第16話 スィーバ商会
「どうもどうも、お初にお目にかかりますぅ。スィーバ商会の会頭、ケチルと申しますぅ」
ケチ臭い名前だな。本当に大丈夫か、この商人。とは思ったが、そんな事はおくびにもださず、笑顔で挨拶を返す。
「どうも。僕はショーン・ハリューです。一応はこの家の当主です」
「どうもどうも。いやぁ、ようやくお会いできました! カベラさんのところからお断りをいただいたときには、もうダメかと思いましたよ。いや、ホント。ですがですが! 精霊様は我々を見捨ててはいませんでした! こうしてショーン様とお会いできる機会をいただけたのですからね!」
なんというか、スゴいな……。
見た目はよくいる三十代前半くらいの、ちょっとメタボっぽくなってきたかなといった体型のおじさんだ。コミカルなカイゼル髭がチャームポイントだ。
スィーバ商会は、宝石や貴金属アクセサリーをメイン商材にしている商会なので、会頭である彼も高そうな服に、高級そうなアクセサリーを身に着けている。だというのに、ちっとも嫌味がない。
言葉もそうだ。真剣じゃない悲壮感とでもいうのか。実際、かなり本気でこちらと繋がりを持ちたいと思っていたはずなのに、自らの不幸を笑い話にしているあたりが、実に軽妙だ。ひょうきんなのに、あまり卑屈さを感じさせないユーモアがある。
「それで本日は、どのようなご用件で? ジーガさんからは、なにやらショーン様にはお悩み事があるとか。手前どもでお役に立てる事ならもう、なんでもやってみせますよぅ! それはもう、なんでも!」
「お代は【鉄幻爪】でって事かい?」
「いやいや! 流石にそこまでがっつきませんよぅ。今回は、ショーン様との関係を築ければもう、御の字というやつでして! 【鉄幻爪】シリーズに関しましては、勿論別口でのお取引にしていただいて構いませんとも! その際には、必ずやご期待通りのお値段を提示できると自負しておりますぅ!!」
つまり、今回の話し合いでは、こちらに恩を売るだけにとどめるつもりだったらしい。今後取引をできる関係になれれば、ケチルにとっては十分な報酬という事か。
だとしたら、この話は大喜びで飛びつくだろうな。
「実はね、今日スィーバさんにお願いしたいのは、借金の肩代わりなんだ」
「借金……? ですかぁ?」
スッと、ケチルの目が細められる。やはり商人。金の話ともなれば、軽薄な態度は鳴りを潜めるようだ。ますます好感度が高くなる。
「そう。元々は、カベラ商業ギルドに対してしていた借金で、この屋敷を管理する人材を雇う資金だった」
「ほうほう。そういえば、最近ショーン様のところでは、【鉄幻爪】シリーズの量産ができるようになったり、貴金属アクセサリーが開発されたりといった動きがありましたね。それはもしや、使用人が増えた事と関係が?」
「まぁ、それだけではないですが、雑事に煩わされる事は減りましたからね」
「なるほどなるほど。たしかにそれは言えますね。最近は、ならず者も減りましたから」
ケチルはカイゼル髭を撫でながら、訳知り顔で頷いた。たぶん、マフィア関係でのゴタゴタが片付いたのも、量産の要因だと思っているのだろう。
「その借金を、向こうの都合で一方的に取り立てられてしまってね」
「なんですと!?」
「当家にとっても寝耳に水の話。手元不如意でね。よければ、スィーバ商会さんに付け替えてもらいたいと思っているわけだ」
おっと、なぜだろう常にない物言いになってしまった。いかんな。彼と話していると、不意に尊大な言葉が口をつきそうになる。どうにも、精神を誘導されているように感じる。それは、幻術的な精神作用ではなく、話術による誘導だ。
気を付けないと……。
「ほうほう、それはそれは。しかし、最近のカベラさんの振る舞いには、少々眉をひそめておりましたが、まさかそこまでの事をしておられたとは……」
ケチルはため息をついて、肩をすくめる。こういった貸し剥がしという行為は、あまり褒められたものではない。
特に、いまのような状況では、町全体の経済活動に悪影響を生じる恐れすらある。もしも連鎖的に、他の商業ギルドが唐突に取り立てを始めれば、特に問題のない商家や職人までもが、破産しかねない。
しかも、僕が奴隷を買う為に借金をしたのはつい最近の事であり、返済も滞りなく行っている。法的には、完全にアウトな行為なのだ。ぶっちゃけ、借金の取り立てを不当だと当局に訴えれば、返さなくてもいい話である。
「とはいえ、ハッキリいってそんな輩にお金を借りている状況は、ぞっとしません。こうまでされて、カベラ商業ギルドに借りを作っておくのは怖すぎます。そこで、以前お声をいただいたスィーバ商会を思い出したというわけです」
「それはそれは……。以前は領主様のご息女様からの依頼を、カベラさんに取られてしまい悔しい思いもしましたが、こうしてショーン様のご記憶の片隅に我らの名を残せたと思えば、なかなかどうして大きな成果を得られていたという事ですなぁ。そうしていまは、そんなカベラさんをショーン様がお見限りの際に思い出される。世の中というのは、不思議な巡り合わせがあるものです」
しみじみとそう呟くケチルだが、やはりどうしてもその動きがコミカルに見えてしまう。なんというか、どこか二次元ちっくなのだ。いってしまえば、実写の映画のなかにCGのキャラクターが紛れている感じだ。
「ジーガに我が家の資産状況を確認させました。もしも現金での返済をお望みであれば、三ヶ月後には完済が可能だそうです。スィーバ商会がお望みなら――」
「物納でッ!! ももももも勿論、物納でお願いしますよぅ! そんな殺生な事を言わないでくださいよぅ! ショーン様だって、我々が【鉄幻爪】を欲しがっているのはご承知でしょうぅ!?」
「いえ、どうもそれ程【鉄幻爪】は欲しがっておられないように見えまして……」
「意地悪を言わないでくださいよぅ。勿論、欲しいに決まっているじゃあないですか。当商会としましては、定期的に【鉄幻爪】を納入していただけるのであれば、カベラさんよりも好条件をご提示できると自負しております! なんなら、ある程度は借金も棒引きして構いませんよ?」
「いや、利子が発生する程前に借りたわけじゃないから、棒引きすると元本がきれいさっぱりなくなっちゃうよ?」
「な、なんとぉ!? まさかそんな借金を取り立てるとは……。い、いえ、それでもショーン様と今後お取引ができるのであれば、このケチル! その程度の出費は厭わぬ覚悟であります! その代わりといってはなんですが、何卒何卒、今後は当商会とも【鉄幻爪】シリーズのお取引を……」
いやそれだと、ただただ僕らの為に金を払っただけだ。商人としてそれはどうよ?
「流石にそんな事はさせられませんよ。きちんと返済はさせてもらいます」
「ありがとうございます。いやもうホント、本当の本当にありがとうございます! 当商会は領主様とも懇意にさせていただいておるのですが、地元のアクセサリーも手に入れられないのかと、お叱りを受けておりまして。これでようやく、御用商人としての面目を保てるというものです。はい」
ちょうどいい話題がでた。僕はそこに乗っかる形で、次の話題に移行する。
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