第29話 シタタンの町……の外

 ●○●


 翌日、翌々日とラプターの走行訓練をしつつ、スパイス街道を北西に進んでいたら、ようやく目的のシタタンの町が見えてきた。外観はほとんどアルタンと変わらない。規模も同等だろう。


「さて、それではここで一旦別れましょうか」


 僕がリッツェに騎乗したままそう言うと、フェイヴが首を傾げる。ようやく、舌を噛まずに騎乗で喋れるくらいに安定してきたが、これは僕の騎乗技術というよりは、グラの製作技術の賜物だろう。


「どうしてっすか? ショーンさん、シタタンには入らないんすか?」

「どう考えても、この竜が悪目立ちするじゃないですか。そもそも、騎竜なんて珍しいものを預かる施設がないと思いますよ? たぶん、入る入らない以前に、シタタンには入れてもらえないんじゃないかな」

「ああ、なるほど。それはたしかにそうかもっすね」


 さらに、現段階で騎竜がいると周知されるのは、ちょっと困る。このあと、帝国に密輸出しないといけないのだから。

 なにより、治安を管理する側からすれば、確実な保証もないのに、モンスターで竜種のラプターを町に入れるのは嫌だろう。預かる施設がないのなら、なおさらである。

 それでも町に入れようとすれば、頑丈な鉄格子の檻でも作って閉じ込めて運ぶくらいか。それが四つ。まぁ、都合良くそんなものがあるとも思えないし、わざわざ作っている暇もない。

 以上のデメリット山積の状態から、僕とグラはシタタンの町へは入らず、ラプターたちと野営という事になった。

 最初はフェイヴも残ろうとしたのだが、そもそも彼は、一応この一行とは別の目的でサイタンに向かうという態だった。それが、依頼遂行の支障になる可能性もあるというのに、特に意味もなく休めるときに休まないというのは、流石に冒険者としての道理に反している。

 そう指摘して、別れる事を納得させた。なお、ホフマンさんにはこっそり耳打ちして、をこちらに合流させるように伝えておいた。


「ようやく一息吐けるね」

「ええ。人間どもの目や耳を気にする生活というのは、やはり億劫ですからね」


 ウンザリとした表情のグラに、僕は苦笑しつつ頷く。こうして旅をしている間は、研究もできなければ、ダンジョンの作業もできないので、実に面倒なのだ。

 そんな事を考えつつ、僕らはシタタンから東の森林に赴いていた。目的は、ラプターたちの餌の確保である。ホワイトグリズリーの肉なんて、昨日の内にペロリであった。

 ちなみに、ホワイトグリズリーのトマト煮は、あの日の不寝番時に、ヘレナが取りおいてくれていたものを、食べさせてもらった。強い空腹とヘレナの腕のおかげか、実に絶品だった。結構な値で買い取りされるというのも、肉が貴重である以上に、あの味が所以だろう。

 ただなぁ、ラプターたちのエンゲル係数が気にかかる。これむしろ牧畜している地域の方が、騎竜の維持が困難なんじゃないか……? なぜなら、畜産ができるという事は、その地域にモンスターが少ない事を意味している。そうなれば当然、竜たちの餌は大事に育てた家畜たちとなる。必然、維持の為の費用も莫大になってしまうだろう。人に与えるべき食料を、騎竜に与えねばいけないのだから。


「まぁ、別にどうでもいいか……」


 正直、国がどのようにラプターを管理しているかなど、あまり興味はない。僕は十分に町から離れたと判断した場所で、リッツェから降りて、馬具に固定されていた【僕は私エインセル】を抜く。アルティに乗っているグラもまた、すとんと騎竜から飛び降りて、鯉口を切った。


「お前たちは、そこで身を守っていろ」


 言葉を理解できているとは思わないが、杖を向けて四頭一緒にいる事を命じてから、間髪入れずに杖を構えて詠唱する。


「【誘引ピラズィモス】」


 町の近くでやったら大迷惑な幻術だが、こうして離れた場所で使うならむしろ、町や街道の近くにいたモンスターも減って万々歳だろう。案の定、直後から続々とモンスターが寄ってくる。

 虫、虫、獣、虫、小鬼、小鬼、小鬼、小鬼、虫。


「虫と小鬼ばっか!」


 食用にできないものばかり集まってきた事に嘆いていたら、グラがくすりと笑ってからモンスターの駆除に走る。瞬く間に、様々なモンスターが両断されていくのを見て、僕も杖から斧に装備を変えてから、一歩踏み出した。


「それじゃ僕も――っと?」


 そのとき、予想外の方向でトラブルが起きている事に気付く。いや、これは初めから懸念しておいて然るべき事態だった。ラプターの内、コッロとスタルヌートが僕に襲い掛かってこようとしており、アルティとリッツェが必死になってそれを止めようとしていたのだ。


「あー、そりゃそうか……。こいつらも、モンスターだもんなぁ……」

「ショーン、その者らの処置をしてからで構いませんよ」

「了解。さっさと終わらせて戻るから、それまでお願い」


 抜いた【鎧鮫】と【橦木鮫】を構えて、投擲すると、ザシュッと、柔らかいものが両断される音が響き、コッロとスタルヌートの動きが止まる。勿論、僕の斧が二頭の首を落としたからではなく、彼らの鼻先の地面に、深々と刺さったからだ。

 それだけで、コッロとスタルヌートは正気を取り戻したのか、ブルブルと震え始め、アルティとリッツェは哀願するように僕を見上げてくる。いや、まぁ、こいつらからしたら、反抗したんだから殺されると思っているのかも知れないが、流石にこの責任をこいつらに擦り付ける程、僕も外道ではない。

 今回のこれは、完全に僕のミスなのだから。


「一応、アルティとリッツェにも【平静トランクィッリタース】をかけておくか」


 僕が構えた杖を、まるで処刑人の斧でも見るように眺める四頭。どうでもいいけど、なんかこいつらの中での僕って、滅茶苦茶恐ろしい存在として認識されてない? いやまぁ、舐められると人的被害につながりそうだから、別にいいんだけどさ。

 四頭に【平静】を使うと、今度は救世主を見るような、キラキラとした目で見上げてくる。

 おい、やめろ。こんなマッチポンプで忠誠心を植え付けるだなんて、いくらなんでも外道すぎる……。いや、でも、もしも今後ラプターの育成をするなら、調教手段としては最良といえる、のか……?

 ラプターで大儲け計画は、各国の戦力均衡を崩しそうだから、正直やりたくはない。だが、既に帝国ホフマンさん大商人シュマさん、そして第二王国フェイヴに見られている以上、あまり隠せるものでもない。勿論、偶然の一言で片付ける事も可能だろうが。

 そんな事を考えつつ、僕らはそれからモンスターを駆除した。ラプターたちがやたらと張り切って、モンスター駆除に加わっていたのは、【平静】のせいで危機感が薄れていたからだと信じたい……。


 荷物持っているんだから、暴れるなよと注意したが、理解できてるのかどうか。



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