第17話 危険な状況と、未来の希望

 やっぱり、人間側のダンジョンに対する認識と、対抗策を知っておきたい。となると、やはり……。


「いずれはダンジョンを広げなければいけない。そのタイミングを測る為にも、やはり冒険者ギルドに入り込もうと思う」

「……、……そう、ですね」


 やっぱり、グラ的には不本意なんだろうな。人間なんて放っておいて、ダンジョンを深くできれば、それに越した事はないのだろう。町中に生まれてしまったからできないが、そうでなければひたすらに地中に向かっていたに違いない。


「それと同時に、ダンジョンを少し広げようと思う」

「本気ですか?」

「少しだけだよ。具体的には、この家の敷地面積分くらい」

「ふむ……」

「毎日、少しずつ広げていく予定だ。それなら、振動で気付かれても、住処の拡張工事だと言い張れる」


 たとえば、この部屋の隣にもう一つ部屋を作って様子を見て、大丈夫そうならもう一つ、という具合に掘り進めたい。

 もし震動で周囲に勘付かれても、地下室を広げているだけだと言い張れるだろう。


「震動以外に、ダンジョンを見つける方法があった場合にはどうします?」

「たしかにその点は危険だけど、それは拡張を先送りしても解決しない問題だ。もしそんな方法があったら、町中にいる限り、ダンジョンを広げれば結局発見される。だったら、思い切ってこのダンジョンを放棄し、この町から離れる決断をすべきだと思う」

「無理です」


 おや? 随分とキッパリ否定された。これは予想外だった。


「ここにダンジョンを作る以前であれば、その決断もできたかも知れません。ですが、ダンジョンを作るには、ダンジョンを拡張するよりも多量の生命力を必要とするのです。ダンジョンは、ダンジョンコアにとっての体であり、口であるのです。食物を捕食する手段を全て放棄して放浪するなど、正気の沙汰ではありません」

「なるほど。その言い分はもっともだ」


 それでは、このダンジョンを棄てるという行為は、危機からの逃避ではなく、緩やかなる自殺でしかない。グラが断言するのも当然か。

 まだまだ人間としての意識が強いのか、追い詰められたらダンジョンを放棄して逃げればいいと思っていたが、どうやらそういうわけにもいかなそうだ。


「ですが、ダンジョンを拡張しなければ、いずれ人間に発見されるというのは、間違いありません。また、既に一度ダンジョンを作り、その内部を改装したという実績もあります。もしもダンジョンの掘削を探知する術があったとしても、常時監視できる類のものではないと、推察できます」

「うん、それはそうだね。それでもやっぱり、発見されるリスクは下げておきたい」

「そうなるとやはり、必要なのは人間側のダンジョンに対する認識と対抗策の把握、となりますね」

「ああ。だからやっぱり、僕が冒険者になるしかないと思うんだ」


 僕の言葉に、逡巡するように黙ってから、諦めるような声音でグラが言った。


「そう、ですね……。どのみち、このままではジリ貧です。いずれは、なにかしらのアクションを起こさねばなりません。そのタイミングを測るにも、情報は必須でしょう。冒険者になって得られるメリットと抱えるリスクの比率は、ならなかった際のそれとは比べるべくもありません。その選択がベターであるとわかってはいます」


 それでも、本心では頷きたくはないと言わんばかりのグラ。まぁ、たしかに危険だからね。

 人間に擬態し、その社会に紛れ込む。僕からすれば普通の事に思えるが、グラからすれば肉食動物の群れのなかに、着ぐるみで混ざるくらいの状況に思えるのだろう。そしてそれは、あながち大袈裟というわけでもない。

 昨日のあの男みたいなのが、他にもいるかも知れないのだから。


「十分に気を付けるよ。死にたくないしね」

「そうしてください」


 グラは再度、仕方がないとでも言わんばかりにそう言った。

 とりあえず、今後の予定として、もう一度冒険者ギルドに向かう。あとは、ダンジョンについての情報収集。できれば、ダンジョンを探知したり、ダンジョンの拡張を察知するような方法があるのかどうかも。

 あとは……。


「いまはダンジョンの拡張ができないとして、他に覚えるべきダンジョンの必須技能とかはない? 勉強してればいい?」

「そうですね……。少し前にショーンが言っていた話を、覚えていますか?」

「うん? 僕が言った事?」


 なんの事だろう。話した事が多すぎて、見当もつかない。


「ダンジョンを拡張する、洗練された方法について、です」

「あ、ああ、思い出した! っていうか、グラも良く覚えてたね、あんな与太話」


 生命力で掘り進むのが面倒に思えて、画面を操作するだけで手軽にダンジョンが作れないものかと、そんな風に言った気がする。うん、紛う事なき与太話だな。

 生命力の理も、魔力の理も、文字通りの意味での理なのだ。そこには法則が存在し、理屈で摩訶不思議な現象を発現させている。

 ダンジョン内の操作に関しては、そういった法則がかなり緩いとはいえ、それはあくまでも、ダンジョンが自分の体内だからだ。

 生命力の理は、己の生命力に干渉する理なのだから、体内で操作するのが一番効率的なのだ。

 そういった理屈を一切無視して、ちょちょいのちょいって……。いっそ忘れていて欲しかった。



「不可能ではないかも知れません」



………………は?


「え? は? な、なに? それ、どういう意味? 僕には、お手軽にダンジョンが拡張できるって言っているように聞こえたんだけど?」


 僕は混乱も露に、グラを問いただす。当の本人は、常の通りのクールな声音でそれに答えた。


「その通りです。ダンジョンの拡張が簡便に行えるようになれば、人間に対する大きなアドバンテージになり得ます。研究に値するテーマでしょう」

「はぁ!? え? 冗談だよね? だって理屈が通らないじゃない! 画面をちょちょいだよ?」


 生命力の理、魔力の理について、まだまだ本格的に習ってはいないものの、それでも概要くらいはきちんと覚えている。それは非常にロジカルな代物で、拡大解釈やとんちの入り込む余地などない、徹頭徹尾、理屈で成り立つファンタジーなのだ。

 だが、僕のそんな思い込みを、グラが否定する。


「つまり、ダンジョン内でのみ使えるインターフェースを用意し、入力に応じて生命力の理を、半ば自動で操作する方法を確立すればいいのですよね? 無論、理屈を抜きには作れませんが、逆にいえば、理屈にさえ適っていれば、不可能ではないでしょう。とはいえ、まだまだ仮説の段階です。可能とも言い切れません」

「うわぁ!! すごい! グラ、すごい!!」

「まだなにも成していません。その賞賛は、実際に可能となった際に受け取らせていただきます」


 クールぶってるけど、ちょっと誇らしげなグラ。やっぱり自分でも、結構画期的だと思っているみたいだ。

 そりゃそうだよね! つまり、便利ツールがないなら、便利ツールを作ればいいじゃない、って事だ。無論、制約はあるだろうし、物語みたいに日本のものを作ったりはできないだろうが、それでもワクワクしてくる。



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