第24話 肉食赤茄子

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 峠も下りに差し掛かり、一応は山場を越えたというところで、僕らは襲撃を受けていた。峠を越えれば、流石にあの集団によるモンスター駆除の影響も届いていないらしい。まぁ、当然か。

 相手はモンスター。それも、口の裂けた真っ赤な球体状の果実――肉食赤茄子である。

 最初、僕はこのモンスターを見て吹き出してしまい、なかなか戦闘に参加できなかった。まさか、あの伝説的なコメディ映画が、こちらの世界では現実だとは思わなかった。

 個人的には、アタックオブシリーズならドーナッツの方が好きだ。やっぱり、弱くて数が多くて潜伏奇襲してくる敵って、軍隊蟻に通じる怖さがあるよね。下水道で群がってくる、ネズミの群体と同種の恐怖といってもいい。

 なんとか気を取り直し、いくつかのトマトをカチ割ったところで戦闘は終了したが、周囲はまるで幾人もの人間が惨殺されたかのような、凄惨な有り様だった。勿論、人間は誰一人として怪我などしていないが。


「ショーン、落ち着きましたか?」

「うん、ごめん……。まさか、そんなパターンで笑いを取りに来るとは思ってなくて」

「俺っちからすると、肉食赤茄子のなにがそんなに面白いのかわかんねーんすけど? 肉食金茄子ポモドーロとか思い出すんで、俺っちは結構嫌いなんすよね」


 ポモドーロは植物系でもなかなか強いモンスターで、要はスイカサイズの金色……ではなく黄色のトマトだ。噛み付きに加え、【魔法】まで使ってくる厄介な相手だ。ただ、たしかにそこそこ強いのだが、モンスターとしては中級レベルで、とてもフェイヴが手こずるような相手には思えない。


「ポモドーロのなにが厄介なんです?」


 後学の為にも、この男がポモドーロのなにを苦手としているのか知っておけば、ダンジョンにおける斥候対策も捗ると思い、僕はそう問いかけた。対してフェイヴは、これでもかとばかりに渋面を浮かべて答えた。


「味っす……」

「なんだ」


 ただの好き嫌いだったらしい。くだらない。僕は手をひらひらと振って、トマトの惨殺現場を片付けに戻る。このまま果肉ぶしゃー状態で放置すると、後続にとって非常に迷惑なので、食べられないやつは道の脇にまとめて埋めなくてはならない。

 なお、肉食赤茄子も肉食金茄子も食用可能なモンスターだ。赤茄子はともかく、金茄子は青臭さやえぐみも少なく、ほんのりとした甘さもある為、食用のモンスターとしては結構人気な部類らしい。新鮮なものは、冒険者ギルドでも買い取りがされている。

 当然というわけではないが、赤茄子は金茄子よりも味が落ちるといわれている。だが、どうやらフェイヴはその金茄子の方が嫌いらしい。まぁ、この様子なら赤茄子も嫌いみたいだが。


「まぁでも、今夜はこの赤茄子を料理するんでしょうけどね」

「げぇ!? マジっすか!?」

「現地調達できる食材を無駄にできるわけないでしょう? そもそも、余計な食料を消費している分際で、よくもメニューに文句なんて言えますね」


 そう言われてしまえば、フェイヴは痛いところを突かれたとばかりに顔を背けるしかない。こいつも食料は持って来ているのだが、流石に馬車で運んでいるホフマンさんと違って、量も質も最低限度の代物だけだ。

 できる事なら、今後もこちらのご相伴に預かりたいという腹積もりなのだろう。


「で、でも知ってるっすかショーンさん? 赤茄子って以前は毒の実って呼ばれて敬遠されてたんすよ? 食べられ始めたのはつい最近の事っす。旅路でそんな危険なもん食うのは、冒険者の先輩としてはどうかと思うっす!」

「ああ、そういえばそんな話も聞いた事あるな」

「そうっしょ!? 危ねっす! 食うのやめましょうっす!」


 一縷の光明に、フェイヴが満面の笑みで食らい付く。残念ながら、僕が知っているのはこちらの肉食赤茄子の事ではなく、地球におけるトマトの歴史だ。

 地球において、トマトが食べられるようになったのは、十九世紀とつい最近の事だ。ただ、その存在は十六世紀くらいから確認されており、日本にも江戸時代初頭にはオランダ人によって渡来していたらしい。

 だが、基本は観賞用だったそうだ。なぜ、当時にトマトが食べられていなかったのかというと――


「それはたぶん、赤茄子の果肉に含まれる酸で、食器の鉛が溶け出したせいで起こった鉛中毒だね」


 かつて、地球においても錫合金であるピューターの皿を富貴層が常用していたせいで、トマトの酸性の果肉で鉛が漏出し、鉛中毒を引き起こしたらしい。

 こちらでもピューターの食器はあったようだし、未だに使っている人間もいるが、属性術の発展によって、冶金の技術は地球における中世世界よりも発展している部分がある。なので、既に富裕層ではピューターの食器は、使われなくなって久しい。それに伴い、早々に肉食赤茄子も食されるようになっていったのだろう。

 イタリア人が二〇〇年かけて開発するまでもなく、十分に食べられるトマトがあるのだから、逆に食べない理由がない。特に、金茄子の方は貴族にも好まれる食材らしいしね。


「僕らの食器は基本木製なので、鉛中毒の心配はないですよ」

「で、でもホラ、もしかしたらその説が間違ってるって事もあるっしょ? 万が一、万々が一を考えたら、やっぱり別の食材を使うべきなんじゃ……」

「ええい、往生際の悪い。だったら、別の食材を見付けてきてください」


 フェイヴも斥候なのだから、周辺を探索して食材になりそうなものを持ってくればいい。そうすれば、こちらの食料を減らさず、赤茄子も買い取りに回して、僕らの腹も満たせる。

 ただついてきて、ブーブー文句を垂れているだけなど、愚昧の極みである。


「おっしゃ! わかったっす! 絶対に食べられる獲物を連れてくるっすよ!」

「できれば狩ってきて欲しいんですが……」

「シュマちゃーん! ちょっとだけ、周辺警戒をお任せしたいっす!」


 聞いてないし……。まぁでも、フェイヴは斥候であり、戦闘は彼の役割においては二の次三の次なのだから、仕方がないといえば仕方がない。

 赤茄子の残骸を片付け、警戒をシュマさんに任せたフェイヴは、意気揚々と街道脇の森林へと姿を消した。そして、僕らは構わず馬車を進ませた。


「まぁ、元々同行予定のない人だからね」

「そうですね。構わないでしょう」


 僕とグラが頷き合っていたら、シュマさんがジト目で見てきたので、笑って誤魔化した。



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