては、首を横に振るわけには参りませんね。僕も、作っていきたいと思っています」


 以前のものとはまったく別の関係になると明言した僕に、ジスカルさんはまったく動じることなく微笑んでから口を開いた。


「ええ、ありがとうございます。私どもとしましても、是非ともそのような関係が築けたら良いと、考えております」


 うん。なんていうか、ホント商人ってふてぶてしいよね……。



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