第19話 チッチの作戦

 天幕の中には、既に幾人かの冒険者が控えており、チッチもすぐさま本題を話し始めた。我々の到着を待って、即座に作戦会議に移れるよう、準備をしていたらしい。


「予定が多少変更になって、これまで通りあっしが攻略の指揮を継続する事になった。詳しい話は省略。そういうもんだと納得しとけ。今後の作戦について、グラ様方には通達、これまでいた連中には確認がてら話すぞ。まずは三層で起こっている異常についてだ。ひとまず、この異常の原因究明が先決だと、あっしは判断している」


 一息にそこまで言ったチッチが、私を始め【アントス】の面々に顔を向ける。


「一ついいかしら?」


 そんなチッチに、フロックスが手を挙げて質問する。彼のその様子に、幾人かの冒険者が顔を顰めるのがわかった。どうやら本当に、他の冒険者から【アントス】は好かれていない様子だ。

 その理由は良くわからないが……。


「私たちはその異常について、資料とサイタンで伝え聞いただけなの。もしも認識に齟齬があったら重大なミスにつながるかもでしょ? 認識をすり合わせる為にも、そこから話してくれないかしら?」

「なるほど、道理でさぁ。そんじゃあまず、あっしらが三層を異常だと判断した切っ掛けの事件から――……」


 チッチの説明を要約すると――【燃える橋アースブルー】という、中級冒険者のなかでも生え抜き冒険者パーティが消息を絶ったのを機に、慎重を期して三層の調査を進めた。その結果、その階層の小鬼や豚鬼らの動きは、かなり組織立ったものである事がわかった。

 本来、ただの小鬼や豚鬼に、小部隊以上の有機的な連携を可能とする知能はない。だが、現状は明確にそんな前例を覆すにたるものであった。


「連中の動きは明らかに、四、五体から編成される小部隊、その小部隊を纏める中部隊、中部隊を纏める大部隊が存在しているものだ。そして、それらが一つの目的で動く群体――いや、軍隊じみている。こんな小鬼の動きは、これまで聞いた事がねえ。もし、知見があるなら聞きてぇんですが……」


 そう言って、チッチが【アントス】の面々を見る。しかし彼らも、それ程大規模な小鬼の群れなどは見た事も聞いた事もなかったようで、顔を見合わせてから首を横に振っていた。それから、恐る恐るといった態で、こちらを見るチッチ。

 当然私も、左右に首を振って答える。そ知らぬフリを続けながら、事態が我々の思惑通りに動いていると確信する。


「個々の小鬼、豚鬼、ついでに大鬼の強さは、既存のものと変わりねぇ。だが、それが数百の群れで目的を一にして行動されると、個々のパーティで対処するのは困難を極める……。恐らくで恐縮でやすが、たぶん上級冒険者パーティにとっても、それは脅威であるかと……」

「まぁ、そうよねぇ……。多勢に無勢は、個々人の実力差を覆す策としては、もっとも単純かつ確実なものだもの。なんとなれば、ダンジョンの主に対して私たち人間がやってるのと同じ事だし」

「以前、バスガルにおいて同じような群れに襲われた事があります。一級冒険者パーティ【雷神の力帯メギンギョルド】のメンバーですら、幾多のモンスターの群れへの対処は難渋していました。まぁ、あのときは前衛と斥候しかいなかったからかも知れませんが……」


 私の捕捉に、チッチとラダ、【アントス】の面々は頷き、他の冒険者たちも事態の深刻さを改めて感じ取ったようだ。

 ただまぁ、いま思うとあのときの【雷神の力帯メギンギョルド】は万全の状態とは言い難いメンバーだった。件のリーダーは不在、セイブンやティコティコもおらず、おまけにサリーという魔術師もいない。あれで【雷神の力帯メギンギョルド】の力を推し量るのは、流石に木を見て森を見ずという他ない。

 限定された空間を埋め尽くすような敵の群れというのは、それだけで対処が難しいものだ。どれだけ強くとも、処理能力には限度というものがある。それは、地上生命どもの英雄であろうと、我ら地中生命であろうと変わらないのだ。

