第20話 三正面三段突き作戦

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 第一部隊はチッチ率いる、複数の六級冒険者パーティ。まずはこの者らが、三層に突入する。もしもダンジョンの主が、事態に直接介入しているならば、対処にはかなり力を入れないと、そのまま攻略されてしまう。

 第二部隊は【アントス】をメインにした、いくつかの冒険者パーティによる攻略班。第一部隊突入から時間をおいて、今回の攻略部隊の精鋭を集めた主力部隊となる。同じく、ダンジョンの主が直接介入していた場合、この第二部隊の放置は致命傷になり得るだろう。当然、事態の対処には急を要する事になる。

 最後に、第三部隊。これは、私、ラスタ、ランの三名に加え、【アントス】の盾役でもあるカメリアを入れたメンバーになる。身軽さを最優先にして、ダンジョンの主が第一、第二部隊への対処にかかり切りになっている間に、そこを急襲できるように用意された、首狩り部隊である。

 ただ、私、ラン、ラスタの三名では、防御面が著しく不安があると判断されて、【アントス】からカメリアが付けられた。

 実に用意周到にして成算の高い、人間らしい策だ。もしも本当にここが、生まれたてのダンジョンであり、事態の対処にダンジョンコア自らが動いていたら、最低限の戦力で攻略できる可能性もあっただろう。


「お姉さま、準備万端整いました!」

「はぁ……。何度言えばわかるのです? 私を姉と呼んでいいのは、ショーンだけです」


 相変わらずのランが、勝手に私を姉と呼ぶのを注意する。最近はどこか、常態化しつつあるやり取りにウンザリしつつ吐き捨てる。

 ただ、この者の呼ぶ『姉』というものが、ショーンの呼ぶ姉とはまったく違うものであるとも、最近は理解が及んできた。また、血縁上の姉とは違う、様々な兄弟姉妹の形があるとも、将来的にそういう義理の妹ができるとも、なんとなく理解しつつはある。


「失礼しました、グラ様」


 相方の失態を詫びるラスタに、私は一つ頷いて応える。その姿は、私やショーンの装備に近い、黒の軽鎧を基本にしたものだ。今回の依頼にあたって、こちらから支給した炭化ホウ素鎧である。

 以前の、粗悪な鎧を使い続けるよりはマシな働きが期待できるだろう。


「荷物や装備を最低限に抑え、最大限迅速な行動が取れるよう準備しました。その代わり、継戦能力に関してはほぼ皆無といっていい状態です。水すら、水筒一本ですからね……」


 甚だ不安だとでも言わんばかりに、腰に備え付けた木製の水筒を叩いてみせる。ランの腰にも同じものが常備されており、カメリアはカメリアで別の水筒を持っている。そして、私の腰にも銅製の魔法瓶マグボトルが装備されている。

 町の外に出るのに、携行の保水容器を持たないというのは、冒険者でなくてもかなり悪目立ちするとの事で、できるだけ常備する事にしている。また、依代はそれなりに水を欲するので、必ずしも無駄というわけではない。


「補充は、属性術を用いて私が行います。ですが、自分の判断で飲める分も必要でしょうし、持参の水筒まで減らす必要はないでしょう。むしろ、足を鈍らせる要因になりかねません」

「それはそうですが、グラ様の魔力とて有限です。おまけに、この人数ですから戦闘にも加わっていただかなくてはなりません……。そういう意味でも、長期間攻略を行える状態ではないという事は、忘れないでください」


 真剣に言い募るラスタに頷く。この者からすれば、自分の生存に関わる話であるだけに、言葉にも力が入っているのだろう。それだけ、食料も水も予備の武装も持たずにダンジョンに入るというのは、覚悟がいる事なのだろう。

 水というのは、どうしたって重い。数日分の水ともなれば、それだけで数キロは重量が増える事を意味する。私は問題ないが、ラスタとランの足には大きく影響するだろう。カメリアは……、良くわからない。肉体は男性というのなら、大丈夫なのだろうか?


