第63話 望まぬ美少年転生

 依代実験体は、肉体に幻術を使えるような装具を埋め込んだ、属性術で作られたゴーレムである。

 ゴーレムはゴーレムでも、フレッシュゴーレムというやつだ。

 ちなみに、別に人肉は使っていない。タンパク質の繊維で肉体を形成し、ダンパー代わりの脂肪がそれを覆っているだけだ。脂肪なしより、脂肪ありの方が、戦闘能力が高かったので、気持ち悪い見た目でもそっちを採った。


「でもやっぱり気持ち悪いよねぇ……」


 もしこれが依代としての完成形だったら、正直このまま二心同体でいいかも知れないと思う程度には、グラに相応しくない。

 バイオなハザードで、ちょっと強いモブゾンビとして登場しそうな外見なのだ。


「これはあくまでも実験体のゴーレムです。術者に決められた動きしかしませんし、原理的に憑依したり、遠隔操作したりには向きません」

「とはいえ、肉体を構成するという生命力の理の実験としては、結構な成果を納めた。これで、グラの依代完成に、また一歩近付いたよ」


 そう思うと、この白いブヨブヨなのっぺらぼうも可愛く思えるから不思議だ。いや、やっぱ気持ち悪いな。


「それよりも、まだ事態は終息していないのですから、さっさとあの男の対処に向かいましょう。まぁ、向かうのは三号なのですが」

「そうだね。じゃあ、三号くん。お願い」


 僕がそう言っても、三号くんは応答するでもなく、いきなり次の行動に移る。三号くんの背丈が縮み、髪が生え、顔ができ、そして僕のいま着ている服装が、どこからともなく現れる。

 これは、相手の姿を真似る幻術【写身うつしみ】というものらしい。結構高度な幻術なので、いまの僕には理のこの字もわからない術だ。

 つまり、これはいまの僕の姿だという事だ。


「……はぁ……」


 うん、【目移りする衣裳部屋カレイドレスルーム】作ってたときに気付いてたけど、というかその前から薄々感じてはいたけど、外見が幼くなっている。たぶん、小学校高学年から中学生初期くらいの姿だ。

 しかも、顔立ちや目鼻立ちが所々違う。なんというか、原型は僕の顔なのだが、コンプレックスだった部分をすべて整形したあと、みたいな顔なのだ。これが、本当に気が滅入る……。

 グラに聞いたところ、


『体が幼くなったのは、おそらくは女性の人格である私と統合される際、行動可能な肉体年齢と性差の整合性を取った結果、第二次性徴前の姿になったのだと推察できます。顔貌についてはわかりませんが、肉体を構成する際にイデアルな形になったと思われます。あなたにとって、好ましいパーツの形状、配置になっているのでは?』


 との事。

 いや、うん。たぶん、僕の希望通りの顔になってるよ。でもね、なったらなったで、自分の顔に親近感が持てないんだよ。僕、もっと普通の顔立ちだったから。

 こんな、負の要素をすべて削ぎ落とした結果、美少年になっちゃった、みたいな顔してないから。

 あと、髪型もちょっと違和感。僕、小学校の頃は地元のサッカーチームに所属していたし、中学校では野球部に所属していた。この頃の髪型は基本的に、かなり短かったのだ。

 だけど、僕に変身した三号の髪型は、おかっぱ頭だ。これも、性の整合性をとったのだろうか?


 結果、もうこれ誰だよ? って感じの耽美系の美少年になっていた。それこそ、女の子と言っても通じるレベル。


 いや、美少年に生まれ変わって文句言うのは、贅沢だという事は、重々承知している。なにせ、美少年に生まれなかった前世を持っているのだ。僕だって常々、美形に生まれていたら、いろいろ得だったんだろうなぁと思って生きてきた。

 それでも! 実際になったらなったで、違和感がすさまじいのだ! 正直な本音を吐露するなら、こんな美少年、いますぐやめたい!

 はっきり言って、鏡を見た際に自分の姿からコンプレックスが完全になくなっているというこの状況を、僕はちっとも喜べない。むしろ、恐怖すら感じると言っていい。

 ゲシュタルト崩壊するまでもなく、「お前は誰だ?」と本気で鏡に問いたくなるのだ。心底気持ち悪い。

 とはいえ、いつまでも生まれ持った自分の容姿に文句ばかりを言っていても始まらない。僕はぱんぱんと頰を張ると、気を取り直して三号くんに向きなおる。


「このままだと、三号くんは決められた動作しかできないので、僕の身代わりとしては機能しない」

「そうですね。どうするのです?」

「三号くんに幻術をかけて、肉体の操作権を剥奪して動かす。声はトランシーバー的な装具を作って、チョーカーにでもしとこう」

「ふむ……。複雑な操作は不可能ですよ?」

「三号くんの認識を、こちらにフィードバックする必要はない。相手の反応は、ダンジョンコアの能力で確認できるし、応対はチョーカーでやればいい。幻術はあくまでも、三号くんの肉体を動かす為のものだよ」


 幻術のなかには、敵対者のゴーレムや使役する獣、さらには敵対者本人を操る術も存在する。相手の知性が高ければ高い程に難易度があがるものの、ゴーレムはその点、もっともこの幻術にかかりやすい部類の相手だ。なにせ、自我がないのだから。


「なるほど。十分に可能ですね。というか、これはもう、属性術と幻術を組み合わせた、遠隔操作型のゴーレム運用術といえます。あとで研究したいテーマですが、いまは三号の準備を優先しましょう」


 まぁ、たぶんこれ、人間側は普通にやってたと思うけどね。ゴーレムと幻術を組み合わせるだけで、遠隔操作ができるようになるというのは、僕が最初に考えたとするには、単純すぎる。

 しいて難点をあげるなら、いくら遠隔操作ができるようになるといっても、限界の距離はあるだろう。情報のフィードバックができないと、離れすぎた場合、ゴーレムの状況がわからず、遠隔操作の意味そのものが薄れるのだから。

 というか、たぶん普通のダンジョンのような広い空間では、遠隔操作可能な距離的にそこまで画期的な活躍はしないだろう。いや、人間側の研究が進んでいれば、ドローンのような情報フィードバック方法を編み出して、遠隔操作可能な距離を伸ばしているかも知れないな。

 難点はもう一つ。必要とする基礎知識量が多すぎるという点。なにせ、属性術と幻術を修めないといけないのだ。分担作業で、属性術師と幻術師の二人の共同作業にするという手もあるが、それだって稀な人材の組み合わせだろう。

 あと、ダンジョンにとっては、単純にモンスターの方が使い勝手がいいというのもある。僕らの場合は、ここがダンジョンだと知られるわけにはいかないから使わないが、普通に考えればちょっとした使いっ走りなんて、モンスターにやらせればいいだろう。作ったばかりのモンスターは、コアの命令には絶対服従で、死ねと言われれば躊躇なく死ぬくらいなのだから。


「三号、用意できました」


 ゴーレム運用術について考えを煮詰めていた僕は、グラの声に気を取りなおす。


「よし、じゃあ件の冒険者に会いに行こうか」



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