第62話 生存者と実験体
とりあえず、男の死体はダンジョンに食わせて処理し、これからについて考える。今回の襲撃は、まだ終わっていないのだ。
どうやら、この先の階段の外には、件のマフィア連中が何人も残っているらしい。とはいえ、それは冒険者ではなく、ならず者の集団だという。
だとすれば、そこまで脅威じゃないと思う。いや、軽視するつもりはないが、たぶん【
しかもその奥には、まだ名前は付けていないものの、グラの作ったスタンダードな迷宮である、二階層も既に完成しているのだ。
三階層こそまだなにもない空間が広がっているものの、本職でないゴロツキ相手なら、十分に対処は可能な状況だろう。
「いまの僕らにとって、一番警戒しなければならないのは、有象無象じゃなくやっぱり少数精鋭の冒険者だからね」
「そうですね。あの糸目の男には、ハラハラさせられました」
「なんというか、他の連中とは一線を画していたよね。まぁ、さっきの男に後ろから刺されて死んじゃったんだけど」
あれには驚いたが、同時にちょっと拍子抜けしてしまった。いや、あれは拍子抜けというよりは、ガッカリしたと表すべきか。
たしかに、こちらの仕掛けをあっさりと看破し、飄々と進んでいく様にはイライラしたし、ひり付くような緊迫感を覚えたが、同時にその緊張感はどこか心地よくもあった。
どうしてだろう?
「死んでいませんよ?」
「へ?」
グラのその言葉の意味がわからず、僕は間抜けな声をあげてしまった。
「件の冒険者は、死んでいません。ダンジョンに吸収できませんから」
「え? 瀕死って事?」
「どうでしょう? ただ、仰向けのまま微動だにしていません。依代実験体二号の傍らで」
ああ、そういえば依代実験体も壊されたんだっけ。元々はドッペルゲンガーを配置する予定だったのだが、やはりここがダンジョンだと察知される危険を考慮して中止したのだ。
今回の事で本物のモンスターを配置するのは悪手だと改めて理解したよ。まぁ、わざわざ実験体を配置したというのに、バレかけたわけだが……。
「上と下、どちらから対処しますか?」
「そりゃあ、下からじゃない? すぐに動き出されて、探索を再開されたら困るでしょ?」
「まさか、直接会いに行くつもりですか?」
「まさかまさか。そんな危険は冒さないよ。ここは、実験体三号くんの出番かなって」
「ふむ。なるほど……」
そう言って僕らは、物置にある掃除用具入れの扉を開いた。そこには掃除道具など入っておらず、無機質な石の小部屋になっていた。
それに乗り込んだ僕らは、扉を閉めると壁にあったボタンを押す。
ゆっくりと下に降りていく箱。そう、これはエレベーターだ。
あの男が【
ちなみに、動かせるのはダンジョンコアである僕らだけで、普段は普通の掃除用具入れだ。エレベーターが上がってきたときには、掃除用具は奥に引っ込むようになっている。
これでもう、【
「あの男が生きてるって事は、三号くんはいまもあの男を狙ってるの?」
「おそらくはそうでしょう。呼び戻しますか?」
「そうしてもらえる? 実験体の行動プログラムは、幻術じゃなく属性術の範囲だから、まだちんぷんかんぷんなんだよね」
とはいえ、緊急時には本来の行動方針を放棄して、僕らの元まで戻ってくるようにインプットされている。グラが緊急事態だと発信すれば、プログラムに従って戻ってくるだろう。
属性術のゴーレムというのは、そういうものらしい。
「流石に、現状では属性術の手解きまでしていられる時間は、ありませんからね。物理的に……」
一日は二四時間しかないからねー。文字通りの意味でフルタイム勉強にあててる現状では、そこに新たなスケジュールをねじ込むのは、物理的に不可能だ。
現在の僕らのダンジョンの最奥、三階層でエレベーターを止めると、まだなにもない三階層にでる。いや、なにもないって事はないか。机と石はある。
「それじゃ、三号くんを待つ間に、その他の冒険者の様子を聞こうか」
「基本的には【
とはいえ、数人が【
「それは重畳、ってわけでもないか。冒険者でも、五級まであがると、あんなにもあっさり突破されるんだね」
「はい。正直、少し侮っていました。ゴロツキばかりを相手にして、警戒心が鈍っていたのでしょう。ここからは認識を改めて、あの男を基準にダンジョンを構築していきましょう」
「そうだね。なにせ、彼はあれでもまだ中級冒険者。そのうえには上級、そして一級の冒険者もいるんだから」
彼らの会話を盗み聞きした限り、フェイヴという名らしいあの男は、五級冒険者だという。中級冒険者の最高位であり、上級冒険者一歩手前の階級だが、それはつまり、うえにはうえがいるという事の証左でもあるのだ。
「三階層は、上級冒険者を想定した構造にしたいね。まだなにも考えてないけどさ」
「そうですね。ショーン、依代実験体三号、到着しましたよ」
「お、きたか」
見れば、なにもない空間を、白いブヨブヨしたのっぺらぼうが、駆け足でこっちに向かってきていた。
うん、気持ち
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