第34話 冒険者たちのやる気とぶら下げられた餌

 ●○●


「報告は以上です」

「カァッ! じゃあアレかい? これから一月も、小鬼どもがダンジョン外に出てこないよう持久戦ってか? 勘弁してくれよ……」


 私の報告に、ラダが真っ先に反応して嘆く。小鬼の群れがダンジョンの外に出ないよう、長期間の防衛に徹する。これは、言葉から受ける印象程難しい事ではない。

 なにせ、三層の群れは勢力を拡張しようとはしていないのだ。三層への階段付近を防衛用の簡易拠点にし、一、二層のモンスターを掃討して物資の搬入路を保つ。この状態ならば、後続の特級冒険者や軍が到着しても、速やかに攻略に移れるだろう。

 案の定、チッチは拠点構築と物資の搬入路を確保するという方針を提示し、全員がそれを了承した。意外だったのは、【アントス】のフロックスがダンジョン一層に物資の集積拠点まで構築しようとしていたところだ。

 理由を訊ねたところ……――


「現状の、天幕に荷物を詰めただけの状態よりは、ダンジョンの方がマシよ。野生の獣、モンスター、虫、雨、湿気等々……。水や食料だけじゃないわ。予備の道具や武具なんかの保管環境も、きちんと共同で保管できる状態ができた方が、くすねようなんて輩が生まれなくていいわ」


 なるほど。それはわかる。先の作戦において、荷物を軽くする為に【頬白鮫ホオジロザメ】を拠点に残していくのは、かなり不安だった。これにはチッチとラダや【アントス】よりも、六級冒険者の方が切実な顔で頷いていた。

 彼らにとって、道具はまさに商売道具。爪に火を点すような思いで揃えた代物であり、モンスターとの戦闘での破損ならまだしも、盗難など絶対に避けたい事態なのだろう。

 特に、上級冒険者を目指す者にとって、より良い装備を揃える事は、自らの肉体や感覚、知識や技能を鍛えるのと同様の研鑽である。六級ともなれば、その研鑽の成果が一つや二つはパーティに存在する。それを盗まれるなど、文字通り死活問題なのだろう。

 ちなみに、依頼中の武器防具の破損や盗難に関しては、依頼達成時に場合によってはギルドから補償される場合がある。まぁ、かなりケースバイケースで、全額補償なんて事態は稀らしい。多分にギルドの過失や不慮の事態がない限りは、多額の補償はまず期待薄だという事だ。その辺りの匙加減は、まだ私には良くわからないところだ。

 ただ、それをアテにして依頼に向かうのは、命を賭け代にして詐欺を働くようなものだと、ショーンは言っていた。武器防具は、直接的に命に関わる代物だ。壊れたり盗まれたりする前提で、粗悪品を持っていったら、ギルドに申告する前に屍を晒す事になるだろう、と。

 セイブンは破損前提で、安物の武具を持ってダンジョンに入るのだが、これもまた例外なのだろう。


「兎にも角にも、まずあっしらは三層階段付近のモンスターの排除と、拠点の確保。下級冒険者連中には一層の掃討を任せ、できるだけ早く二層の掃討にも移れるようする。七級は、二層と三層の間の補給路を確保し続ける。あっしと他の五級連中は、その補給路になにかあった際には、その維持防衛に動く。グラ様と【アントス】の方々は殿しんがりになりやすが、三層の拠点を維持し続けてください」


 最後にそうまとめたチッチに、天幕内の全員がいっせいに頷いた。チッチは言及しなかったが、五級であるラスタとランは私と行動していいのだろうか。あとで確認しておこう。


「一ついいですか?」


 これで会議は終わりという雰囲気になったところで、私は挙手して問いかける。なぜか、天幕内にピンと張りつめた空気が流れる。


「ど、どうしたんで、グラ様?」


 恐る恐るといった様子で、チッチが問うてくる。そこまで怯えずとも良いでしょうに……。


支部長ギルマスのウーからは、この攻略班の作戦決定に関しては、自由裁量の許可を得ています。また、下級冒険者の増員に関しては、サイタン側で準備を進めるとの事。場合によっては、現行の戦力だけでも攻略は可能なのでは?」

「それは……」


 私の提言に、眉をハの字にして困り顔を浮かべるチッチ。そのままぐるりと、天幕内を見回すが、顔色から判別する意見は真っ二つ。

 肯定的なのは、ラダや五級冒険者たち。逆に否定的なのは【アントス】の面々と、一部の六級冒険者たち。この六級冒険者は慎重派というより、危険を冒してまで昇級を望んでいない者、あるいはまだ時期尚早だと思っている者だ。

