第2話 斜陽の町
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まずは宿探しだが、早速だが今回のバカンスにおける仕事の一つも進めておかなければならない。すなわち、しっかりとした橋頭保の確保……、というか、僕ら姉弟所有の家を建てておきたい。
まぁ、今回のバカンスにこうしてグラもついて来ている点からもわかる通り、既にこのウワタンの地下には僕らのダンジョンが進出している。当然、フィールドダンジョン予定の四階層が、であるが。
その四階層への出入り口を、こちら側にも作っておきたい。というか、できる事なら、あのショートカット部分を完全に切り離す意味でも、こちら側をメインにしたいのだ。
「ショーン君、宿とってきたー。この町で一番か二番の宿だってさ!」
シッケスさんが嬉しそうに駆けてくる。どうでもいいけど、本当にシッケスさんとィエイト君はいつまで家にいるんだろう。正直、この二人ならフェイヴやフォーンさんのように身の危険を覚える事もないので、いつまでいてくれても構わないのだが、出会ってからこっち、僕らが連れ出した以外で冒険者として活動している様子がない。【
「それじゃ、そこに行きましょうか」
二人の就業状況に危惧を覚え、行儀見習い扱いから、用心棒手当でも付けた使用人扱いに格上げしようかと考えつつ、僕は一行にそう告げた。
そもそも、この旅行にはザカリーはついて来ていない。だというのに、シッケスさんとィエイト君の二人はいる。もう完全に、行儀見習いが建前過ぎる……。実際、彼ら二人が僕らの暴走を防ぐ為に、セイブンさん辺りからつけられた首輪であるという事は理解している。
ただまぁ、この首輪のお陰で余計なちょっかいが減っているのも事実で、メリットも多い。もしも依代や下水道を手に入れる前だったら、必要なマフィアからの襲撃が激減する為、さっさと追い出しただろうが。彼らが現れたのは、既にマフィアからの襲撃頻度も質も低下しきったあとだったので、積極的に遠ざける理由もなかった。
そんな事を考えている間に、ウワタンでの仮宿に辿り着く。なるほどたしかに、それなりにたしかな造りの宿だ。白亜の宮殿とでも評すべき、優美な外観に広い庭園。所々に散見するアイボリーの彫像に、職人の技の粋を凝らした噴水まである。
この町に活気があった頃は、さぞ繁盛していただろう。なお、活気のないいまは、飛び込みの小金持ちでしかない僕らが泊まれる程度には、部屋は空いているらしい。まぁ、お察しだ。
「いらっしゃいませ。当宿『ニュンパイの泉』にお越しくださり、誠にありがとうございます。わたくしは当宿の支配人を務めております、パラベルム・ロックバードと申します」
宿に入ると、真っ先に初老の男性が慇懃に挨拶をしてくれた。どうやら、この宿の主人らしい。代表して、僕が挨拶を返す。
「こんにちは。僕はショーン・ハリュー、こっちは姉のグラ・ハリューです。しばらくお世話になります。よろしくお願いします」
シッケスさんやィエイト君の紹介を、僕がすべきなのかは少々悩むところだ。とはいえ、いまの彼らの立場は一応ウチの使用人なわけで、そうなると他の使用人たちと同じように扱うべきなんだよね。そうこうしている内に、パラベルムさんが頭を上げて満面の笑みを浮かべた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。わたくしも、ハリュー姉弟様のお噂はかねがね耳にしておりました。ご高名なお二人のお世話ができます事、誠に嬉しく存じます。どうぞ、ご滞在の間はごゆるりとご休息くださいませ。ご用向きの際には遠慮なくお声がけくださいませ」
つつがなく挨拶を終えた僕らではあるが、個人的に冷や汗が止まらない。この老人、服も所作も一級品なのだが、身長はなんと二メートル近くあり、全身余すところなく鍛え抜かれた筋肉が、せっかくの仕立ての服をパンパンに膨らませている。あれでは、早々に買い替えねば服がへたってしまって、高級宿に相応しからざる有り様になってしまうだろう。
パラ・べラムという名に恥じぬ姿だが、正直挨拶を終えたあとでも、この人支配人とかではなく、用心棒なんじゃないという疑念が拭えない。とはいえ、この宿の安全性とそれに備える姿勢は、十二分に確認できた。ある意味安心だ。
案内された部屋は、まぁ普通に高級宿に相応しい内装だった。とはいえ、あくまでも中世後期レベルのもので、ベッドにはスプリングも入っていないし、ソファも普通に硬い。カーリ絨毯は見事だったが、これ一つの価値がウチの三ヶ月の収入に勝るというのが、正直信じられない。
まぁ、ウチがこのカーリ絨毯を仕入れる事はまずないだろうな。地上の屋敷にこんな目ぼしい宝をおいていたら、侵入者たちはシャッターを突破してでも狙うだろう。それでは【地獄門】から目が逸れてしまう。
壁掛けのゲリームとかなら手に入れてもいいかも知れないが、少なくとも、実用品として地下の実験室に敷くわけにもいかない。まぁ、要らないよなぁ……。
「どうせなら、スプリング入りのソファやベッドくらい、自分たちで作ろうか……」
硬いマットレス寝転びながら提案してみる。ウチのベッドは、グラ特製の非常に柔らかい代物だ。その製法は流石に知らないが、感触的にはウォーターベッドってきっとあんな感じなのだろうという感じだ。
ただ、この提案の問題は、僕がその製法をほとんど知らない点にある。スプリングの作り方も、それをどう配置すればいいのかも。もっといえば、布系を作るのはまだまだ苦手なのだ。
つまり、提案とか言いつつ、完全にグラに頼ろうとしているわけだ。
「必要ならそれもいいでしょう」
淡々と言うグラに、僕は応とも否とも伝えず、肩をすくめてみせる。まぁ、初めからどちらでもいいという気のない提案だったのを、グラも察していたのだろう。
「正直、落ち着かない……」
そこで僕は、本音を吐露する。いきなりする事が激減した現状に、どこかソワソワとしたものを覚えるのだ。転生してからこっち、騒動に次ぐ騒動で、必要に迫られていろいろな事をやってきたからなぁ……。
そんな僕の頭を、グラが優しく抱きつつ、つむじの上から静かに諭す。
「あなたはこれまで、頑張りすぎるくらいに頑張ってきました。いまはその心を休め、少しばかり心身を休めて本来の調子を取り戻しましょう」
「そうだね……」
それなりにやる事はあるが、まぁ、今回はバカンスだ。グラの言う通り、依代と心を休めて羽を伸ばそう。
「では早速ですが、今日のお勉強を始めましょうか」
「ああ、うん。そうだよね」
バカンスではあるが、お勉強は続けるらしい。まぁ、僕としても必要な知識ではあるから異論はないが、そのバカンスの発想は、元学生的になかったなぁ……。
「あ、だったらさ、しばらく属性術の勉強は後回しにして、死霊術の方を学びたいんだよね」
「死霊術ですか? あんなものを覚えてどうするんです?」
「いや、僕の理想とする幻術と死霊術って、結構相性いいと思うんだ。ほら、もしかしたら、【
「ふむ。なるほど……」
考え込むグラの様子に、どうやら脈ありだと判断して微笑む。グラはお勉強に関しては、本当にスパルタだからなぁ。
別に属性術の勉強が嫌になったわけではないが、あの侵入者が使っていた死霊術には、それなりに興味をひかれた。まぁ、そもそも【
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