 だからこそダンジョンコアにとって、人間という有象無象は脅威であり、それに対処する為にモンスターなどという、有象無象を生み出している。人間どもも、そのモンスターという有象無象の脅威に対抗する為に、冒険者という職を生んで対処しているのだ。

 どれだけ深くなろうと、強くなろうと、知見を得ようと、というものはそれだけで、特別な才能や技術を覆し得る、圧倒的な足り得るのである。


「話を戻しましょう、チッチ。これからの我々の行動方針及び、あなたの考案した策を聞かせなさい。問題があれば私や【アントス】から意見や訂正を述べ、その分責任も分割して背負います。安心して、指揮役の任に従事しなさい」

「へ――へ、へい! そ、その……恐縮です……」


 私の言葉に、予想外の提案をされたように一瞬呆けたチッチだったが、すぐに居住まいを正して、ヘラヘラと頭を下げる。それからすぐに気を取り直すと、説明を再開した。


「――そんなわけで、この新ダンジョン三層は今現在かなり異常な状態にある。その点は全員共通認識を持てたものとして、ここからは今後の話をするぞ? さっき言ったように、この原因究明が先決だ。まずはこの異常事態が、ダンジョンの主が直接介入しているが故に起きているものなのか、はたまたこのダンジョン特有の現象なのか、だ」


 チッチの言葉に、幾人かの冒険者が首を傾げているのを観察し、補足するように私は説明を付け加える。


「このダンジョン特有の現象の原因として考えられるのは、モンスターを指揮できるような特殊なモンスターの存在、なんらかの罠の影響、モンスターを操るような未知の魔力の理の存在が考えられます。チッチ、その他の原因について、なにか思い当たりますか?」

「いえ。しかしながら、『ない』と結論付けるのは早計かと思いやす」

「同感です。なんらかの未知の手段によって、モンスターの群体を維持する手法を、あるいはこちらがそうと錯覚するような、モンスター誘導の方法を編み出したという可能性もあるでしょう。視野狭窄に至らぬ為にも、幅広い可能性を考慮しておいて然るべきです。情報は逐次共有するよう、冒険者たちには通達なさい。どのような些細な情報でも構わない、と」

「はい。逆に、ダンジョンの主が直接モンスターの群れを操っているという可能性もありやす。……その場合は、話が単純で助かるんでやすが。いえ、脅威という意味では、変わらず厄介なんですが……」


 なんともいえない、複雑な表情を浮かべるチッチ。それならいくらでも対処の方法はある、とでも言わんばかりの表情だ。だが、その可能性は低いと、この男は見ているのだろう。

 私も、その場合の可能性について言及しておく。


「ふむ……。生まれたてのダンジョン――の主にとって、六級の冒険者パーティは十分に脅威でしょう。直接モンスターを操作して迎撃にあたらせた可能性は、そこまで低くはないと思います」


 私の言葉に、明らかに安堵の表情を浮かべる冒険者連中。流石に【アントス】の連中は深刻そうな表情を崩しはしなかったが、ラダですら私の気休めに表情を緩めていたのは印象的だ。

 やはり、人間にとって未知の脅威というものは、既知の脅威よりも大きく、恐ろしく思えるものらしい。眼前により安易な道が提示されれば、思わずそれに飛びつきたくなる程度には。

 だが、やはりというべきか、チッチや【アントス】の面々は、そのような楽観論に流されて、油断してくれる程甘くはない。まったく、厄介な連中だ……。


「もし本当に、この異常事態がダンジョンの主が直接的に介入しているが故に起きているならば、それはそれでいい。対処の方法は限られるが、不可能ではない。故にこそ、まずはそれを見定める」


 チッチはそう言って、いよいよこれからの動き方について説明を始めた。といっても、作戦内容は勿体ぶるようなものではない。ダンジョンの主――ダンジョンコアに対して、多正面作戦を強いるという、人間らしいやり方。もしもダンジョンコアが、直接介入しているならばその処理能力を超えたタスクを仕掛けるというものだ。


 さて、私や【アントス】を手駒にしたチッチの策が、あの子の用意した策を打ち破れるものか……。攻略を受ける側からの視点ではない、攻略する側からの視点というものは、実に興味深く、参考になる。

 ベテラン冒険者の手腕、とくと吟味させてもらおう。



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