第32話 ごく一般的な農村風景

 ●○●


 翌朝早く、町を出てきたホフマンさん一行と合流する。その一行に、昨日までと違って、馬車一台と数人の同行者が加わっていた。同行者は、昨夜見た【暗がりの手】の人たちだった。


「いやはや、勝手に頭数を増やしてしまって、誠に申し訳ございません。帝国での値が高い内に、在庫の塩と香辛料を、一気に売り抜けてしまいたく思い、こうして馬車一杯に詰めてきた次第でございます。はい」

「いえ、別に構いませんよ。そちらは、ホフマンさんのご親族ですか?」

。息子のベルントと申します」


 こちらに微笑みかけつつ、生真面目そうに挨拶を交わすベルント君。どうやら、親族という、昨夜の予想は外れていなかったようだ。しかし、思った以上に近い存在でちょっと驚いた。昨夜の堅物っぽい感じと、常のホフマンさんとが、あまり結びつかなかったのだ。

 いまは商人のカバーを優先しているのか、ベルント君もにこやかに応対してくれているが、ホフマンさんの自然な人当たりの良さと比べれば、やはりどこかぎこちなく、胡散臭い。


「いやはや、お恥ずかしい。愚息は愛想を振りまくのが本当に下手でございまして、堅苦しいでしょうが、どうかご寛恕くださいませ」

「いやまぁ、ホフマンさんに比べれば、誰だって不愛想ではあるでしょう。そこまで気になりませんよ。生真面目な商人っていうのも、悪くないと思いますよ?」

「いやいや。商人は一に愛想、二に愛想、三四は金勘定ですが、五も愛想でございます。このままでは、手前の跡を任せるのも不安で不安で……」


 ゆるゆると首を振るホフマンさんに、身のおき所のなさそうなベルント君。まるで三者面談で親にこき下ろされている生徒を見るようで、なんとも居たたまれない。なんとなれば、あんたらの本業は商人じゃなく、スパイだろうに。

 もしかしたら、ベルント君がいま一つ商人として身が入らないのも、自分は商人ではなくスパイだという意識があるからかも知れない。昨夜の張りつめた感じを見るに、彼の中での比重はかなりスパイに寄っている。まぁ、だからこそ、ホフマンさんよりも、余程御し易そうではあるのだが……。

 そんなわけで、人数の増えた一行だったが、特にトラブルも起きずに旅程は進んだ。戦闘は朝晩に街道から外れて行う、【誘引】を用いた食料確保のものだけだったし、そこでも然して特筆するような事件は起きなかった。豚鬼の皮が結構手に入ったのが嬉しかったくらいだ。

 シタタン=サイタン間には、他に町らしい町はないものの、いくつかの村が点在している。今夜は、その一つの村に宿泊させてもらう予定である。


「結構立派な防壁ですね……」

「そっすか? 普通こんなもんじゃねっすか?」


 村に近付いてきた僕は、その村をぐるりと囲うように作られた、高さ二メートル以上の丸太と逆茂木さかもぎの、柵というよりも立派な防壁に驚いた。壁にはそこそこの隙間はあるものの、体の大きなモンスターは通過できないような広さしかない。人間であっても、二人並んでは通れないだろう。そこに槍でも持って兵を並べれば、防御力の面では申し分ないものとなる。

 村の四方には物見櫓も設置されており、いまこの瞬間も、そこに見張りがいるのが窺える。

 ホント、村というよりも立派な防衛陣地である。それが、村という名前から受ける牧歌的なイメージから乖離していたからこそ、僕は驚きを露にしてしまったのだ。だが、よく考えれば大規模畜産が行えないような地域で、村だけ無防備であるわけもない。中世世界においては、石高こそが国力なのだから、農民こそ手厚く守られて然るべきだった。


「どこもこれくらい、ちゃんと防備を整えているものなんですか?」

「うーん、まぁここは結構広い村っすし、パティパティアにも近いっすからね。帝国のど真ん中の村とか、ベルトルッチ平野とかなら、もっと簡素な柵の村もあったっすね。ベルトルッチとかすげぇっすよ? 柵のない、畑に家々が隣接している村とかあるんすから」


 それ、僕のイメージする普通の農村だね。そういう観点で、いま向かっている村を眺めると、中心に柵のある村があって、その周りを囲むようにして畑がある。居住は中心の家々で行い、畑仕事をする際に自分に割り振られた畑に向かうという生活スタイルなのが見て取れる。外敵に対する警戒心が一目瞭然であり、そのせいで農作業という面では、多少非効率な生活様式となってしまっているようだ。

 当然、いざなにかが起これば、村人総出で防衛にあたるのだろう。あれだけの防衛設備があれば、並大抵の山賊では太刀打ちできないのではないかと思うが、そうでもないのだろうか?


「まぁ、あとここは、スパイス街道沿道の村っすから、いろいろと恵まれてるって面はあるっすよ。旅人に食料を売ったり、滞在費を取ったりって、副収入もあるっすからね」

「なるほど」


 流石に、この世界のすべての村が、ここまでの防備を固めているというわけではないらしい。だが、ただの村がこれだけ堅固な防衛拠点となり得るなら、この世界の戦争は、僕の知っているものとはまったく違うやり方をするのかも知れないな。せっかくの防衛拠点を、敵も味方もむざむざ放置はすまい。


「まぁ、とりあえず休めればなんでもいいですけどね」

「同感っすけど、気を付けてくださいね。村って、意外と危険っすから」


 それは以前、ラベージさんにも教えられたな。村の中では、モンスターに気を付ける必要はないが、その代わり村人に気を付けなければならない、と。

 なんでも、根無し草の旅人なんて、どこで消えてもおかしくないから、殺して持ち物を奪おうとする、盗賊紛いの輩がいるんだとか。最悪、村ぐるみでそれをやっている、村単位で野盗化している場所もあるらしい。


「まぁ、あの村は大丈夫でしょう。もしも、街道沿いの村でそんな事になっていたら、交易に支障が生じます。ゲラッシ伯がそれを許すとは思えません」

「まぁ、そっすね。とはいえ、油断はできねぇっすけど」


 それはそうか。久しぶりに屋内で休めると思って、どこかに抜けていた気を引き締めて、僕らは街道を進んだ。

 なお、下級竜を村に入れる入れないで一悶着あったが、そこはお金で解決した。良くも悪くも、杓子定規な町よりも、村長が管理する村の方が、こういう場合はフレキシブルなのだ。



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