第33話 キュロットと羞恥心

 ●○●


 村長に滞在費及び、ラプターたちを村に入れる為の費用として、いくらかのお金を支払い、木製の門をくぐらせてもらった。さらには、道中狩った食用可能な肉類や毛皮、日持ちしない野菜や果実類なんかも、ここで穀類に換えるようだ。その交渉はすべて、ホフマンさんが担ってくれた。


「それにしても、村長って騎士なんですね」

「うん? それって普通の事じゃないんすか?」


 ホフマンさんが交渉している村長は、かっちりとした立派な服を着た四十代男性だった。村長の家には小さいながら厩もあり、農耕馬とは一線を画する立派な軍馬もいる。僕のイメージする農村の村長といえば、おじいさんだったのだが、あの人はれっきとしたゲラッシ伯配下の騎士のようである。


「村の村長って、普通は騎士なんですか?」


 リッツェの上から、隣にいたフェイヴに訊ねれば、彼は思案げに腕を組んで首を傾げた。


「まぁ、騎士である事が結構多いっすかね。そうでない村もそこそこあるっす。海沿いの村なんかだと網元だったり、人里離れた場所だと村一番の長老なんかが村長を務めて、商人なんかとの交渉を担っていたりするっす」


 なるほど。どうやら僕のイメージする農村も、ちゃんとあるようだ。ここは、スパイス街道沿道だからこそ、騎士が村長をしているらしい。


「騎士が村長をするというのは、馬や馬具、武器防具を維持する為ですか?」

「え? いや、それは良くわからねっすけど、そうなんじゃないっすか?」


 村としても、交渉や金勘定、さらには防衛の指揮を執れる人材を、村長として受け入れるのはメリットがあるのだろう。また、伯爵領にとっても、きちんと領に紐付けられている人物が村を管理するというのは、安心できるはずだ。ついでに、戦争が起こった際にも、村単位での集団行動ができれば、膨大な人員管理がしやすい。

 騎士個人にとっても、馬、馬具、武器防具を維持する為には、相応の収入を捻出する必要がある。スパイス街道沿道の村長という役職があれば、それを賄うのは難しくないだろう。

 もしそれを、国なり領主であるゲラッシ伯が負担するとなると、莫大な出費を追わねばならない。故にこそ、騎士という身分は、自分で騎士たる体裁を整えられるだけの財力が求められるわけだ。


「普通の騎士は、手柄を立てて領地を与えられるか、一から開拓するか、ここみたいに領主に村を任せられるかじゃないっすか。あとはまぁ、コネや実力があったりすると、衛兵の統括とか、近衛騎士だったりになれるヤツもいるっすね。あんま詳しくないんで、もしかしたら他にもいろいろあるかもっすけど、普段の騎士の役割っていったらこんなもんっすかね」


 騎士は、戦時における重要な騎兵戦力であり、国家にとっても貴重な存在だ。だからこそ、騎士は一応貴族として遇されている。中世世界における騎士、特に重騎兵は、戦争における最終兵器だ。地球の現代社会における、航空兵器のようなものだ。戦力的な意味でも、維持経費的な意味でも。


「ちょっと、ショーン! もう少しこちらに注意を払いなさい。わたくしが落馬ならぬ、落竜したらどうしますの!?」


 ヒステリックな声にそちらを見れば、グラが作った乗馬服のようなものに身を包んだベアトリーチェが、アルティの背でこちらを睨んでいた。

 最初は馬のように横乗りサイドサドルで騎乗しようとしたようだが、ここ数日、一から手探りで騎乗技術を確立しようとしているような騎竜でそれは、無理難題もいいところだった。

 たぶん、跨らないと横方向の振動で振り落とされると思う。もし振り落とされないよう耐えられたとしても、竜にも乗り手にも負担が大きすぎる。

 それでも最初は、跨って乗るのは嫌がったベアトリーチェだったが、ナベニポリスに捲土重来する際にも、横乗りでは格好が付かないと忠告したら、渋々だったが鞍に跨る事を了承した。

 現代人的な感覚の抜けない僕からすれば、なにをそんなに拘泥するのかという思いもあった。なにより、乗馬なんて庶民の僕からすれば、実にお上品なイメージがあったから、馬に乗るのを嫌がる貴婦人というのは、違和感が強かったのだ。だが、この世界の貴婦人からすれば、鞍に跨るなどはしたないという思いがあるのも仕方がないのだろう。

 乗馬服みたいなものも、グラに作ってもらうまでなかったようだし、そもそも貴婦人がズボンを履くというのが、非常識レベルに捉えられるらしい。これが一般人なら、冒険者なんかは女性でも、ズボンを履く人間は少なくない。だが、危険などない場所で、蝶よ花よと扱われる貴婦人にとっては、ズボンを履く女性というのは、スカートを履く男性のような認識だったようだ。

 そこら辺は、実際に作ったキュロットが完全に女性向けという事を見せて納得してもらったが、それはそれで体のラインが出て嫌だと文句を付けてきた。この世界の貞操観念ではそうなのかも知れないが、変にヒラヒラしてると、引っ掛けて落ちるんだよ。


「アルティは頭もいいし、ここ数日で人を乗せるのにも慣れてきました。変な真似さえしなければ、そうそう振り落とされませんよ」

「万が一という事もあるでしょう!? アルティが暴れ出したら、止められるのはあなただけなのですからね!?」


 いや、殺してもいいならフェイヴもシュマさんも、たぶんホフマンさんにもできるだろう。まぁ、いまとなっては僕も、この四頭を死なせるのは惜しいと思っているから、止めるは止めるけどさ……。


「いまは、変に竜たちを操ろうとしないで、背に乗せてもらっているというつもりでいてください。あと少し、そうしていられたら、休んでいいですから」

「もう結構辛いのですが……」


 見れば、太腿がプルプルしている。その豪奢な金髪の間から覗く額には、びっしょりと汗が浮いていた。村が見えてから騎竜訓練を始めたから、そろそろ三〇分くらいだろうか。温室育ちのお嬢様にしては、頑張った方だろう。

 鐙の形は改良したが、やはり前傾姿勢で首に寄り添う形がベストだという結論が出ていた。ただし、ラプターが本気を出して走る際に、彼らは頭を下げて、それこそ前傾姿勢になるので、その際には少し重心を後ろに戻す必要がある。

 なお、疾走時には視界が開ける為、ラプターの騎乗における視界の問題は、なにをするまでもなくクリアできた。

 つまりベアトリーチェは、三〇分程中腰のような姿勢を保持し、揺れに耐えつつアルティの背にしがみついていたとわけだ。きっと明日は、筋肉痛に悩まされる事だろう。


「もう少し頑張りましょう。それまではホラ、周囲の人たちに無様な姿を晒さないよう、お嬢様としての威厳を保たないと」

「この……ッ! どうしていきなり、騎乗訓練なんてさせるのかと思いましたら……ッ!」


 別に意地悪じゃないよ? ナベニ侵攻時に、ベアトリーチェが竜に乗れねばお話にならないのだから、どのみち訓練は必要だったのだ。そして、必要であれば、善は急げなのだ。

 別に、グラが作った乗馬服に散々文句を付けてきたのにムカついたとか、その為に下着まで作らされた事とかを恨んでたわけじゃないよ? 本当だよ?



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