第26話 ホワイトグリズリーの毛皮

「いやはや、これはこれは……」


 ラプターたちをどうしようか考えていたら、状況が落ち着いたとみてホフマンさんが近付いてきた。その丸っこい体で、おっかなびっくりを装いつつ、ラプターを眺めてからニコニコと笑いかけてくる。


「流石はショーン様でございますなぁ! まさか、ラプターを一瞬で馴致なされるとは!」

「いや、たぶん馴致はできてないですよ。単純に、幻術に怯えているだけでは?」


 ただなぁ、正直【恐怖】と【怯懦】を一緒に使う程度の幻術で、下級とはいえ竜種がここまでビビるのか?


「もしかして、特別弱点だったとか? いや、でもなぁ。【恐怖】と【怯懦】なんて、幻術においては超スタンダードな組み合わせが、これまでラプターに使われてこなかったとは考えづらいんだよなぁ……」

「そもそも、ラプターというのは人間に家畜化可能なモンスターなのですか? 最下級とはいえ、竜種でしょう?」


 グラの問いに、そのでっぷりと肉の付いた顎をなでつつ、ホフマンさんが答える。


「可能ではございますねぇ。もっとも、馴致に成功した竜種はラプターと、もう一種だけと聞き及んではおります。その調教方法は各国の秘法。現在も騎竜を有している国は、帝国、第二王国、法国、パーリィ王国だけでございますね。まぁ、手前の知っている範囲の国では、ではございますが。ハイ」

「シュマ、異教の国にいくつかあるの知ってる。でも、やっぱり貴重。一国に、いても十を超えない。だからこれ、すごい事」


 いつの間にか現れたシュマさんもまた、ホフマンさんの後ろから興味深そうに四頭のラプターを眺めつつ教えてくれた。正直、神聖教圏の外の情報というのは、かなり貴重なので僕もホフマンさんも、シュマさんの持っている他国の情報にはすごく後ろ髪を引かれたが、いまは眼前のラプターの処遇が先決だ。


「じゃあ、やっぱりこのラプターは殺さない方がいいですか?」


 僕が肩で斧をトントンとさせつつ訊ねると、言葉を理解しているわけでもないだろうに、ラプターたちがビクりと震えて、いっそうの服従を示すように尻尾をパタパタと左右に振り始めた。


「それはいささか勿体ないかと。このラプターたちが従順に振舞うというのであれば、最低でも一頭ネイデール金貨五〇〇枚! 本国に連れて帰ってもいいのなれば、一二〇〇枚まではお約束いたしますよ!」


 揉み手を始めるホフマンさんだが、流石に帝国には売れないっての。そんな事をしても第二王国に睨まれるだけで、僕にメリットが微塵もない。いや、お金という面での利益はあるだろうが、それは別に売る相手が第二王国でも構わないのだから。

 最低でも金貨五〇〇枚というのも、僕から買ってシタタンやサイタン辺りで転売する為なのだから、きちんと調教を施していないラプターの相場はそのくらいと見るべきだ。

嫌悪ホモフォビア】を使うだけで、金貨がザクザク儲かるなら、結構ぼろいんじゃないか? パティパティアは、元々バスガルのダンジョンがあっただけに、ラプターはそれなりに生息している。そう上手い話はないとは思っているが、なんでこいつらがモンスターのくせに、あっさりと服従したのかがわからないから、可能性としてはあり得るように思えるのだ。


「ふぅむ。では、一応連れて行きましょうか。ただ、僕自身こいつらの行動を完全に掌握できていません。不審な動きがあったら、依頼人の安全最優先で、さっさと殺してください」

「それがよろしいかと。おっと、お嬢様方には、極力外に出ないようにご注意しておかねば。万が一にも、怪我をされると困りますからねぇ」


 ホフマンさんがそう言って、馬車へと向かう。ベアトリーチェに現状を報告して、ラプターに近付かないよう注意するのだろう。

 本来、この人も非戦闘員なのだが、もう誤魔化すのはやめたのだろうか。いやまぁ、誰一人として信じていない嘘を、いつまでも吐き続ける意味なんて、端からないんだけどさ。


「で? フェイヴさん、なにか釈明は?」

「い、いやぁ……。ハハハ……。ホ、ホラ、さっさとホワイトグリズリーの解体しちゃうっす! こいつは毛皮も売れるし肉も美味い! 内臓の一部は薬としても売れるってんで、冒険者にとっては歩く財布なんすよ!」

「一定の実力がなければ、歩く棺桶ですけどね。腹に収まるタイプの」

「ハハハ。上手いっすね!」


 いや、誤魔化されないからな? ホワイトグリズリーだけならともかく、四頭もラプターを引っ張ってきたのは、明らかにコイツのミスだ。

 そもそも、コイツが文句を言わなければ、食材は十分に確保できていたのだ。それを、食べ物の好き嫌いで、別の食料確保に動いた結果がこの様では、情状酌量の余地はない。


「今夜の夕食は、きっと真っ赤になるでしょうね」

「そんなぁ……」


 せっかくの頑張りが徒労に終わるとわかったフェイヴが、この世の終わりとばかりに嘆くが、自業自得だ。アレルギーとかならともかく、旅中の食料はとてつもなく貴重なのだ。場合によっては、財布を捨ててでも、食料の入った袋を担がねばならない場合だってある。


「踏んだり蹴ったりっすよ……」


 声からは気落ちしているのがありありと窺えたが、その手はすいすいと動き、ホワイグリズリーの解体はあっという間に進んでいく。まるで服を剥がすように、白い体毛の毛皮を剥いだときは、流石の手際に僕もグラも感心してしまった程だ。フェイヴのくせに。


「しっかし……」


 僕は枝に吊るされた毛皮を見て、つくづく思う。いや、ここが北極ではない以上、違うという事は明白だ。冬でもほとんど雪が降らないようなこんな地中海のそばに、それが生息しているわけがない。

 おまけにいま、フェイヴが心臓の辺りから取り出したのは、間違いなく魔石である。だとすれば、コイツはモンスターであり、野生動物ではないのだ。


「でも、見れば見る程、ただのシロクマなんだよなぁ……」


 森でこんな真っ白な姿、目立ちまくるだろうに……。



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