第17話 ケチルという商人について

「スィーバ商会は領主様の御用商人だったのですか?」


 勿論ジーガ経由で知っていたが、驚きつつそう問いかけた。


「ええ、ええ。私どもは他所との繋がりではカベラさんには及びませんが、領内では指折りの商会ですよぉ。特に、お召し物の仕立てを任されているという事は、それだけ信頼されているという事ですぅ!」


 そういえば、なにかの読み物で見た覚えがあるな。昔のお偉いさんが暗殺を警戒した職業は、一に医者、二に床屋、三に仕立て屋だったとか。一は言うまでもなく、二は頭部という最大の弱点に刃物を近付けるという、かなり無防備なところを見せるから。そして少し危険度は下がるが、仕立て屋もまた近場で針などを扱う為に警戒されたとか。

 つまり、それだけスィーバ商会は領主一族に信用されているという事なのだろう。自慢気な態度にも納得である。

 まぁ、それだけに、地元で作られたアクセサリーを手に入れられなかったのは、痛恨事だっただろうが。


「そうでしたか。もしかしたら、いずれ領主様に献上したいものやお願いしたい事ができるかも知れません。その際には、スィーバ商会を頼りにさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ふぅむ……。その内容次第、としか申せませんねえ。どのようなものを収めたいのか、どのような願いなのかがわからないのでは、こちらとしてもなんとも……」


 歯切れの悪いケチル。だがそれも当然だろう。ここで安請け合いするような輩では、むしろこっちが不安になる。とはいえ、今日のところはこれでいい。こうしておけば、いざ領主に話を持っていく段になってもスムーズに話が通る。

 まぁ、聖杯が完成するか、ウル・ロッドが話にのってきたら頃合いだろう。


「なるほど。本日はあくまでも前置き、という事ですな? よろしいですとも。このケチル、一端の商人として己の言葉には責任を持ちましょう! しかし……、なにやら儲けの匂いがぷんぷんしますねぇ。もしよろしければ、そのお話、ウチにも一枚噛ませてくださいね?」

「あまりスィーバ商会の専門とは、関係のない計画なのですが……」

「なんのなんの。たとえ関係がなかろうと、ご協力できる事はきっとございますとも。なんとなれば、資金提供だけでもさせてくださいよぅ。勿論、お支払いも物納で一向に構いませんとも!」


 どうやらこの男、そうとう【鉄幻爪】シリーズにご執心らしい。あるいは、一度領主からの信用を失いかけた事を重視して、是が非でも僕らを繋ぎ止めようというつもりか。

 空手形を切るような真似は危うさもあるが、僕らにそれを悪用するだけのカネ伝手コネもないと踏んでの物言いなら、なかなか油断ならない。まさにその通りだからね。


「それではその際には、是非ともスィーバ商会にもご助力願いたく思います」

「絶対ですよ!? 絶対絶対、お声をかけてくださいね!」


 その後少し雑談を入れてから、お土産代わりに僕の作った方の【鉄幻爪】を渡したら、大喜びだった。これからは、グラの作る貴金属製のアクセサリーを取引のメインにするから、僕の作る護身用はあまり売れなくなるだろうと教えたのだが、それでも嬉しかったようだ。

 だったらこれは自分用にすると、大はしゃぎだった。御用商人だからなぁ。身の危険を感じる事も多いのだろう。

 フォーンさんに渡した報酬の残りの【鉄幻爪】も見せたが、それにも大喜びだった。絶対に自分に売ってくれと、何度も何度も念押しされた程だ。元々カベラ商業ギルドに卸す予定だったものなので、問題ない。

 きっと、領主のご令嬢や奥方に売りつけるのだろう。


 ケチルが帰ったのち、ジーガに彼の印象を聞いてみた。


「まぁ、旦那も感じたとは思いますが、内心が読めない人ですね。それに、話しているといいように手玉に取られそうで、不安になります」


 概ね僕と同じ感想だな。加えていうなら、かなり油断ならない人ってところか。


「あと、あの人はたしかに商売上で組むならいい相手かも知れませんが、あまり信用しすぎない方がいいでしょうね。たぶん」


 どうやらジーガも、ケチルのあのひょうきんな態度で、彼を侮ったりはしないらしい。重畳重畳。

 別にこちらを騙しているわけではないだろうし、言葉にも嘘はないだろう。だが、間違いなく、彼はあの人懐っこい表情の奥で、こちらを値踏みしていた。そのうえで、最後はこちらの計画に加わらせろと要求してきたのだから、それなりに評価はされたと見ていいだろう。はてさて、彼はいったい、僕らにいくらの値を付けたのだろうね。


「さて、じゃあ今日の予定は、全部消化したかな?」

「そうですね。このあとは、特別な用事はなかったはずです」

「もう商売の話以外でも、すっかり執事らしくなっちゃったね。少し寂しいよ」

「仕方ねえでしょ。下のもんに礼儀を教えた端から、俺たちが守らねえんじゃ、示しが付かねえっての」


 苦笑しながらそう言って肩をすくめるジーガ。まぁ、たしかにその通りだろう。だからといって、寂しいのは事実だ。


「じゃあまぁ、今日はもう下に行って、ずっと研究でも――」

『緊急! 緊急! 襲撃だよ! 襲撃! みんな、訓練通り避難して!』


 僕が地下へと戻ろうとしたら、緊急連絡用に各部屋に通じている伝声管から、慌てたような声が響いた。この声はウーフーか。今日は、彼が外の監視を担っていたらしい。


 さて、それではハリュー家恒例の、マフィア襲撃イベントの開催だ。町がこんな時くらい、連中も休めばいいのに……。



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