第19話 二度目の冒険者ギルド
それからさらに一週間。
僕の語学のお勉強は、定型文ならほぼ問題なくヒヤリングもスピーキングもできるまでになっていた。なんせ、スパルタ教師グラのお墨付きだ。
読み書きも、特にもって回った言い回しでなければ、ある程度難しい文章でもできる程度になった。
ホント、頑張った……。たった二週間で、たいして頭の良くない僕が、良くもまぁ未知の言語をここまで理解するに至ったよ。
今日だけは、自分を褒めてあげたい。よく頑張ったよ、僕……。
「では、今日は再び、あの冒険者ギルドに行くのですね?」
だが、そんな感慨など意にも介さず、グラは淡々と本日の予定を確認してきた。もう少しこう、褒めてくれてもいいんじゃない?
「そうなるね。騒ぎのほとぼりも冷めた頃合いだろう。情報収集は早い方がいいし、一度訪ねた際にも、問題は起きなかったしね」
「問題は起きたでしょう? 【鉄幻爪】提灯鮟鱇であしらいましたが、こちらに敵意と害意を向けてきた男がいたのを忘れましたか? あの男が、こちらに恨みをもっている可能性は、低くはありません」
「あ、ああ、うん……」
ごめん……。できれば【鉄幻爪】は忘れて欲しい。提灯鮟鱇だけなら、物干し竿とか髭切とか蜻蛉切とか、ちょっとコミカルな感じの武器の通称っぽいけど、【鉄幻爪】はちょっとイタかったかなぁ……って。
「ま、まぁ、そういう危険はおいといて、僕が言っているのはダンジョン的な危険だよ。身バレしたり、警戒されたりする心配はなさそう、って意味」
「なるほど。たしかに、武装を整えた現状で、あの程度の相手は、取るに足らない脅威でしかありません」
グラの言うように、今日の僕は完全武装である。
以前の服装に近い、ダークブルーの革鎧、手甲、脚絆に、腰には素人の僕でも取り回しができる程度の小剣。これらすべてはグラのお手製であり、当然魔力の理が刻まれている。
さらに、理は刻まれていないものの、革靴ではなく
以前理を刻んでもらったベストは、この下には着ていない。なんでも、魔力の理を刻んだ装具が長時間接触状態にあると、干渉し合って効果が落ちたり、最悪使用不能になってしまうらしい。ブーツに理が刻まれていないのも、脚絆と接触するからだ。
だったら、シャツも脱ぐべきなんじゃと思ったが、身体能力の補助はどちらかといえば生命力の理の領分だから干渉しないんだとか。
そりゃそうか。普段から、シャツとベストを一緒に着てたしね。
しかし、ううむ……。ベストの理と、シャツの理でなにが違うのか……。まだまだ勉強不足という事らしい。
ちなみに手甲は、前腕を覆う程度の代物なので、右手の提灯鮟鱇とは長時間接触しない。
「しかし、
いや、この世界の武装の基準とか知らないけどさ。革鎧とか手甲とか脚絆とか、銅で装飾されてて、かなり派手なんだよ。補強の意味もあるらしいんだけど、だったらこんな意匠は必要ないと思う。
ちなみにこの銅は、潰れてしまった銅貨が元になっている。
「大丈夫でしょう。人間の視線を気にして、見窄らしい格好をする理由がありません。身だしなみを整える手段があるのにそれをしないというのは、怠慢であり失礼です。誇り高いダンジョンコアは、常に洗練された姿であるべきです」
「そう言われちゃうとねぇ……」
僕の姿は、ある意味ではグラの姿でもある。そう考えると、わざわざ汚いものを身に付けるべきだとも思えない。まぁ、なんとかなるさ。
「それじゃあ、いま一度
「ええ。この窮地を脱し、地中深く潜る為に」
そうしてやってきました、冒険者ギルド! 道中特に問題など起きず、今回は衛兵さんに道を聞く必要もなかった為、本当にすんなりと、石造の建物まで到着できた。
ただ、ここまでくるとやっぱりちょっと緊張するな。前回があんな感じだったし。
「ふぅ……。よし! 行くか!」
気合を入れ直し、冒険者ギルドの扉に手をかける。相変わらず、手入れの行き届いた、スムーズな開閉である。
ギルド内部は、前回と然程変わらない光景が広がっていた。受付の職員と、掲示板の前にちらほらといる冒険者。その冒険者のなかに、前回のあの男がいない事は確認した。白人系仁王像みたいな男だったので、見間違えるおそれはないだろう。
だが、油断はできない。別人であろうと、あのような男は他にもいるのかも知れないのだから。
僕は警戒しながらも、前回と同様に受付に向かう。前回の受付嬢はいないな。今日は非番かな。
事情を知ってるあの人に応対してもらえれば、話は早くすみそうだったんだが。
「こんにちは。ようこそ、冒険者ギルドへ。ご依頼でしょうか? それとも、他になにか御用でしょうか?」
あまり特徴のない容姿をしている、三十代くらいの男性職員の受付に向かうと、柔らかな声音でそう聞かれた。人柄の良さそうなおじさんって感じだ。
「冒険者になりにきました。これが登録料です」
「はい、間違いなく。失礼ですが、以前当ギルドに来られた事はありませんか?」
「え、あ、まぁ、はい……」
僕は曖昧に頷いた。
できれば紋切り型のやり取り以外はしたくない。ついでに言うと、丁寧な口調で話さないで欲しい。僕のヒヤリングは、まだ日常会話レベルなんだ。
「もしかして、六級冒険者モッフォさんに幻術を使って逃走した、冒険者志望の方ではありませんか?」
「え、えーと……」
どうしようか……。もしかしてこれ、不穏な流れってヤツ? ああ、提灯鮟鱇外してくれば良かったっ! それ以外はあのときとまったく違う装備なんだし、誤魔化せたかも知れない。
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