第25話 下級竜

 約三〇分後。


「ひぇええ!? なんだってこんな離れてるんすか!?」


 後方から声が聞こえ、やれやれとばかりに振り向いた僕らは、一様にその目をぎょっと見開いた。そこには声の主であるフェイヴもいたが、闖入者は彼だけではなかったのだ。

 真っ白な体毛に凶悪な相貌の巨体。ずんぐりとした体形ながら、四足歩行で疾駆するスピードはなかなかの速度。牙を剥き、完全に怒り心頭のご様子な、ホワイトグリズリーが、フェイヴを追いかけていた。

 さらにその後ろから、以前バスガル戦で見たラプターが四頭もいるのである。


「モンスタートレインかよ。最低だな……」


 僕の声が聞こえたわけでもないだろうに、フェイヴが半ベソで釈明の絶叫をあげる。


「ち、違うんすよ!? ホワイトグリズリー連れて元の場所に戻ったら、ショーンさんたちはいないし、赤茄子埋めた辺りにたむろしていたこいつらとばったり鉢合わせちまったんす! 俺っちのせいじゃないっすよ!」


 なるほど。まぁそれは、運がなかったという事で諦めて欲しい。流石に、倒したモンスターの消臭にまで万全を期せる程、物資も手間もかけられないのだから。グラがいなければ、埋めずに放置するか、精々土をかける程度だっただろう。モンスターの死骸にばかり時間をかけて、旅程を遅らせるわけにもいかない。

 そのせいで、誰かがモンスターと鉢合わせしてしまったとしても、それは単に運が悪かったというだけだ。交通事故みたいなものだと、諦めてもらうしかない。

 流石に、フェイヴ一人でホワイトグリズリーとラプター四頭は手に余るのだろう。どれか一体であればフェイヴでも倒せるかもしれないが、流石に五体いっぺんには無理だったらしい。


「仕方ない。僕がラプター四頭を相手にしよう。群れる相手は、割と得意だ」

「では私はホワイトグリズリーを。一頭であれば、そう手間取る事もないでしょう」

「了解。シュマさんは引き続き警戒を」

「ん。がんば」


 即座に役割分担を終えると、僕らは駆け出した。ついでに、改良中の術式も試してみようか。


「まずは【誘引ピラズィモス】……と思ったけど、護衛中にこれは悪手か……」


【誘引】は敵のヘイトを取るのには有効な幻術だが、その効果範囲の制限が難しい。街道の周囲にある森林地帯から、無制限にモンスターを集めてしまうのは、依頼人であるホフマンさんと、その荷であるベアトリーチェたちの身を、無闇に危険に晒す行為でしかない。

 僕は【僕は私エインセル】を構えて、別の幻術を行使する。


「【忿懣シモス】」


 誘引よりも効果範囲が狭く、また相手の神経を逆撫でする事で敵意を煽れる幻術を使う。ラプター四頭だけでなく、ホワイトグリズリーまでもこちらに敵意を向けてくるが、そちらは無視。よそ見なんてしてると、すぐに死ぬよ?

 フェイヴとすれ違いつつ、次の幻術を使う。まずは手近な一頭に――


「【盲目カエカ】」


 視界を潰されたラプターが、その事に戸惑って足をもつれさせ、どうと倒れる。その仲間を避ける為に、後続の動きもバラバラとなる。好都合だ。


「【幻惑ドローマ】」


 まずは倒れたラプターを飛び越えて襲い掛かってきたラプターに【幻惑】をかけてやり過ごしつつ、次のラプターを相手にする。こいつは残りの二頭と一緒に相手しないといけないか。

 だったら――


「【土人形ウェタリス】」


 土の属性術でゴーレムを作り、一頭を相手に足止めする。動きが遅いので、どこまでラプターの相手が務まるかは未知数だが、最低限五秒くらいこちらに関わらせなければ役目は果たせたといえる。

 いよいよ、最後の一頭だが、流石にこの距離は杖の間合いではない。前衛で下級竜の攻撃を躱しつつ理を刻める程、僕の技術は熟達していない。なので最後に、改良中の術式を唱える。


「【便利な手アドホック】」


 以前は、相手をビビらせる為に幻術を被せて手を生やしていたが、改良した現在はそういう無駄を削ぎ落して、武器を把持する機能を高めた。結果、武器を換装するのには結構有用な術式にはなったと思う。

……結構風が出るし、細かな作業が出来なくなったので、研究中は以前の【便利な手アドホック】の方が便利だったのだが……。

 僕が【僕は私エインセル】を背後に回して手を離すと、それはまるで見えない手に掴まれているように、僕の背から少し離れた場所を浮かぶ。改良の出来を確認している暇もなく、僕は腰から【鎧鮫】と【橦木鮫】を抜き取ってから、一頭のラプターを正面から相手取った。


「まぁ、一頭だけならどうとでもなるか」


 ラプターは最下級の竜種であり、単体での戦闘力はあまり特筆するものはない。巨体の割には素早く動き、跳躍してくるのが多少厄介な程度のモンスターだ。こいつは、群れているから厄介なのであって、一頭ではあのビッグヘッドドレイクに劣る強さしかない。

 何度か爪と打ち合い、咬み付きに来たところを【水の尾】で横っ面を殴りつけて怯ませてから、頭に【鎧鮫】を振り下ろそうとする。その事に気付いたラプターが、慌てて地面を転がるようにして、斧の振り下ろしを回避した。目こそ潰れていないが、そのラプターの顔には瞼から口元にかけて一筋の傷が生まれ、真っ赤な血がドクドクと流れ出していた。

――と、そこで残り三頭がそれぞれ体勢を立て直し、ラプターたちに囲まれてしまった。流石は下級とはいえ竜種だ。

 状況を確認して僕は、二本の斧を背後に浮かせてから【僕は私エインセル】に換える。タコ殴りにされたら嫌なので、すぐに幻術を行使する。これで怯ませたら、強引にでも一頭殺して頭数を減らそう。


「【嫌悪ホモフォビア】」


 ●○●


「ショーン、これは一体全体なにが起こったのですか?」

「いやぁ、僕にもよくわからないんだけれど……」


 順調にホワイトグリズリーを倒して合流してきたグラが、困惑顔で問うてくるが、僕に聞かれても困る。きっと、僕も彼女と同じ顔をしている事だろう。

 僕の足元には、四頭のラプターが腹を見せて寝転がり、ブルブルと震えている。その行為の意味がわからないわけではないが、然りとてその意味をすんなり飲み下せるかと問われれば、首を横に振らざるを得ない。


 しかし、事実として、ラプターたちは僕に無抵抗で服従の意を示している。流石にこんな状態のこいつらを、屠殺するように殺せる程、人でなしではないのだが……。人でなくても。



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