第33話 防衛態勢の穴
〈5〉
「ああっ、そうか! ウワタンだ!!」
翌朝、僕は起き抜けにそう叫んだ。
昨夜、ジョンさんと話してて引っ掛かったのはこれだ。グラやアルタンの屋敷に対する防御は固めていのだが、シタタンの屋敷は完全に無防備だった。あちらにも幾人か使用人がおり、屋敷の維持管理に励んでいるのだが、別荘という事で扱いがなおざりになっていた。狙われると、最悪全滅しかねない。
「なんすか……? どうしたんすか、ショーンさん……」
「…………」
宿の同室だった、フェイヴとィエイト君がベッドから身を起こす。ィエイト君は非常に不機嫌そうな顔だ。
「いえ、自分の手落ちに気付きまして……」
どうする……? ここからウワタンまで、陸路なら二日とかからない。だが、船なら半日程度で辿り着くだろう。早急に対策を講じるなら船便を使うべきだ。ウワタンの防御を固め、使用人たちにはパニックルームへの避難と、地下での防衛の仕方を徹底的に教え込む……。
難しくはない。あそこの使用人は、以前はアルタンの屋敷で働いていた者もいる。もしかしたら、訓練などしなくても避難、迎撃ができるかもしれない……。
だが、楽観は禁物だ。第一、ウワタンの屋敷ではアルタンと違って護衛の冒険者を雇っていない。雑多な殺し屋くらいなら、地下通路の迎撃だけで十分に対抗もできるだろうが、別に生え抜きの戦力がないとも言い切れない。
そうなると、使用人たちだけで対応するのは厳しい……。
「まずは、件の冒険者たちに会わないと。それから、目ぼしい冒険者への護衛依頼……。ウワタンの町にいるか……? ウェルタンで募っておくって手も……」
いや、ダメだ。ここは黒髪にーさんたちや、その敵対組織の影響力が強すぎて、誰を雇っても全然信用できない。そんな輩を懐に抱え込むような危険は、この状況では冒せない。
僕はぱっぱと寝間着から完全装備に着替えると、いまだ寝ぼけ眼のフェイヴとィエイト君を残して部屋を出る。各手斧も腰に引っ提げ、背には【
部屋を出た僕は、すぐそこにある【
当然、こちらも寝起きの姿で、未だ四分の一くらいは夢の世界に足を突っ込んだ状態だったが、僕の表情と格好を見て急速に意識を覚醒に向かわせていくのが窺えた。
「どうしたい、旦那? こんな朝っぱらから?」
「急遽ウワタンまで赴かねばならなくなりました。ただ、あちらの屋敷を護衛してもらう人間が必要なのですが、ウェルタンにもウワタンにも信用できる伝手がありません。申し訳ないのですが【
単刀直入な僕の依頼に、微睡に誘惑されていた双眸を徐々に真剣なものに変えていくジョンさん。その隣で、いつもより濃い顎髭をジョリジョリ撫でていたケーシィさんも、こちらの真剣さに気付いてかそのタレ目から眠気を飛ばしてこちらを見詰めてくる。
「……わかった。それが旦那に必要だってぇなら、俺たちで請け負おう」
「だがいいのか? 俺たちはあんた個人の護衛だ。ここで俺たちを外しちまうと、王都ではお貴族連中しか周りにいなくなるぜ? 【
「ここで手を打たねば、ウワタンの拠点を完全に失う可能性があります。単に資金に飽かせて人を送り込んでも、この場合意味がない。最低限、陣頭指揮を任せる人間は、信用のおける人間でなくてはなりません。たしかに、お二人を手放してしまうのは、心細くはありますが……」
別にディラッソ君やポーラさんを信用していないわけではない。それ以外の人はまぁ、あまり信用していないが……。信用する程の付き合いがないともいう。どだい、政治を生業にしている者など、信用する方が間違いだ。
彼らは公共の利益の為なら、少数の不利益など一切の躊躇なく許容する。為政者というのは、そういう生き物だ。それを悪いとは言わないが、切り捨てられる側からしたらたまったものではない。
だから、彼らと付き合う以上は一定の距離感を保っておきたい。
「ウワタンの屋敷を攻撃したところで、僕らに然してダメージがあるわけではありません」
だからこそ、いまのいままで意識から外れていたのだ。だが、もしもここであちらに被害が生じたら、なんというかしてやられた感が強い。実際、忘れていたわけだしな。
「それは癪なんです。だからここは、二人にしか任せられません。頼めますか?」
僕が切実な声音でお願いすると、 二人はニカッと男臭い笑みを浮かべて力強く頷く。真っ先に、ドンと強く自分の胸を叩きつつ、ケーシィさんが答える。
「任せてくれ旦那! あの日受けた恩を、ここで返させてもらうぜ!」
「おうよ!! 手が必要なときはいつでも頼ってくれって言っただろ? むしろ、そんな大事な役目を任せてくれて、ありがてぇってもんだ! 当然、報酬は期待してもいいんだろ?」
ケーシィさんに続いてジョンさんも、豪快に請け負ってくれる。最後は冗談っぽく茶化していたが、お金で解決するなら正直、借金をしてもいいくらいだ。ウワタンを切り捨てたと他の使用人らに思われるより、よっぽどマシだ。
ガドヴァドからの使者が来た事は、既に僕らの敵には伝わっている事だろう。この街は、敵の勢力圏内とみていい。つまり、これ以降ウワタンを秘匿もできなければ、蚊帳の外においてくれる程敵も優しくはないだろう。
――手は打たなければならない。その一手が、この二人だ。
「いいんですか? 命懸けの仕事になりますよ?」
「おいおい。元々俺たちゃ、命知らずの荒くれ冒険者だぜ? 仕事はいつも命懸けだっつの」
ジョンさんがニヒルに笑い、ケーシィさんもなにをいまさらとばかりに肩をすくめて嘆息している。
「そもそも、護衛依頼だって基本的には命懸けだ。これまで同行した、森林やダンジョンの探索でもな。その忠告は、飯屋に刃物や火は危ねぇって言ってるようなもんだ」
そう言われると二の句を継げない。とはいえ、安請け合いなきらいがないわけでもない。冒険者は基本的に、モンスター駆除とダンジョン探索の専門家であって、人間同士の争いは専門外だ。無論、武力を生業にする以上、技術の流用もできるのだが。
とはいえ人と人との争いは、モンスターとのそれよりも陰惨で、文字通りの意味でなんでもありだ。その辺りの心構えが、ちゃんとできているのか……。
いや、そこは移動中にきちんと言い含めればいいか。我が家と同じく、基本的には地下に引き籠って隘路に飛び込んできた敵を各個撃破するだけだ。
「――では……、お願いします。早速で悪いですが、件の冒険者の宿にまで案内してください」
こういう予定外の訪問は、するのもされるのも嫌なのだが、今回は焦眉の急だ。無礼は金銭で補わせてもらおう。
僕は一度部屋に戻って、フェイヴに「一旦ウワタンの町まで行ってきます」とお貴族様連中に伝言を頼むと、そそくさと宿をあとにした。
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