第31話 公開可能な情報と後々への布石
「……これが、単純に属性術で強化された岩壁であるという可能性はありませんか?」
やがて戻ってきた青年の問いに、やはり僕の代わりにグラが応える。
「可能性という意味ではあり得ない事ではないでしょうが、ただ属性術で強化した壁と、ダンジョンの壁とでは、強度の桁が違います。属性術で強化したところで、岩は岩です。鋼鉄並みの強度になるわけでもなければ、
まぁ、それはそうだ。もしそれができるなら、すべての武器や鎧を、適当にレンガや石膏で作ってから、属性術で強化すればいい事になる。ごくごく短い時間なら、ただの石くれを鋼鉄並みの強度にする事もできるだろうが、それでも不壊という程にはならない。
対して、ダンジョンの壁はただの土や石であろうと、並の攻撃では壊せない。たぶん、セイブンさんは壊せるだろうが、フェイヴは壊せないだろう。フォーンさんも壊せないだろう。ィエイト君やシッケスさんは……、どうだろう。まだまだ、二人の実力の底を見ていないのでなんとも言えないが、たぶん厳しいと思う。それができるなら、バスガル攻略で挟み撃ちにされた際に、さっさと壁を破って横道を作っていれば良かったのだから。
「…………」
冒険者でなくても、その程度のダンジョンに関する知識はあったのだろう。青年は考え込みつつ、いまなお壁の破壊を試みている仲間を振り返って、さらになにかを確かめるように岩壁に触れる。
「なるほど……。しかし、ショーンさんの消耗が大きいように見受けられますが、これでパティパティアを縦貫できるような坑道を掘れるのですか?」
「この人工ダンジョンは、拓く為には大量の魔力と生命力を消費しますが、ただの拡張であれば、これ程の消耗はしませんよ。まぁ、消費が少ないとはいえませんが……」
あまりダンジョンに関する情報を漏らしすぎるのも良くないが、この程度ならまだ大丈夫だろう。なにより、彼ら帝国はこの人工ダンジョンに命どころか、国家の命運まで懸けねばならないのだ。なにも知らない、僕らに完全に生殺与奪を握られた状態では、いくらなんでも恐ろしかろう。
「帝国からベルトルッチまで、どのルートを選ばれるのかわかりませんが、だいたい一〇〇~二〇〇キロメートルくらいの坑道になるでしょう。山の中腹に出る形なら、もっと短くすむかも知れません。だとすれば、一日十キロ進むとしても、十日~二〇日で開通することになりますね」
勿論、変なルートを選ばなければ、という前提である。パティパティア山脈の北から、真っ直ぐ南に抜ける形にすると、山脈に対して坑道が斜めになる形になる。そうなると、無駄に長いルートになってしまう。南東に向かって斜めになる形でトンネルを掘るのが、最短のルートになるだろう。まぁ、航空写真とかがないので、ルートの策定はやはり、かなり手探りにはなるだろうが……。
「そんなに早く……。本当に、大丈夫ですか? 一日に十キロも坑道を掘り進めるなど、魔術師が一〇〇人いたとしても厳しいかと思うのですが……」
青年が驚愕しているが、直線距離二〇〇キロ程度ならば、それ程時間などかからない。無論、これが本来の属性術や、あるいは現代の重機を用いたトンネルの掘削に比べても、かなり早いという点は重々承知している。だが、ダンジョンマスターというものは、ダンジョン内においては、万能に近い権能を有しているのだ。
おまけに、坑道の強度を気にせずとも、崩落の恐れはない。これだけ楽であれば、トンネルなど、素人だろうといくらでも掘れるというものだ。
とはいえ、流石にこの日程はキツキツすぎるか。
「うーん、まぁなんのトラブルも起きない想定は、流石に見通しが甘いですかね。一応、一月くらいはかかると見ておいてください」
「それでも十分に早いですが……」
「まぁ、ダンジョンが本気を出すと、きっとこのくらいの速度で地中を広がれますよ。幸か不幸か、彼らは広がる事よりも、深くなる事を主眼においているようですので、地中を席巻されるという事はありませんが。ですが、もしも彼らがそれを目論めば……、かつての一層ダンジョンの脅威再び、といったところでしょうか?」
僕の言葉に、青年はごくりと唾を飲み込む。かつて、現帝国領に現れた異質なダンジョンの存在を思い出したようだ。彼ら間諜の敵は常に他国であり、人間なのだろうが、勘違いしてはいけない。人間の敵は、ダンジョンなのだ。
そして、それは僕も同じだ。僕にとっても――ダンジョンの敵は、人間なのだ。それを肝に銘じておかなければならない。
「なんて、まぁそんな事、今回の戦争には関係ないですからね。ただの、ちょっとした軽口だと思って、聞き流してください。そんな深刻そうな顔をされると、こっちまで不安になってくるじゃないですか。あ、そうそう。いま知り得た情報は、あまり流布しないでくださいね。これ、僕らの大事な研究の成果なので」
「承知しております。我らと、タルボ侯、あとは帝国軍の主要な方々の間にのみ、この情報を共有する事をお許しください」
そう言って頭を下げる青年に僕は、「それくらいならまぁ構いませんよ」と言って手を振る。まぁどうせ、ある程度の情報は漏洩するだろうけどね。
それ自体は構わない。むしろ今後、件のマジックアイテムを使用した際に、僕らの家や崩落跡に作った宿泊施設や鶏舎なんかに、ダンジョンの反応があった際の言い訳に、信憑性を持たせられるだろう。
「それじゃあ、ひとまず今宵はこの辺で。あまり長々とやって、情報漏洩のリスクを高める必要もないでしょう? 帝国にとっても、僕らにとっても、百害あって一利なしだ」
「それはたしかに」
帝国にとっては、せっかくの不意打ちの機会を逸する可能性を生む事になる。僕らは僕らで、ナベニ共和圏や、ただでさえ関係の思わしくない教会やらから危険視され、またもや暗殺者を送って来られるような事態に陥りかねない。
そんな面倒なお客さんの対応をするくらいなら、ダンジョンに籠っていたい。ただでさえ、最近ダンジョンにいるよりも地上にいる時間の方が長い気がしている。長時間地中に戻れないというのは、僕はともかくグラの精神衛生上よろしくない。
帝国=ベルトルッチ間のパティパティアトンネルを拓いたら、しばらくはダンジョンに引き籠って、四層の完成を目指そう。そろそろ、四層全体に幻術を施す段階に移行してもいいだろうし、いよいよ本格的にモンスターも作っていこう。
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