第20話 ギルドの受付(男)

 挙動不審な様子に気付いた職員さんは、僕がなにを考えているのかを察したようで、柔和に微笑んでから口を開いた。


「ご安心ください。当方に、前回の件であなたを処罰するつもりはございません。といいますか、いまだ冒険者登録もされていない方を、ギルドが勝手に処罰する事はできかねます」

「な、なるほど……」


 よかった。どうやら、前回の騒動はそれ程大きな問題になっていないらしい。


「六級冒険者モッフォさんの方は、ギルド側から処分を下しました。冒険者でない方も訪れるギルド内で、武器に手をかけようとした点や、あなたに対する嫌がらせ、職員からの注意を無視する等の、不適切な行為もありまして、現在は謹慎処分となっております。ギルドからの依頼の斡旋を停止する程度で、どこかに閉じこもるよう命令したわけではありませんが、ギルドとしてはこれ以上の処分はできません。ご了承いただければ幸いです」

「あ、はい。問題ありません」


 いや、結構な大問題になっていた。まぁ別に、あの仁王像がどうなろうと興味はない。それ以上の罰も望まないし、これ以上関わり合いにさえならなければ、どこでなにをしようと知った事ではない。


「それと、このたびあなたも十級冒険者となられるとの事ですので、今後なにかあった際には、同様に処分します。できればギルド内においては、応戦ではなく、ギルド職員に助けを求める形で対処していただきたく思います。相手が剣を抜いていない状況で、マジックアイテムを使用されますと、下手をすればあなたが先制して攻撃したと見られる場合もあり得ます。前回と同様の状況であれば、双方ともに処罰されると考えておいてください。?」

「は、はひ……」


 なにこの人、こわっ!

 表情は笑顔のままなのに、最後の台詞にものすごい迫力があった。周囲の温度が、一気に十度くらい下がったように錯覚したよ。

 それとマジックアイテムってのは、提灯鮟鱇の事? 人間社会では、そう呼ばれているのかな?


「では、こちらに必要事項をご記入ください。代筆は必要ですか?」

「い、いえ。だ、大丈夫です」


 受付の男性から目を背けるように、差し出されたなにかの皮紙の空欄を埋めていく。なんちゃって仁王像なんかより、この人の方がずっと怖い。

 名前はいいとして、出身はどうしよう。それ以外には、得意な武器って項目は……まぁ、剣でいいか。え? 現住所? ダンジョンの場所を、冒険者ギルドに教えろって?


「わからない点は、未記入で構いませんよ。ご自分の出身の村の名前を知らない方は、結構多いですからね。住所も、宿を点々とされている方は、無記入の場合が多いです。ただその場合、死亡が確認されても、ご家族や知人にその報告ができなくなります。その点をご了承ください」

「あ、はい。ならこれで……」

「はい。ショーン・ハリューさんですね。では、少々お待ちください」


 正直、こんなものがIDになるのかと、心配になるレベルで、記入した個人情報の量は少ない。というか、正味名前だけだ。そして、その名前すら確認もせず受理したって事は、偽名でも構わないのか。


「やっぱり、十級冒険者ってのは消耗が前提の、鉱山のカナリアなんだなぁ」


 僕は口にはせず、心中でそう呟いた。しかし、それは独白ではない。


「そのようです。日々モンスターの駆除を行う人材として、社会を支えるエネルギー源である魔石の採取を担い、最低限の扶持を与えて飼い慣らす」

「まるで炭鉱奴隷のようだ」

「まさにそうですね。そして、なんらかの異変や危険があれば、真っ先に命を落とす事で警報代りとする。それ故に、十級から八級の、所謂下級冒険者には、短期間で一定数のモンスターを討伐する義務が課され、町の周辺に配される。前回の女から聞き出した情報を精査して予測した通りの扱いです」

「だから細かい身分証明も求めないし、なにがどれくらいできるのかにも、興味はないって?」

「この冒険者ギルドという組織が、個人に対して意識を向け始めるのは、四級から上の、所謂上級冒険者と呼ばれる人材のみでしょう」


 前回、グラが受付嬢から説明を受けた内容は、その日のうちに僕も聞かされた。

 十級から八級の冒険者が、下級冒険者。七級から五級の冒険者が、中級冒険者。四級から二級までが上級冒険者。一級冒険者はそのまま一級冒険者と呼ばれるらしい。

 下級冒険者の役割は、さっきグラが言った通り。それに加え、繁殖力の強いモンスターが増えすぎないよう、人海戦術で間引く為の人足扱いだ。ただし、そのせいで就職の為のハードルなどないも同然で、胡乱な輩も多い。下級冒険者なんて、町の住人からすれば、チンピラや浮浪者と大差ないという扱いらしい。

 中級冒険者は、そういう十把一絡げな扱いは受けない。一応は、ここからがプロの冒険者という認識のようだ。

 ただし、とりあえずノルマの緩くなる七級になろうとする者も多く、六級、七級あたりは、下級冒険者と同じような目を向けられる事も多いそうだ。

 上級冒険者に関しては、もう戦闘のプロフェッショナルとして、ギルドからも国からも頼られる存在になる。その活躍の場は主にダンジョンらしい。

……と、前回はここまで聞いたところで、あの男が絡んできたのだ。


「自然な流れで、ダンジョンについての情報収集ができそうだったのに……」

「まったく、忌々しい……」


 僕は嘆き、グラは不機嫌そうに吐き捨てた。

 そこで、男性職員が戻ってきた。


「お待たせいたしました。こちらが、下級冒険者用の、冒険者証となります。下級冒険者の場合、再発行はいたしませんので、紛失にはお気をつけください」


 男性職員が差し出したのは、綺麗に磨かれた銅のプレートだった。その表面に、僕の名前が彫られている。なるほど、ドッグタグってワケか。


「再発行されないって、それでも冒険者を続けたい場合、どうするんですか?」

「再登録し、もう一度十級からやり直していただきます。十級冒険者は、一週間で四個の魔石を納入できなかった場合にも、冒険者資格の失効処分となります。再登録には、当然銀貨一枚が必要になりますが、登録料に関してはギルドに借金という形で、依頼料から前借りもできます。ただし、これを繰り返された際には、詐欺として当局に引き渡す事もありますのでご注意ください。その場合、当然ではありますが、ギルドはその者の身分を保証しません」


 なるほど。どうやら、前回銀貨がなくても、登録自体はできたらしい。まぁ、商人の係累って偽ってたし、それはそれで不自然だったろうけど。


「わかりました。そういえば、受付さんのお名前を伺ってもよかったですか?」

「おや、自己紹介が遅れ申し訳ありません。私はセイブンと申します。今後とも、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 そう言って僕は冒険者証を受け取り、首にかけた。

 こうしてとうとう、僕は正式に冒険者になった。



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