第18話 とりあえず、ジョブは幻術使いって事で

「さて、ではまずそのダンジョン拡張用ツール、仮にダンジョンツールと呼びましょうか。そのダンジョンツールは、生命力の理と魔力の理とが複雑に絡み合った術理となるでしょう」

「うん、まぁ、そうだろうね」


 生命力の理と魔力の理。この二つは、違うようで似たようなものだ。

 誤解を恐れず、本当の本当に単純化するなら、生命力とはHP、魔力はMPといえるかも知れない。

 ただし、魔力は生命力より生成されるエネルギーである為、必ずしも別物ではない。

 そういった観点からみると、生命力の理というのは、ゲームなんかでは回復、支援バフ、スキルみたいなものを指す。生物が食物などを得て、体内で生成する生命力を活用し、なんらかの効果を生む理だ。

 そして、魔力の理は、いうまでもなく【魔法】とか【魔術】とかの事だ。

 ゲーム脳の僕には、この生命力と魔力との関係が、ちょっとややこしく思える。完全に違うものではないのだが、同じとするには分野が違いすぎる。電気工学と電子工学みたいなものだろうか? いや、余計わかりにくい。


「そのダンジョンツールって、ダンジョン内で使うって事は、生命力の理を主軸にするの? ダンジョンの拡張や改装なんかは、生命力の理で操作するんだからさ」

「そうなるでしょう。ですが、すべてを生命力の理で扱うには、複雑な操作と情報処理が必要となる面が多くなりそうです」

「うわぁ……。聞いてるだけで、頭こんがらがりそう……」


 この段階で、本当にできるのだろうかと、ちょっと弱気になる。ただまぁ、難しい事はグラに任せて、僕は言われた通りにやっていればいいかなと、無責任な思考も、頭の片隅にはあった。


「それで? 結局僕はなにすればいい? そのダンジョンツール開発の研究には、まったくお役に立てなそうだけど」

「そうでした。ショーンには、魔力の理のうち、【魔術】の幻術を優先して覚えてもらいたいと思っています」

「幻術?」


 それって、提灯鮟鱇に刻んだアレ?


「はい。ショーンは既に、ダンジョン内でモンスターの作成に成功しています。つまり、生命力の理において、幻術を使っています。親和性が皆無というわけでもありませんので、魔力の理において幻術を修得するのは、そう難しくはないでしょう」

「ああ、なるほど。言われてみればたしかに」

「加えて、私の依代を作るともなれば、生命力の理における幻術にも熟達しなければなりません。魔力の理における幻術に長けておくのも、あなたの望みを叶える助けとなるでしょう」


 おお、それは朗報だな。たしかに、モンスターを生み出す方法を応用して、グラの体を作ろうとしているんだから、幻術の勉強は必須だ。どうせなら生命力と魔力、双方の理を学んでおいた方がいいだろう。


「そして、ダンジョンツールの根幹として私が想定しているのも、幻術なのです。下手に生命力と魔力とを干渉させ合うよりも、ショーンが己自身に幻術をかける方が、術理が複雑になりません」

「おおっ、なるほど! もう幻術を習わない理由がないな!! ……ってあれ? それってつまり、ダンジョンツールという幻覚を、僕が自分自身に見せて、その幻覚の画面を操作し、僕自身は無自覚なまま生命力を操作して、ダンジョンを作るって事なんじゃ?」

「そうですよ。よくわかりましたね」


 てっきり、なんでもできるすごい魔法を作るのかと思ってた。思ったよりも単純な方法らしい。


「いやまぁ、言うは易し、行うは難しってヤツなんだろうけどさ」

「そうですね。現状の想定ですら、問題点が多々あるのはわかっています。ですが、実現すればダンジョンの保全には絶対に役立ちます。シンプルですが、間違いなく画期的なブレイクスルーとなるでしょう。ショーンは己の功績を、素直に誇っていいと思いますよ」

「え? いやいや。これって、グラの功績でしょ? 僕なにもしてないよ?」

「この発想の根本は、ショーンの発言です。あれがなければ、私は単純に生命力で掘り進む程度にしか、考えていませんでした。方法とて、ショーンが幻術を覚えねば、実行できません。まず間違いなく、賞賛されるべきはあなたでしょう」

「いやいやいや!!」


 どう考えても、褒められるべきはグラだ。僕はただ単に、横着したいなぁと愚痴を漏らしたにすぎない。

 それを実現できそうな段階まで、仮説を立てたのは間違い無く彼女なのだ。それを、ただ元となった与太話をしたというだけで褒められるなんて、逆に恥ずかしい。


「……って、そもそも誰に賞賛されるんだって話か」

「それはそうですね。ですが、私は間違いなく、あなたの功績だと思っています」

「僕は間違いなく、グラのお手柄だと思ってるよ」


 そう言ってから、二人して笑う。結局、僕らは二心同体なのだ。もし賞賛される事があるならば、二人一緒にその栄誉に浴せばいい。

 いやまぁ、それでも僕が半分も賞賛を受けるのは、どうかと思うけどさ……。


「じゃあ、今日からは魔力の理、【魔術】の幻術も学んでいこう。できれば、これを優先的に」


 ふふふ。ワクワクする。

 それ以外の事って、なんていうか必要に迫られて仕方なくやるって感じだけど、これは僕が本心からやりたい事だ。なにせ、魔法使いや魔術師になる訓練なのだ。いや、この場合幻術師か。

 いやぁ! 楽しみだなぁ!


「語学が優先では? 次に冒険者ギルドを訪ねる際にも、私が体を操作するのですか?」

「あぅ……。忘れてた……」


 そうだね。やりたい事があるからって、やらなきゃならない事を疎かにしちゃ、ダメだよね。そもそも、魔術を修めるには語学も必修らしいし……。

 なにより、グラにとって人間と接するのはストレスなのだ。できればやりたくないだろう。早い段階で、僕が日常会話レベルの語学を習得するべきだ。

 でもやはり、幻術の習得は優先しなければならない。なにせ、覚える事で得られるメリットが多すぎる。

 グラの体。ダンジョンツールの研究。僕自身の身を守る術。ダンジョンで魔物を生むのも、そのルーツこそ違うものの、幻術の一種である。ならば【魔術】の幻術を学ぶ事は、理解を深めるきっかけにもなるだろう。

 結局、語学と幻術、この二つを同時にみっちりやる事になった。語学は、日常会話に加えて、幻術関連の用語や言い回しを優先するらしい。


 睡眠時間? 極論すればダンジョンコアには、他の生命活動と同じく、睡眠の必要なんてないんだよ……。



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