第28話 絵に描いたトマト
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ラプターたちの餌は、ホワイトグリズリーの肉になった。僕らが倒した時点で、骨と内臓を除いた肉が数百キロ。どう考えても持っていける量ではないし、この場で保存の為の作業をするわけにもいかない為、投棄していくしかなかった代物だ。
それを、周囲の木を加工して作った
元々僕は、名付けにおいては絶望的にセンスがない。それは、装具の魚偏シリーズでお察しだろう。故に、そこら辺をアウトソーシングできるなら、それに越した事はない。まぁ、個人的にはスタルヌートもどうかと思うけどね。スティヴァーレ語でくしゃみだぞ、くしゃみ。
まぁ、外国語に直すとなんでも格好良く聞こえるのはあるあるだよね。そういう意味では、僕の魚偏シリーズだって、他の人にはそれなりに格好良く聞こえているかも知れない。
話を戻そう。この二頭が荷物を運んでくれる為、ラプターたちの食糧に関しては、そこそこ融通が利くはずだ。元々捨てていく予定のモンスターの肉を与えると思えば、負担はそれ程でもなくなる。定住した瞬間から、負担激増の予感だが……。
残りのアルティとリッツェは、一応騎乗用として試作の鞍と鐙をつけた。だが、これで本当に上手く乗れるのか、全然自信がない。それは、鞍と鐙を作ったグラも同様なようで、いつもの無表情にはどこか不満そうな色が浮いている。
「少し前傾姿勢で乗る感じ?」
「そうなるでしょうね。真上に乗る形では、やはり上下運動が激しすぎて、ろくに操縦もできないでしょう」
「やっぱそうだよねぇ……」
鞍の形から予想して問えば、やはりグラも同じように考えていたようだ。ただし、ラプターの上半身は、走行時にもかなり安定しており、首に寄り添うような形で乗ると、あまり揺れは気にならなそうだ。
前方も、横から窺うようにして走る事にはなりそうだが、鐙がそこそこ高い位置にあるので、立ち上がるようにすればラプターの頭の上から前を確認する事もできる。正直これは、聞くだに危ないのでやりたくはない。
「ひとまずはこんな感じ?」
「そうですね。一応形にはしてみましたが、どう考えても潜在的な問題がいくつもあるでしょう。それは、実際に騎乗訓練をしつつ、問題の洗い出しをしていくしかないかと」
グラが仕方がないとばかりに嘆息する横で、僕もまた諦めの境地でため息を吐く。ちなみに、鞍は木と革を使った代物で結構硬い。
現代ではもっぱら革の鞍が使われるが、昔の日本では木の鞍が主流だったらしい。その理由は、鞍の
どころか、巴御前は敵の首をねじ切ったとか。……まぁ、これは創作だといわれている。たしかに、仲間が七騎にまで減った状況で、首を折るだけで死ぬ相手の首を、わざわざねじ切る意味とかはないよね。なんにしても、恐ろしい話だ……。
ちなみに、情報源は歴女の母。
「とりあえず、やってみようか……」
ひとまず、リッツェと名付けられたラプターの背に取り付けられた鞍に乗ってみる。やはり、結構高い位置にあるので大変だと思ったら、リッツェはすっと身を伏せて、僕が乗りやすいようにしてくれた。
「なんか、可愛く思えてきたな……」
「下手な人間よりも、よっぽど利口ですね。ショーンに対して、無駄な手向かいもせず即座に服従してみせたのも、そう考えると知能の高さが故でしょうか」
「ラプターがすべてこのレベルで知能が高かったら、数万年後には新しい人類の一員になってるかもね。二足歩行だし」
「それはまた、斬新な発想ですね。竜種の人類ですか」
グラが、夢物語のような僕の危惧に苦笑しているが、どうかなぁ。あるかも知れないよ。地球の創作物には、人になる竜なんて掃いて捨てる程いたしね。
そんな事を考えつつ、僕はリッツェの首を一撫でしてから、鞍へと乗り込んだ。しっかりと鞍を腿で挟み、体感的には座るというよりは中腰の前傾姿勢で立っている感じだ。皮の手綱を握って軽く横腹を蹴ると、即座にリッツェが立ち上がる。
立ち上がる際の挙動もスムーズであり、少し早いエスカレーターくらいの感覚だった。これなら、もしかしたら馬よりもよっぽど乗りやすいかも知れない。
「よし、じゃあ行くか!」
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「……うっぷ……」
その日の夜、僕はホワイトグリズリーのトマト煮という、実に美味しそうなメニューを口にする事が出来なかった。
理由は、激しい車酔い、ならぬ竜酔いである。
竜と馬では、走法が根本から違うという点を見落としていたせいで、気付いたときにはこの有り様だった。馬は四足で走り、その際に騎乗して受ける衝撃は、上下のものに限られた。だが、ラプターの二足での疾走は、馬とも違えば、人間の走り方とも違う。端的にいえば、左右に揺れるのだ。
このせいで、まず鞍が外れた。走行中に投げ出されて、危うく頭から落ちるところだった。
この世界に来たばかりの僕だったら、間違いなく死んでいただろう。そう考えると、訓練の成果は着実にでているのだと、ちょっと嬉しくなった。
この事に、顔を真っ青にしたのはグラだった。自分の作った馬具のせいだと自責し、次は安全重視で革だけの鞍を作った。高さが減ったせいで、立っても前は見えなくなったが、そもそもあの走り方をする竜の背で立てるとは、現段階ではとても思えないのでその点はいい。
この鞍と鐙のおかげで、振り落とされる事自体はなくなったが、やはりその後も問題は山積していった。
ちなみに革は、街道整備の役人から買った豚鬼のものだ。僕らが昨日冒険者ギルドに売ったものと違って、一体丸々ではなかったものの、馬具にできる程度には大きなものだった。防具にできるような頑健な革ではないのだが、強靭でありながら、特有のしなやかさもあるそれは、馬具にはもってこいとの事で、使わせてもらった。
なお、正確にいうなら、この革を買ったのはホフマンさんで、僕らはさらに彼から買ったという形である。ホフマンさんは、少しの間革を持っていただけで、そこそこの儲けになったと喜んでいた。
それからも、様々な問題点の洗い出しと、鞍と鐙の改良をしていたのだが、日が暮れかけた段階で、自分が気持ち悪くなっているという点に気付いた。いくら頑強な依代の肉体とはいえ、内臓もあれば食事もする。慣れない横方向の振動に、体が不調を来したのである。
そうと気付いたときにはもう手遅れで、嘔吐感そのものは我慢できたのだが、とても食事に手を付けられるような気分ではなくなってしまっていた。っていうか、食べたら確実に吐く。
結果、ヘレナの作った美味しそうな香りに、ぐぅぐぅとうるさい腹の虫を抱えながらも、我慢しなくてはならなかった。なお、フェイヴの野郎は、こんな僕を後目に嫌々それを食べていた。
すぐに代われ。こちとら、依代になってから滅茶苦茶食欲が湧くんだからな? 旅路で疲れる事はないけど、いつもよりお腹は空くんだからな?
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