第16話 動くべきか、動かざるべきか

 剣二振り(圧壊)。ナイフ六振り(圧壊)。布の服、四着(血みどろ)。革鎧、三人分(血みどろ)。靴、三足。靴のような布袋、二つ。

 そして硬貨、銅貨三枚と、銀貨四枚。


 これが、昨夜の侵入者たちから得られた戦利品だ。

 銀貨がある! これで、冒険者登録に憂いはなくなった。大手を振って、冒険者ギルドを再訪できるぞ。

 実を言うと、武器なんかと同じく財布も潰されていた。銅貨が少ないのは、それ以外は潰れてしまって使い物にならなそうだったからだ。

 銀貨が無事だったのは、人攫いたちが大事に懐にしまっていたおかげだ。肉体と鎧がクッションになってくれたのだろう。


「ところでさ、その地面から物を取り出すのって、どうやるの? 【魔術】だったら、外でも使える?」

「これは、ダンジョンの保管庫にしまってあるものを取り出しているのです。そういえば、まだ教えていませんでしたね。まぁ、出し入れする物がなかったので、仕方がありませんが」


 最初に装具を作ってから、ダンジョンの調整を行なったからね。保管するものなど、皆無だった。

 でも、小さいものから作ったおかげで、生命力をうまく扱えたというのもあるので、グラの教育方針に文句などない。うん、スパルタ教育だろうと、文句なんて全然ないよ。


「ダンジョンの通路からは切り離された地中に、生物やモンスターを入れない前提の空間を作り、そこに物資を保管するという方法があるのです。その場所を保管庫と呼び、ごく少量の生命力を消費する事で、自由に物が出し入れできるようになります」


 グラの説明に頷きつつ、僕はちょっとガッカリしていた。この段階で、この保管庫というものが、異世界ファンタジー御用達の、アイテムボックスとは違うものであるというのがわかったからだ。

 いやまぁ、そんなトンデモ能力があったとしても、現状で活用する方法は見当がつかないのだが。


「保管庫に干渉できるのは、ダンジョンを操作できるダンジョンコアだけです。それ故に、内部の物資の安全性が保てますし、品質も保てます。ですが当然、ダンジョンから離れれば、保管庫に干渉できなくなりますので、なかの物を取り出す事も不可能になります」


 うん、十分に便利な能力だった。


「じゃあ今日は、保管庫の作り方を一から教えてもらおうかな? 勿論、物を出し入れするのも練習しておきたい」

「そうですね。とはいえ、物資の出し入れはそれ程難しくはありません。なにせ、ダンジョン内部の操作ですから」


 なるほど、そうか。ダンジョン内部をいじる事に関しては、ダンジョンコアってめっちゃイージーだもんね。

 実際、やってみたらすごく簡単だった。意識すれば、保管庫のなかも確認できたし。自分の保管庫も作ってみたが、これもそんなに難しくなかった。

 保管庫内部から、湿度や余計な空気を抜くのが、ちょっと難しかったくらいか。

 流石に階段だの部屋だのを作ったときと同じではないようだ。もう少し繊細に、生命力を操る必要があった。

 これまでは、直接手で鷲掴みにしていたのを、おたまを使って掬ったような感覚だ。この感じだと、いずれは箸を使うような、より繊細な操作も必要になりそうだ。


「保管庫の隅の方にある、あの黒い立方体ってなに?」

「あれは、ダンジョンを作る際に収容した土砂です。ああして圧縮して保管してありますが、なにかに利用したければご随意に」

「ふぅん。まぁ、たしかになにかに使えるかも知れないね。とっておこうか」


 とりあえず、保管庫についてはこれでいい。生命力を用いてダンジョンを操るのも、結構慣れてきたな。

 これにて、昨日までの課題についてはひと段落だ。ならば次に取り組むべきは、これから、だ。


「さて、それじゃあ本題といこうか」


 僕は居住まいを正して、そう切り出した。


「生命力に余裕ができた以上、喫緊の食糧問題は解消したとみていい。だとすると、次に問題となってくるのが、現状をどう発展させるのか。すなわち、どうやって人間に見つからずに、ダンジョンを拡張するのか、だ」

「そうですね……」


 グラの声が暗い。この問題に関して、妙案がないのだろう。

 それもそうだ。なにせ、ここは町のなかなのだ。周囲には人間が犇めいており、ひょんな事からこの場がダンジョンであると露呈しかねない。

 だが、ダンジョンを拡張しなければ、僕らはいつまでも危険と隣り合わせだ。いつ人間に見つかるのかと、肩をすくめてそのときを待つしかない。

 行動するには発見されるリスクを冒さねばならないというのに、行動せず潜伏に徹しても発見されるリスクはなくならない。むしろ、問題の先送りで、いずれは発見されると考えるべきだ。


 動くべきか動かざるべきか。僕らはいま、そんなジレンマに頭を悩ませている。


「以前、ダンジョンを急激に拡張させると、人間に気付かれる危険があるって言ってたよね? 人間が、どういう方法で僕らの存在を探知するのかって、グラの知識にはある?」

「いえ、詳しい情報はありません。ただ、ダンジョンを拡張するという事は、地面を掘り進むという事ですから、地表に近ければ近い程、周辺には振動が伝わります」

「あ、そういう……」


 もっとこう、特殊な魔力が周囲に伝わって気付かれるとかじゃなく、地面を掘る振動なんだね……。ダンジョン拡張の方法がアナクロなら、発見の方法もアナクロなのか。

 いやまぁ、他にもダンジョンを探知する方法とかがあるのかも知れないけどさ。



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