第21話 ポーラの事情

 ●○●


「ふぅ……」

「お疲れ様だな」


 フィレンツィを見送ったところで、ポーラ様に苦笑しながら労われてしまった。彼女が思わず労いの言葉を使ってしまう程に、さっきの交渉は厄介な代物に見えたという事だろう。

 注文がある以上、最低一回はもう一度あの男に会わないといけないと思うと、いまからゲンナリするなぁ……。


「本日はありがとうございました、ポーラ様」


 僕は改めてポーラ様にお礼を述べる。彼女が交渉に口を出したのは聖杯のところだけであり、それだけを見れば不利益を被ったともいえるが、だからといって役に立たなかったとは言えない。どころか、聖杯関連以外のところで、終始交渉を優位に進められたのは、すべて彼女のおかげと言っても過言ではない。


「いや、この程度は当然の事だ。みすみす、ハリュー姉弟を他家に取られるわけにはいかないからな。むしろ、良く知らせてくれたと、こちらこそ礼を言いたい。おかげで父上に拳骨を落とされずにすむ」

「それでもご助力いただけた事には、大変感謝しております」


 なおも礼を重ねる僕に、ポーラ様は照れたように頬を掻く。外連味のないその態度は、やはりあまり貴族らしいとはいえないが、僕なんかからすれば親しみやすい。

 彼女がいたからこそ、フィレンツィは最後まで主の名前を出さなかった。王位も持つ大公などというビッグネームを相手に、この儚き身の上では無理難題に抗しきれない状況はあり得た。

 だが、他領の魔術師を勝手に招聘するというのは、ジスカルさんの言う通り、その領に対して真正面からケンカを売るような真似に他ならない。領主の息女がいる前で、堂々と僕を勧誘する事などできるはずもなかったのだ。

 まぁ、本当に彼の目的が勧誘だったとすれば、だが。それ以外の要件だったとしても、一介の魔術師風情では断りようがないが……。

 だからこそ、この場にいてくれたというだけで、ポーラ様には感謝してもし足りない程、今回の交渉においては活躍していただいた。故にこそ、真摯にお礼を述べているのである。


「是非ともお礼をさせてください。手前味噌ですが、こちらをどうぞ」

「これは……、……あの男の求めていた【鉄幻爪】ではないか? 良いのか? たしか、先々まで注文が入っていると言っていなかったか? 以前父上も、入手に手間取ったと聞くぞ?」


 ああ、それはジーガがカベラ商業ギルドに所属していた頃の話だ。いまはスィーバ商会に属しているので、ゲラッシ伯が【鉄幻爪】を手に入れるのは、そこまで困難ではない。それこそ、領主の為に融通を利かせる程度の余裕はある。


「これは僕の作ったものなので、問題ないですよ。最近のトレンドは、護身用より装飾品ですからね。そっちは姉の仕事です」

「ふむ、そうなのか。だがまぁ、遠慮しておこう。せっかくいただいても、私ではそれを使えん。他者に譲る為だけのものを、礼として受け取るのもな」

「使えない?」


 ポーラさんの言葉に、僕は首を傾げた。【鉄幻爪】は別段特別なマジックアイテムじゃない。自身の魔力を使って、キーワードで発動させるタイプの、六級のマジックアイテムだ。


「私は生まれつき、生命力から魔力を作る能力が低く、また魔力を保持し続ける能力も低い、薄魔体質というヤツでな。日常生活に支障を来すという事はないが、自身の魔力を必要とするマジックアイテムの類は使えないんだ。当然、魔力の理全般も使えん」


 自嘲するように、肩をすくめてそう話すポーラ様。彼女自身は、その薄魔体質とやらを、そこまで気に病んでいるようではない。


「へぇ、そういう体質があるんですね。初めて知りました」

「魔力の生成能力と保有能力は、魔術師の才能の根幹とも呼べるものだ。世に名を馳せる魔術師であるショーン殿は、当然その二つが高いのだろう。私は残念ながら、それが低かったというだけの話だ。世の中には、そんな者もいるのさ」


 なるほどな。この人が、【魔術】関連の話題にやたらとキラキラした目をしていた理由はこれか。以前も述べた通り、【魔術】というのはそこまで敷居の高いものではない。程度の差こそあれ、本腰入れて学べば大抵の人は使える。

 だが当然、低かろうとやはりハードルはあるのだ。それが、ポーラ様が言った二つの素養である。

 とはいっても、大半の人間は【魔術】を使える程度には、二つとも揃っている。だが、その素養が低い者は残念ながら、魔術師としての生き方は諦めざるを得ない。流石に、十人並みの能力がない者が志すには、魔力の理という学問は困難な道なのだ。


「ふむ……。ちなみに、キーワード設定していないマジックアイテムとかを装備したら、どうなります?」

「意識せずとも魔力を使われる事があるのだろう? 恐らくは、気付かぬうちに魔力を消費してしまい、意識を失う。その【鉄幻爪】に籠められているのが、どのような【魔術】なのか興味はあるが、使えば間違いなく気絶すると断言できるぞ」

「そこまでなんですね……」


 それはまぁ、なんというか……、結構大変だ。

 この世界、国家の形態や流通貨幣の量から鑑みるに、中世を脱却しつつある年代だ。しかし、それにしては結構文化が発展している。一番気になったのは、その清潔さだ。町には糞尿が放置されていないし、道行く人々もある程度は身綺麗にしている。上流階級の貴婦人が、虱をペットにしているという事もないし、ペストが蔓延しているという話も聞かない。

 それらの文化を下支えしている技術が、魔導術を始めとした学問を下地に作られた、それらを修めていない者でも、【魔術】を行使できるマジックアイテムだろう。

 だが、彼女はそれが使えない。庶民ならそれでも良かったのだろう。そもそもマジックアイテムを使う機会が、そう多くないのだから。だが、彼女は貴族である。マジックアイテムを使えないというのは、なかなか大きなハンデになる。


「なるほど。では今度、五級の品を贈らせていただきますよ」

「そこまでしなくてもいいのだぞ? 本当に、伯爵領の事を思えば、君たちを引き抜かれかねないという危惧は、取り除いておきたい棘だったのだ。だから私がここにいるのは、君たちの為というよりは、伯爵家の為といえる」


 眉をハの字にして、自分たちの思惑を話してしまうポーラ様。そういうところが、世間擦れしていないと感じる要因なのかも知れないね。もらえるものは、もらっておけばいいし、いい人と思われているなら、思わせておけばいい。

 明け透けにそんな事を言われては、ますますもって心苦しい。ゲラッシ伯爵家にどのような思惑があろうと、その利害が一致しているなら共同歩調は取りやすかろう。

 それを、向こうにも利益があったのだから、礼もしないでは文字通り無礼だ。

 ちなみに、六級と五級のマジックアイテムの違いは、単純に己の魔力を使って【魔術】を行使するのか、魔石をバッテリーのように使って【魔術】を使うか程度のものでしかない。使われている技術は、五級と六級では然程変わらない。

 六級のマジックアイテムはポーラ様には使えないだろうが、五級のマジックアイテムであれば使えるのだ。


「そうか……。そうだな。あまり固辞し続けるのも失礼にあたる。ここはありがたく頂戴するとしよう」

「はい。ではそのように」


 やがて、渋々とばかりにポーラ様が折れる。だがやはり、その嬉しそうな表情は隠せていなかった。



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