 逆に、ラダと一緒に賛意を示した連中は、ゆくゆくは四級じょうきゅうを目指そうという者だろう。その為に、ダンジョン攻略という実績キャリアは垂涎の代物であり、多少の危険など些事に思えてしまえる心理状態なのだ。


「無論、いますぐというわけではありません。防御及び物資の集積拠点の確保、その維持管理と退路を確実に維持し続けるという方針に、私も否やはありません。先程も賛成しました。ですが、それらがすべて完了したのちまで、漫然と現状維持に腐心するというのは、いささか怠慢かと」

「まぁ、そういう事ならたしかにね……。実際、一、二層の掃討と拠点の確保自体は、そう間をおかずに終わるでしょう。で、そうなったら下級冒険者たちは手持無沙汰になるわ。全員で拠点の維持なんて人手の無駄遣いだし、それこそ良からぬ事を考える奴が現れる土壌になりかねないわ」


 私の言葉を肯定するように話を継いだのは、【アントス】のデイジーだ。一八〇の長身でスラリと立ち、肩口の青い髪を払いつつ、やや不機嫌そうな声音で彼は続ける。


「三層の拠点防衛だけなら、下級冒険者も使えるわ。でもそうなると、今度は私たちの役割が宙に浮くわね。まぁ、緊急時に下級だけで持ち堪えられるかって聞かれたら、まず無理だろうけど」

「なるほど。その浮いた時間で、攻略の糸口を探ろうってワケね、デイジーちゃん?」


 フロックスの問いに、腰に手をあて片足に体重をかけたポーズで、フフンと笑って頷くデイジー。なおも堂々と、彼は続ける。


「後続の到着前に、できるだけ情報を集めておくのは悪い事じゃないわ。なにより、それで攻略のアテができて、実際に攻略できるなら、伯爵家にとってもギルドにとっても万々歳じゃない? どちらも、本音を言えばいますぐ攻略して欲しいだろうし」

「それは、そうでやしょうが……」


 実際のところ、この攻略班の現状では難しいと渋面を浮かべるチッチ。己の指揮能力の低さを恥じているのかも知れないが、実際のところ彼は良くやっている方だろう。

 私自身がダンジョンに常駐していたとして、現攻略班を上手く迎撃し切れたかと問われれば……、まぁ追い返すのは不可能ではないだろうが、無駄にDPを消耗しただろう。全滅させられたかと問われれば、明確に無理だといえる。

 それくらい、彼らの動きは堅実だ。


「それにさ――やっぱムカつくじゃない!」


 デイジーがキッパリとそう言い切る。先程までの理論武装をかなぐり捨てた、本心だけの感情論である。


「私たちがここまで頑張ったのを、軍だか他所の特級冒険者だかに成果だけ掻っ攫われるなんて!」

「はぁ……。やっぱり、そんな事だろうと思った……。言っとくけど、功に逸って拠点の維持に支障を来したら、最悪責任問題なんだからね? 逆に、降格させられるかも知れないのよ?」


 フロックスの忠告にも、デイジーはどこ吹く風だ。まぁ、デイジー自身も無理に小鬼らの突破を図り、三層を攻略しようなどとは思っていないだろう。それなら、先程反対票を投じていたはずだし、私に真っ先に賛成しただろう。

 だが、デイジーの感情論に賛意が集まったのも事実。上昇志向の強い六級冒険者や、五級冒険者はその目にギラギラとやる気を漲らせている。


――先程まで、雑事を命じられて腐っていた様子とは大違いだ。


 そこに気付いたのだろうチッチが苦笑しつつ、肩をすくめる。デイジーがこうして賛意を示したのも、五、六級冒険者の士気を維持する為かも知れない。

 まぁ、私は完全に私たちの都合を優先したが故だが。


「なるほど、実際その通りでやすね。怠慢は良くねぇっす。あわよくば、伯爵様とギルマスを驚かせてやりやしょう。といっても、まずは情報収集ですぜ? 全員、それを肝に銘じるように! 抜け駆けを図るようなヤツがいたら、攻略どころの話じゃねえからな!」


 抜け駆けに関しては、私たちや【アントス】に忠告する必要はないからだろう。強い口調で言い含めるチッチに、先程よりも明るい表情の冒険者たちが頷いた。



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