「装備が少ないので、戦闘も最小限に抑えて行軍しましょう。やり過ごせる敵はやり過ごして、攻略を優先する方がいいかと」

「了解です。カメリア、あなたもいいですか?」


 私が声をかけると、カメリアは左腕の凧盾カイトシールドを掲げて了解を示す。普段は装備している長槍は、今回は行動の邪魔になりかねないという事で、野営地に残していく事になっている。


「オーケーよ。でも、やっぱり不安よねぇ……。下級ばっかりの野営地に、装備を残していくのって……」

「それはたしかに……」


 カメリアが不安そうに振り返った天幕を、私も見遣る。そこには、カメリアの主兵装である長槍や、私が大型モンスター用近接兵器として持ってきた【頬白鮫ホオジロザメ】がある。

 こんな、下級冒険者ばかりの野営地に放置して、ダンジョンに入るのは甚だ不安だ。下級冒険者時代、【鉄幻爪】一つで追い回された記憶が蘇る。


「ま、仕方ないわよね。一応、チッチも気を遣ってくれてるし」

「そうですね。それでもなお盗難に遭った場合、盗人は勿論、サイタンのギルドやチッチにも、責任を取ってもらいましょう」

「怖いわね、その台詞……」


 青い顔をしてそう言ったカメリアの言葉の意図は、残念ながら図りかねた。報復は当然の権利だと思うのだが……?

 チッチは、わざわざ手持ちの戦力から、六級冒険者を一人、野営地の防衛に残した。一応は、退路の確保を名目にしているが、一番はやはり私やカメリアの装備品の警護が主目的である。

 さらについでに、イミとウーフーもこちらの警護として残る。

 二人の斥候能力は、未だにラスタやランに劣り、今回の探索においては足手まといでしかないと判断された。まぁ、その辺りはラベージの生徒としての年季の差だろう。

 もしも、以前の【ホープダイヤ騒動】のときのように、大人数が徒党を組んで強奪に動けば、彼らの身も危ういだろう。だがまぁ、その程度の危地は独力で切り抜けてもらわねば困る。

 私はショーン程、彼らに対して手厚い保護は考えていない。一応、身分カバーの維持に必要な人員だとは言われてはいるが、なんでもかんでも保護してやるというのも問題であろう。いつまでも、『未熟で使えない斥候』の立場に甘んじられては不愉快だ。


「それでは、しばらく待機しますが、既に第一、第二部隊が出発しています。いつでも出動できるよう、身と心の準備をしておきなさい」

「「はいっ」」

「ええ」


 ダンジョンの入り口にて、私たち四人は静かに待機する。ここで連絡要員の報告を待つのが、いまの我々の仕事である。

 一応は、この一党の指揮は私が執る事になっている。といっても、基本的には斥候の指示に従って進み、前衛の様子を見て【魔術】を放つのが役割だ。撤退の判断も、基本的には最前衛であるカメリアが下す事にしている。盾役であるこの者が、これ以上は無理だと判断したら、即座に撤退するよう、チッチやフロックスからも厳命されている。

 ラスタは一応軽戦士、ランも魔術師ではあるが、この二人はどちらかといえば、斥候としての役割が強い。

 首狩り部隊として鋭い切れ味は有しているものの、鋭さと素早さを優先する代わりに脆いのが、この第三部隊の欠点である。


 やがて、連絡要員のパーティがダンジョン入り口に現れ、第二部隊が交戦に入ったという報告が入る。その部隊と入れ替わるように、私たちはダンジョンへと侵入した。

 第一部隊が一太刀目として真正面から、遅れて第二部隊が切り返しとして虚を突き、さらに我々第三部隊が横槍として死角から、時間差の急襲をかける策。バスガルのときにもそうだったが、モンスターをダンジョンコア直々に指揮する為には、わざわざ最奥から出て来なくてはならない。


 我々第三部隊は、その迂闊な敵を討つのを目的としているのである。


 ああっ、なんと忌々しい! たしかにこれは、ダンジョンコアが事態に介入していれば、虚を突くいい手だ。至心法ダンジョンツールを有さぬダンジョンコアにとって、この多正面時間差攻撃を強いる策は、最低限の戦力で処理能力の酷使を強いるものだ。


 まぁ、当然ながらこのダンジョンの主は私たちであり、直接小鬼らを指揮した事もないのだから、この策が成る事はないのだが……。



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