第30話 人工ダンジョン実演
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その日の夜、シタタンの町の東の森で野営をしているところに、忍び寄ってくる影があった。それは僕らに気付かれないように近付いてきたわけではなく、むしろ僕ら以外からの視線を気にして潜んできていた連中だった。
当然、ラプターたちを含めた僕らは全員、その存在の接近を感知していた。
「夜分に失礼いたします」
「【
「はい。左様です」
中肉中背、どこにでもいそうな青年が、固い表情で頷いた。どこか、ホフマンさんに似た顔立ちに思えるが、常にニコニコとしていた彼と違って、しかつめらしい表情が微動だにしないせいで、印象はガラリと違って見える。親族だろうか。
「ホフマンさんから、今宵の目的は聞いていますか?」
「いえ。ただ、ショーン様たちと合流せよとしか……」
「そうですか」
あの短い時間では、だいたいの時間と場所を伝える事しかできなかったのだが、ホフマンさんなら目的も予想はついていただろうに……。どうしてこの青年に伝えなかったのだろうか。
まぁいいか。僕は一つ頷いてから、グラに目配せをすると、焚き火に砂をかけて消火する。グラもささっと身支度を整えて立ち上がると、ラプターたちに荷物を背負わせた。
「では行きましょうか?」
「どこへ?」
「まぁ、人目に付かない場所、でしょうか」
青年の表情が、いっそう引き締まる。本当は、どこへ行くのかよりも、なにをしに行くのかの方が気になっているのだろうが、探りを入れていいものか迷っているのだろう。別にいいのに。
だから、助け舟を出すような気持ちで、僕は端的に目的を告げる。
「これから、帝国の皆さんが気になっているであろう、人工的なダンジョン生成の実演をご覧に入れます。気になるでしょう?」
ニヤリと笑ってそう告げれば、青年の表情はさらに険しくなる。任務の重要度を再認識したのだろうが、なんだかなぁ……。もう少し肩の力を抜いた方がいいと思う。
夜の森林地帯を、すいすいと進む僕らは、もしも他人が見れば異様な集団だったろう。僕もグラも暗闇を苦にする事はないし、【暗がりの手】の皆さんも夜目は利くようだ。ラプターたちも、実に危なげなく夜の森林を走っている。
まぁ、もしもこれを見た不幸な第三者がいたら、暗がりから手が生えてきて、その命を摘み取ってしまうだろう。可哀想に。
二度程モンスターと遭遇するというハプニングこそあったものの、目的の場所へはつつがなく到着した。昼間、ラプターたちの食糧を確保する際、当たりを付けていた岩場である。
再度振り返り、誰も尾行してきていないかを確認してから、適当な懸崖へと歩み寄る。【暗がりの手】の連中も、一言も発さずついてくるのだが、どうにも辛気臭い。ホフマンさん程とまではいわないが、もう少しフレンドリーに接して欲しいものだ。
「では、ここにします。予め言っておきますが、今日は少し掘り進む程度で、本格的に掘削はしませんよ?」
「はい。そもそもここは第二王国領で、この先にあるのは王冠領でしょう。ここに坑道を作られても、戦争に寄与しません」
青年が鉄面皮のままに返す答えに、僕は肩をすくめて嘆息する。帝国にとっての重大事だという事はわかるが、肩に力が入り過ぎだろう。まぁ、別にいいか。彼がこちらとのコミュニケーションを求めていない以上、こちらも必要以上に関わり合いになる必要はない。
「では、行きますよ?」
それでも一応、声をかけてから僕は壁面に手をつく。岩の壁面に生命力を馴染ませていく感覚、あるいは己の体が溶けて、岩壁と一体になっていく感覚で、己の領域を広げていく。
ダンジョンはこの最初の作業に、かなり莫大な生命力を費やさなくてはならない。しかも今回は、完全に無駄になるのがわかっている消費だ。それでもここで、僕が人工のダンジョンを作れる事を証明しておくのは、ダンジョンを探知するマジックアイテムの性能が未知数である点を考慮すれば、後々のいい布石となるだろう。
やがて、十分に生命力をDPとして馴染ませたところで、眼前の岩壁を変質させ、入り口を開く。開口部が出来た事で、ここが自分のダンジョンであるという事が、体感としてわかるようになった。
「――はッ! はっはっはっは……」
一度に大量の生命力を消費したせいで、僕は滝のような汗をかきつつ、地面に膝をつきそうになる。そこはすかさずグラが支えてくれたので、なんとか無様を晒さずに済んだが、やはりダンジョンを拓く瞬間の消耗は、何度経験しても慣れるものではない。
浅い息を吐きつつなんとか前を見れば、奥行き十メートルもないような、なんの変哲もない洞窟が生まれている。背後の【暗がりの手】の人たちが、戸惑うようにどよめいているのが聞こえて、そちらを振り向く。
ヒソヒソとなにかを話し合っていた彼らを代表するように、ホフマンさんに似た青年が代表するように問うてきた。
「ええっと、ショーン様……? これは、属性術で岩肌に穴をあけるのと、どう違うのでしょう?」
困惑を浮かべる彼らの疑問に、思考が鈍っているこの状態で、なんと答えればいいのか逡巡してしまう。だが、それに答えたのは僕ではなく、グラだった。彼女は不機嫌そうな口調で、吐き捨てるように青年の疑問に答える。
「そんなものは、壁を攻撃してみればわかるでしょう? ただの岩壁であれば、単純な工具でも削れるでしょうが、ダンジョンであれば傷一つ付かないでしょう。その程度の事、自分で考えてさっさと実行しなさい」
グラの冷たい声音に、彼らが委縮したように身を強張らせる。そしてすぐさま、グラの言ったように、確認の作業に移る。
無論、都合よく工具など持って来ていないだろうと思っていたのだが、スパイの秘密道具なのか、尻に丸い輪の付いた鉄杭のようなものを取り出して、壁に穿とうとする。
しばらくは、彼らがそれを壁に打ち付ける、カンカンという音を聞きつつ、体を休めよう……。
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