第64話 フェイヴの正体
「もしもーし。元気ですかー?」
僕は血溜まりに沈んでいる男に、そう話しかけた。
「ふむ。返事がない。ただの屍のようだ。よし、野ざらしは可哀想だから、火葬してあげよう」
「いや、イカれてんすか?」
別に野ざらしではない死体を、室内で火葬しようとした僕に、糸目の男が的確なツッコミを入れてくる。むくりと体を起こし、何事もなかったかのように立ち上がった。
「どーもどーも、俺っちフェイヴっていうっす。あんたは、ここの主のショーンさんで良かったっすか?」
「はいそうです、住居不法侵入者のフェイヴさん」
「棘のある言い方っす……。いやまぁ、仕方ねえっすけど」
「ところで、なんで死んだフリなんかしてたんです?」
ここは依代実験体が徘徊する、鏡の迷宮だ。不意打ちしてきた仲間を誤魔化すだけなら、さっさと起き上がって探索を再開するなり、撤退するなりしていたはずなのだ。
僕の質問に、糸目の青年は飄々と答える。
「ああ、それはあんたを待ってたんす。事がすめば死体回収に現れると踏んでたんすよ。以前の骸は骨すら残ってなかったっすし、死体を回収する際に、接触するタイミングはあると思ってたっす」
ごめん、普段死体はダンジョンが食らうので、本来そのタイミングはなかった。今回は、このフェイヴという男が生きていたから、わざわざ会いにきたのだ。
「それにしても、良くわかったっすね? 死んだフリは、俺っちの十八ある必殺技の一つなんすよ?」
「はいはい。それで、どうして僕を待ってたんです?」
必殺技の
「あ、ああ、そうっした。俺っち、実はセイブンの使いなんすよ。というのも、俺っちとセイブンは同じ冒険者パーティの仲間なんす」
「え? セイブンさんって、冒険者だったんですか?」
僕はギルドの受付で応対してくれた、中肉中背の然して特徴のない中年男性の顔を思い出しながら、そう問いかけた。
「そっすよ。しかも、三級冒険者っす」
三級……。すごいな、それは……。
僕がセイブンさんの肩書きに慄いている間に、フェイヴは首元をゴソゴソと弄っていた。そして、中級冒険者の証である銀のプレートが下げてあった革紐に、同じく上級冒険者の証である金色のプレートがもう一枚現れた。どうやら、首裏の方に回されていたらしい。
「え? なんでプレートが二枚あるんです?」
「俺っちは五級であると同時に、特級冒険者でもあるんすよ。戦闘技能じゃセイブンは勿論、エレベンとかにも全然敵わねえっすけど、斥候としてなら上級パーティにいても遜色ねえって証っす!」
僕がセイブンさんの三級という肩書きに慄いて、フェイヴを無視していたのが癪だったのだろう。胸を張って、首元の銀と金のプレートを見せ付けている。
そういえばセイブンさんが、斥候は特級冒険者になりやすいって言ってたな。階級の評価基準が戦闘技能なので、それに類しない技能を持つ人材を保護し、優遇する措置だとかなんとか。
まぁ、それはそれとして、フェイヴに威張られる道理はないので、リアクションはしない。
「それで、セイブンさんの使いとの事でしたが、どのような御用件で? ギルド関係でなにかありましたか?」
「ええー……。なんなんすか、この子……。あ、いや、あのおっさんの用事は、直接あんたに伝えるようなもんじゃないんす。俺っちが、ウル・ロッドの連中がショーンさんを狙ってるって情報を掴んで仲間に伝えたんすよ。そしたら、ギルドで保護したいからって、ウル・ロッドの方をなんとかしろって! 酷くねえっすか? なんとかってどうすりゃいいんだよって話なんすけど、そのへん丸投げなんすよ?」
セイブンさんが僕を保護? 多少、他の冒険者よりも目をかけてもらっている自覚はあったが、そこまでの特別扱いを受ける理由に心当たりがない。僕が首を捻っていると、フェイヴがその答えを教えてくれた。
「日々ギルドに集まる、ダンジョン関係の情報を精査し、編纂してくれるなら、ギルド職員として迎え入れる用意がある、って話っす。あそこ、読み書きできる程度の人材はすぐに集まるんすけど、それ以上の知識層は門戸を叩かない場所っすからね」
なるほど。たしかに、下級冒険者はダンジョンに行けないとはいえ、中級以上はダンジョンを探索する。その膨大な情報を精査し、きちんとした書類に書き上げるのには、それなりの知識がいるだろう。
まるで自慢にならないが、たしかに僕は義務教育を完全に履修した。だが、おそらくではあるが、この国にそこまでの教育機関はないのだろう。
そして、教育機関があったとしても、そこの輩出生は冒険者ギルドの職員にはなりたがらない、と。だから、僕にギルドの職員という椅子を与えてでも、ダンジョンに関する膨大な情報をまとめて欲しい、と。
うん、それ、僕らにとって、願ったり叶ったりじゃね?
「保護とかウル・ロッドとかどうでもいいので、そのお話、お受けしたいんですが!」
「うぉ!? なんか、急にイキイキし始めたっすね。表情は無表情っすが……。あー、でも保護しないとなると、情報が他所に漏れる可能性もあるっすし、色々と問題が生じるかもっす……」
「通いじゃダメなんですか?」
「うーん、機密保持って面では問題っすからねぇ。ちょっと、俺っちには判断つかないっす」
「なるほど……」
要は、職員兼研究者として、衣食住を与えると同時にギルドに縛り付け、機密の保護を図りたかった、と。なるほど、抜け目がない。
「一応、ギルドはショーンさんを保護する意思がある事、その際の職の保証はする事は伝えたっす。どうするっすか? この地下施設を放棄するってんなら、俺っちがセイブンのところに連れてくっすけど?」
「いや、放棄するつもりはないですよ。これまでに、どれだけの労力を割いて防衛機構を整えたと思ってるんですか?」
「逆に、どんだけ必死になれば、これだけの地下施設を作れんのか聞きたいんすけど? っていうか、俺っちでも死にかけるような場所なんて、そうとうっすよ!? モノホンのダンジョンだって、中規模くらいのもんなら、俺っちだけでも余裕なんすからね!?」
なにかヒートアップして語るフェイヴ。でも、お前が死にかけたのって、ダンジョン関係ないからね。仲間に背中から刺されただけだからね。ぷーくすくす。
いつの間にか、僕のなかのフェイヴの評価は、そんなものに成り下がっていた。いや、すごい探索能力があるのは認めるが、彼から漂う小物臭が、高評価を許さないのだ。
僕に接触を試みたのも、セイブンさんから課された、ウル・ロッドの方をどうにかするという問題の解決策が思い付かなかったから、という感じがするし。
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