第34話 普段は捨てられるお肉でこのお味!
「ふぅ……」
アルティから降りて、ヘルメットも兼ねた帽子を脱ぎ、軽く頭を振ってため息を吐いたベアトリーチェ。その姿は、黒を基調とした、スマートな遠乗り用のジャケットに、クリーム色のキュロット、編み上げのブーツと革手袋という、スマートで凛々しいものだ。スカート姿ではない貴婦人というのは見慣れないものの、その洗練された姿は、並のドレスなどよりもよっぽど女性としての美しさを引き立たせていた。
おまけに、竜から降りたベアトリーチェの側には、侍女のヘレナが侍り、乗馬帽を受け取ると、さりげなく汗を拭いたり、軽く髪を整えたりと、かいがいしく世話を焼いている。
そんな主従の姿は、いかに主要街道沿いの村といえど、やはり目立つ。極めつけに、彼女がこれまで乗っていたのは、国でも貴重な騎竜である。当然、ベアトリーチェは、村人やたまたま滞在していた旅人たちからの注目を集めた。そして、誰よりもそれが気になるであろう村長は、ゲラッシ伯配下の騎士だ。当然、彼女らは誰なのかと質問されて、ホフマンさんが四苦八苦していた。
「足がガクガクしてますわ……」
「まぁ、初日ですしそんなものでしょう。一応、明日一日は休養してもらって、出発は明後日という事にしておくよう、ホフマンさんにはお願いしておきますよ。今日明日は、安静にしていてください」
「あら? 先を急ぐのではありませんの? わたくしは、今日一日休めば大丈夫かと思いますわよ?」
このお嬢様はもしかして、これまでの人生で筋肉痛になどなった事がないのだろうか? いくら箱入りといったって、ダンスだの、歩き方だの、それこそ乗馬も横乗りできるだけの訓練くらいはしただろうに。
「お嬢様……」
僕が呆れていると、ヘレナがベアトリーチェになにかを囁き、その後に了承を告げられた。きっと、言葉通り休ませてもらうよう、諭されたのだろう。
よく考えたら、竜を手懐けたせいで、峠越えをしたあとのシタタンは一晩で発つ事になったからな。その前も、ベルトルッチから第二王国の旅路に加え、襲撃され、そこからアルタンまで徒歩だったのを思えば、この二人にとっては、かなり過酷な旅程だった。そろそろ、十分な休息が必要だったのかも知れない。
そんなこんなで、村の一角にあった空き家を借りて、久々に屋根の下、温かい寝床を確保できた僕らは、夕飯の準備に勤しんでいた。といっても、基本はヘレナの手伝いだ。
彼女は、この村に滞在している間に、日持ちするものをいくつか作るつもりのようで、明らかに今晩用のものではないものまで手掛けてはいたが、それにかまけて今晩の夕食をおざなりにするつもりはないようだ。テキパキと料理を片付けていくその手際は、正しくプロの所業だった。
やがて、お手伝い程度ではやる事のなくなった僕らは、大人しく食卓に着いて、テーブルに並べられていく食材を眺める係と化していた。
「「「…………」」」
次々とできあがるご馳走を前に、僕とシュマさんとフェイヴは、お預けされた犬のように、晩餐のときをいまかいまかと待っていた。興味なさげなグラは、手元に【
なお、ベルントさん率いる第二陣は、馬車と一緒に村の広場のような場所での野営である。家が余っていなかったというのもあるが、なにより積み荷の安全を優先しての事らしい。ラプターたちも彼らと共にいるが、なにかがあるといけないので、定期的に僕が様子を見に行く事になっている。
やがて、最後の一品を完成させたヘレナが、ドンと食卓に乗せた皿には、今朝狩った
「うひょおッ!? こりゃあとびっきりのご馳走っすね!」
「ん。早く食べよ」
フェイヴが歓声をあげ、シュマさんも両手にナイフとフォークを構えて、ダラダラと涎を垂らしている。僕もまた、腹の虫の苛烈な要求に耐えかねて、ヘレナを見る。
彼女は同じ卓についているベアトリーチェを見て、彼女が頷くのを確認してから席につく。
それから、ホフマンさんの挨拶を経て、僕らはいっせいに食事に飛び付いた。
まずはやはり、トリプルホーンだろう。ジューシーな脂が滴る赤身肉に、ヘレナの作った塩と香草がいい塩梅の赤ワインソースが絡み、最高の味わいだ。
「ちょっと、ショーン。お行儀が悪いですわよ?」
「あなたも、パンは手で食べているじゃないですか」
「それはそうですが……」
ついついパンに挟んで食べてしまったのだが、それをベアトリーチェに見咎められてしまった。こちらの世界のテーブルマナー的に、パンは手で食べるものだが、パン以外の料理はカトラリーを用いて食べるのが流儀だ。
そして、パンはパン単体で食べるもので、精々皿に残ったソースをパンに付けて食べるくらいで、サンドイッチのように挟んで食べるのは、テーブルマナー的にはダメらしい。
まぁ、庶民であれば普通にサンドイッチも食べるし、おかしな事じゃないだろう。シュマさんも食べてたし。
それにしても、本当に美味い。トリプルホーンの肉は食用として取り扱われるが、一般的には角の方が価値が高いとされている為、多くの場合投棄されていく。せっかく肉の需要が高いのにという思いもあるが、時間が経てば経つ程価値が減じていく生肉よりも、安定して高価値な角の方を優先してしまう、冒険者の心理もわからないではない。
だがやはり、こうして実際にこの味を堪能すれば、勿体なく思ってしまうのが人情だろう。今回はラプターたちがいたからこそ、数百キロの牛の肉を運ぶ事が出来た。だがその大部分が、あの竜たちの胃袋に消えていくのかと思うと、やはりちょっと贅沢なんじゃないかという思いも抱く。
せめていまは、ヘレナの作った極上の料理として、腹いっぱい堪能しよう。
なお、翌日ベアトリーチェが起きてこなかったのは、食べ過ぎか筋肉痛かは、わからないとだけ言い添えておこう。
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